第117話 新魔王城 四階 決着

 新魔王城四階からの魔力供給を得た魔王ヴァールは、極小サイズから大きくなるための空間操作魔法を使う。そしてやりすぎたヴァールは通常の十倍にも大きくなってしまったのだった。

 一歩歩むだけで地響きが起きる。


 聖教団の神官たちは呆然とした顔で巨大なヴァールを見上げている。


「遂に! 魔王神様が顕現なされましたわ!」

 ありがたいお姿を巫女たちは伏して拝み始める。

 もともと彼女たちは魔王を崇める魔王神社の巫女だ。無理もない。


「ヴァールちゃん…… いろいろと間違ってない……?」

 鬼王バオウは途方に暮れている。

 バオウが最後に会った三百年前、ヴァールは絶世の美女の姿だった。

 それが今や少女の姿でしかも十倍の大きさである。


「そういうことも…… あるのじゃ……」

 ヴァールはうめく。


「何が起きてやがる?」

 ズメイは召喚龍たちの攻撃からジュラを守るのに必死だ。妙な地響きは気になるが、それどころではない。


「きいいいっ! 魔力供給を奪われるとは! 銀血を増やせなくなってしまいます!」

 ネクロウスは焦り声だ。


「……こういう風に背を伸ばしたいのではないのじゃが…… 細かいことは後回しじゃ」

 大きなヴァールは背中に手を回し、背負っている剣を抜こうとする。

 スケールが拡大されているだけなので、大きくなろうとも相変わらず剣を上手く抜けない。よろけて倒れそうになるところをなんとか踏みとどまる。


 魔装キルギリアのマントが腕の形をとって剣を引き抜き、ヴァールに渡した。

「すまぬのじゃ」

「我は妹背の片腕であるからに」


「ネクロウス、勝負じゃ!」

 ヴァールは長大な剣を構えた。ヴァールと共に拡大された剣の長さは十五メルを超える。

 重さにヴァールの腕が揺れ、剣先がぷるぷると震えている。


 そんなヴァールの姿を見上げて、女神官アンジェラが感嘆の叫びを上げる。

「ああ、聖剣へクスブリンガー! 神が勇者にお力を与えたのかしら! 神の勇者、勇者の神かしら!」

 神官たちも祈り始めた。


 ヴァール本人は剣を支えるのに必死である。

 もう落としそうなので、

「えい!」

 とりあえず狙いもつけずに、銀血が滴る天井を突き刺してみる。


「げえっ!」

 ネクロウスの叫び声が上がった。


「ここかや?」

 ヴァールは剣をぐいぐい押してみる。


「ど、どうか、お止めに!」

「当たりじゃな!」

 ヴァールは背伸びをして剣を押し込み、届かなくなってくるとぴょんぴょん跳ねながら勢いをつけて剣を柄まで天井に刺した。


「ぎゅふ! ……」


 銀血からの声が静かになったので、ヴァールも落ち着く。

 床の銀血もすっかり鬼たちに粉砕されて茶色に濁り、動かなくなっている。


「凍るのじゃ!」

 ヴァールは手を伸ばし、魔法陣を生成。そこから凍気を放射して召喚龍たちを狙い撃つ。

 ズメイによる凍気攻撃と挟撃された召喚龍たちは耐えかねて凍りつき、墜落し、床に吸い込まれるように消えていく。


「かく…… なる上は…… 自刎せよ…… ジュラ……」

 そこでネクロウスの声が途絶える。


 ジュラの体内に残っている銀血はまだ機能している。ジュラはネクロウスの命令を受けて自らの首に手をかけ、ぎりぎりと締め始める。

 ヴァールの大きな体ではこれを止めようがない。


「ズメイ、ジュラを止めよ! 頭を使うのじゃ!」

 ヴァールが叫び、

「おうともよ!」

 ズメイが応える。


 ズメイは龍体を解除して人間の姿に変化していく。

 いつもの老人の姿ではない。野性的な青年男性に見える。

 満身創痍、執事服は破れて血塗れだが、かえってそれが彼を美しく見せていた。


「頭を! 使うんだな!」

 ズメイはたくましい両腕でジュラの細い腕をそれぞれつかみ、そしてジュラの身体を壁際まで押し込んだ。

 ズメイの肘がぶつかって、壁がどんと音を立てる。

 ズメイはジュラと頭を合わせ、そしてその唇に己の唇を押しあてた。

 ジュラの動きが止まる。


 ズメイは唇から焔属性の魔力を吹き込んでいく。

 ジュラとズメイの体温が共に上がる。

 二人から熱い湯気が立ち昇り、次いで焔が二人を包む。

 ジュラは焔属性の龍だ。ダメージは無い。


 ジュラの体内にいる銀血が煮え、沸騰し、さらに溶融し始める。


 ジュラの目に意志の光が戻ってくる。

「え、なに?」

「俺だ、動くな、じっとしてろ」

 ズメイは力強くジュラを抱きしめて、文字どおり熱い口づけを続ける。

 

「ちょっと、やだ、恥ずかしいじゃん」

 身じろぎして振りほどこうとするジュラの目をズメイは見つめる。

「もう離さないぞ」

「ばか!」

 ジュラは動かなくなり、その手をズメイの背に回す。

 二人は高熱の身体を固く抱き合う。


 声もなくジュラ体内の銀血は焼き尽くされた。


 二人の上から声が降ってくる。

「あ~ その、もう銀血は大丈夫と思うのじゃが。そろそろいいかのう」

 ようやく唇を離したズメイとジュラは、しかしまだ互いを見つめ合う。


「じじいじゃない…… かっこいい…… ズメイお兄ちゃんが帰ってきた……!」

「すまねえ、待たせたな」

 また口づけを再開しそうな勢いである。


「頭を使えとはそういう意味ではなかったのじゃが…… 結果良ければ全て良しじゃが……」

 見ていたヴァールの方が顔を真っ赤にしている。


 陶然としていたジュラはやっとヴァールの姿に気付いた。

「な、なにもの!?」

 巨大なヴァールの姿に驚く。


「余じゃ、魔王ヴァールじゃ」

「え! お姉ちゃんなの? マジで!? やっと会えたよ!」

 ジュラは目を輝かせる。


「本当じゃ。それにしてもアウランによく似ておる……」

 ヴァールは微笑み、目を細める。


 それを聞いたジュラは自分の姿を見て、激しく動揺した。

「大人になっちゃってる! やだ、だめだって、戻らなきゃ」


「どうして大人ではいかんのじゃ? もう十分に大人の歳であろ」

 ヴァールに問われたジュラは激しく首を振る。


「だって、仕方ないじゃん! みんな、お母さんのことは忘れなさいって! 忘れたくないのに! あたいがお母さんそっくりになったら、もうみんな本当にお母さんのことを忘れちゃうよ!」

 ジュラは懸命に叫ぶ。


 そこに鬼王バオウがやってきた。彼女は自分の胸に手を当てて精一杯大きな声で言う。

「アウランは、ここに生きてるから…… 絶対に忘れない……」


 ヴァールも自分の胸に手を当て、そして指先でジュラの頭を撫でながら言う。

「アウランは生きておる。ここに、そして汝の中に。その姿がなによりの証拠じゃ」


 ジュラの両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「うう、うわああああああん! おかあさああああん!」

 大声で泣きながらズメイの胸にすがりつく。

 ズメイはそっとジュラの背中をさすった。

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