第136話 星神の骸

 星の最深部には星神の骸があった。

 星神はこの星自体を身体とする生命体だ。


 星の底には、星神の骸である白い骨のような構造物が、神経網のように枝分かれして広がっている。

 そこでは微小な無数の魔法陣が連携しながら働いていて、この星全体の生命を管理していた。

 星神が成した究極の魔法、生命の基底システムだ。


 魔王ヴァールは骸の枝をかいくぐって飛びながら、魔法を構成している基底ソースコードを解析していく。それはまさしく驚異的な魔法だった。


 この基底システムが、はるかな太古、生きとし生けるものたちの身体を作り、魂を異世界から転生させ、生命体を生み出した。まさしく神の領域だ。今も魂の輪廻や星の環を管理して、生命の根源を司っている。

 そのために無数の魔法陣が稼働して高度な魔法を絶え間なく発動し、さらに組み合わさって超高度な魔法システムとして機能している。


 ヴァールは世界の見方を物理相から魂の相に切り替える。


 見える。

 膨大な魂の流れがここにはある。

 魂は光の粒のようだ。

 光の粒が集まって束ねられ、絡まり合いながら、星の骸の中をうねるように流れている。


 光の粒は地表から絶え間なく降り注いでいる。

 死した魂がこの星の底にまで降りてくるのだ。

 魂は基底システムによって捌かれて、また地表へと昇っていく。新たな生命に宿るために。


 この魂と肉体が結びつくことで生命力が生まれ、魔力となる。

 魂を管理する基底システムは、魔力を創り出すシステムでもあるのだ。

 このシステムが壊れれば魔力は失われ、生命は滅びるだろう。


 ヴァールとエイダは星の底から飛翔して、星神の骸に入り込む。

 白い枝のような骸が果てしなく絡み合う中、二人は基底ソースコードを慎重に解析し始める。


 ヴァールの目的は、この基底システムに残っている不具合を修正することだ。

 既に不要となっているはずの異世界転生システムがまだ残されており、その機能には抜け穴がある。

 魂と肉体の結びつきは一対一のはずなのに、エラー管理権限があれば、上書き転生ができてしまう。この不具合を使って、アトポシスなる存在は勇者相手に転生乗っ取りを繰り返してきた。

 勇者エリカの転生であったエイダの身体もまたアトポシスの標的となって乗っ取られてしまった。

 アトポシスから上書き転生の能力を奪わねばならない。

 アトポシスは勇者の力で生命絶滅を企んでいる。それも止める。


 エイダは今、小さな指輪の中に己の魂を転移させている。アトポシスによる上書き転生を避けるためだ。

 ヴァールは指輪の中のエイダと話し合いながら基底ソースコードの解析を進める。


「エイダよ、この基底システムには独立したサブシステムがあるようじゃな」

「はい、基底システムの不具合を検知して修正を行うためのエラー管理システムですね。コードネーム、ATOPTSIS」


 エラー管理システム、アトポシスはメインの基底システムにびっしりと絡みつき、黒い根を食いこませている。

 基底システムを少しでもいじればアトポシスは発動するだろう。つまり暴走状態になっているアトポシスをここに呼び寄せることになる。


「アトポシスは免疫システムでもあるのじゃな。余のような者たちが基底システムに手を出せば対抗攻撃を行ってくるであろ」

「まずアトポシスの機能を止めたいところですけど、無理っぽいですね。セキュリティのためにがちがちに固められていて、基底システムを完全に壊さない限りは止まらないみたいです」


「余がアトポシスをかわす役、エイダが基底ソースコードを修正する役をやるとしようぞ」

「はい!」


 修正計画はできた。後は修正するだけだ。


 エイダは微小な魔法陣を構築していく。

 作った魔法陣を連携させ、そして基底システムの魔法陣にそっと接続した。基底システムに新たな機能が加わる。それはたちまちエラー管理システムに検知されたようだった。

 骸の中の空間が揺らめく。


「来ます!」

「任せよ!」


 空間が異様に歪んでいき、穴が開く。

<侵入 検知 不正 不正 不正 不正 不正 不正 不正>

 空間の穴から歪みそのものが這い出して来る。

 歪みの中心にはアトポシスに乗っ取られたエリカ=エイダの身体がある。

 

<エラー 接続 排除 排除 排除 排除 排除 排除>

 アトポシスを中心に、骸の白い枝が黒く変色していく。

 黒い枝は素早く鋭く伸びてヴァールを突き刺そうとした。


「物理攻撃かや!」

 ヴァールはマントをなびかせ、飛んで避ける。


 黒い枝は四方八方から伸びてきてヴァールを押し包もうとする。

 ヴァールはかいくぐって飛ぶ。

 ヴァールの飛ぶ先で、黒い枝が密集して閉じていく。

 全力加速して黒い枝の隙間を抜ける。


「壊すわけにもゆかぬが」

 黒い枝を破壊すること自体は簡単だが、壊せば基底システムも損傷してしまう。


<異常 消去 消去 消去 消去 消去>


 ヴァールを串刺しにしようと、鋭い枝が上下左右から次々に伸びてくる。

 ヴァールは枝に掴まってくるりと方向転換し、その先にも伸びてきた枝を蹴ってまた別の方向へ。

 縦横無尽に逃げるヴァールだが、枝は隙間を埋めていって、文字どおり包囲網が狭まってくる。

 どこまでも密集した枝は樹の枝のようでもあり、また根のようでもある。


「まるで世界樹のようじゃ。 ーーああ! そうなのじゃな、星神は自分の身体から世界樹を生み出したのであろ」

 ヴァールは伝説の始まりに気付いて感嘆する。


「我が妹背よ、どこも枝に満ちている。逃げ道がないのである」

 魔装キルギリアが警告してくる。

 あらゆる方向の空洞が黒い枝に埋まりつつある。逃げようがない。


「ヴァール様、閉じ込められると基底システムを修正できないです」

 エイダも告げる。

 星の骸いっぱいに広がる魔法陣に手を加えるにはあちこち移動せねばならない。


「むむむ」

 ヴァールは困る。魔法で小さくなってすり抜けることもできるが、指輪のエイダも小さくなってしまう。それで魔法陣を修正するのは困難だ。


 ヴァールは右手に寂しさを感じる。世界樹を自分の杖、魔王笏として使っているヴァールだが、世界樹は今ノルトンにそびえている。杖を使わなくなって久しい。今、その世界樹の力が欲しい。


 

◆地上 ノルトン 新魔王城 六階


 暴走するアトポシスを引き留めるために戦っていた四天王たちだが、肝心のアトポシスが消えてしまった。

 アトポシスは強制的に引き戻されるかのように空間の穴へと吸い込まれていった。


 ここでの戦いは終わったものの、四天王たちは不安に包まれている。

 アトポシスの行き先は魔王のところのように思えてならない。


 今や城を覆う結界も外れ、大広間の大窓からはノルトンの町を一望できる。

 ノルトンの中央部からは雲突く大樹、世界樹がそびえ立っている。


 巫女イスカは世界樹に祈る。

 彼女たち森魔族の巫女は、魔王を神と崇め、魔王の遺した世界樹を神樹として三百年間守り継いできた。

 神樹こそは魔王の神器。偉大なる力の証。


 イスカは大広間の床に膝まずき、手を合わせ、神樹に祈りを捧げる。

 忍者クスミも、龍人ズメイも、鬼王バオウも、龍姫ジュラも、並んで祈る。

 サース五世は遠慮がちに後ろで祈る。

 勇者ルンはぐったりと座り込みながらも祈る。

 

 六階に上がってきた聖騎士ハインツや女神官アンジェラたち聖騎士団もそこに並んだ。


 冒険者たちも続々と上がってくる。

 彼らも察して祈りに就く。


 皆は祈る。

 魔王の想いがかなえられますようにと。


 魔王ヴァールはいつもがんばってきた。

 彼女の願いがそんなに偉そうものでないことは皆も知っている。

 ヴァールはただ、背を伸ばしたいのだ。

 そして人も魔族もなく、誰とでも楽しく遊びたいのだ。

 そんな願いをかなえるために街を築き、人や魔族を集め、戦ってきた。


 かわいらしく素敵な願いだと皆は思う。

 助けてあげたい。

 彼女の希望をかなえてあげたい。


 そんな皆の祈りが力となって世界樹に注がれていく。


 世界樹がざわめき始める。

 枝葉は金色に輝き始め、その光がノルトンを黄金に染め上げる。


 世界樹はみるみる小さくなっていき、一本の杖となった。魔王のための杖、魔王笏だ。

 魔王笏は飛翔した。ヴァリア市の方へと。

 主人が呼んでいるのだ。


 世界樹は消え失せた。

 だが皆は知っていた。

 世界樹に祈りは届いたのだと。

 後は魔王が受け取るだけだ。

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