第100話 再臨

◆新魔王城 一階 魔王の部屋


 新魔王城の一階には、仮設で魔王の部屋が整えられていた。

 運び込まれた魔王の玉座には、小さな魔王がどっかと座り込んでいる。

 その顔は明らかに怒っていた。


 部屋に新四天王たちが入ってくる。

 イスカ、クスミ、ズメイ、それにミニサイズの身体を使っているクグツのビルダ。

 新四天王とは、大魔王側の旧四天王と区別を付けやすいようにとイスカが言い出した名称だ。


 玉座の前に椅子を並べて、新四天王たちが座る。 

 人間の十分の一ほどしかないミニサイズのビルダは椅子の上に飛び乗る。


 魔王ヴァールが声を発する。

「新魔王城の対策会議を始めるのじゃ。報告を述べよ」


 まずは巫女イスカが答える。

「二階の施設を動かしましたわ。鍛冶場を鍛冶師たちに貸与して、武器と防具の生産が始まっています。調理場を貸与したダン&マッティは、大食堂の運営を始めるとのことですわ」


「うむ、戦いには準備が必要じゃからな」

 魔王が頷く。


「二階をくまなく調べましたけど、三階に上がる方法はやっぱり暗黒洞結界に封鎖された一か所だけですの」


 そこで龍人ズメイが顔を上げる。

「暗黒洞結界を解除するには長い時間を要します。短く見積もって数年はかかるかと」

「何年も待っておると、大魔王軍の侵攻が始まってしまうぞよ」

「御意。しかし破壊するにも現状では到底賄えない莫大な魔力量が必要でございます」


「こちらも暗黒洞結界を作って、浸蝕するのはどうじゃ? 昔は上手くいったぞよ」

「城内では危険すぎるかと存じます。相互作用で大規模な破壊を起こす恐れが」

「ふうむ…… しかし気になるのは、三階全体に暗黒洞結界を安定して張るだけの大魔力をどのように確保しているかじゃな」


 ズメイは報告を続ける。

「ネクロウスの操術については少し進展がございます。治癒術を使うことで、支配されているノルトンの兵士を命令から切り離して眠りにつかせることはできました。治癒術には操術の効果を薄れさせる効果があるようでございます。エイダ殿が残していた研究資料から得られた成果ですな。……ジュラ姫をお助けすることが可能やもしれません」


 宰相との戦いで破壊された工場から、エイダが使っていたと思しい研究道具とエイダのメモが発見され、操術の解明に役立てられていた。


「惜しむらくは、ネクロウスめの銀血があればより深く研究を進められるのですが」

「上階で手に入れるとしようぞ」

「御意」


 ヴァールはビルダに顔を向けた。

「ビルダよ、いつもの身体はどうしたのじゃ」

 厳しい声をかける。


「別の用事があるんだナ」

 ビルダはとぼけた調子で答える。


「エイダが一階に降りてきたとき、汝はどうしていたのじゃ」

「ヴァール様のために話をしたいとエイダがいうから、邪魔をしないよう上の階に行ったんだナ」


「そこでどうしてエイダを捕まえないのじゃ!」

 ヴァールが足をバタバタさせる。


「ビルダは自分を作ったエイダさんに逆らえないのですわ」

 イスカが取りなそうとする。


「それでは大魔王の手下ということかや」

「それは……」


「はいはい、クスミからも報告なのです!」

 忍者クスミが声を張り上げた。


「ノルトン警ら署を立ち上げたのです。警ら隊の見回りで治安は落ち着いているのです。男爵の略奪や徴発がなくなって、みんな感謝しているみたいです」

「よし、子どもたちも安心じゃな」


「でもヴァリア市には問題ありです。ダンジョンに不法侵入者です。入場料を払わずに好き勝手しています!」

「入口には結界があるのにかや?」

 ヴァールは首を傾げる。


「結界を少女が素通りしていったとの証言があるのです」

「少女?」


「貧相な壊れかけの鎧姿だったとか」

「貧相!」


 魔王は口角を上げた。

「そうかや。遂に来たかや。毒を食らわば皿までじゃ。余が出向くとしようぞ」



 会議を終えた魔王は、新四天王たちを引き連れて新魔王城の地下一階に下りた。

 そこにはヴァリア市に通じる地下通路がある。

 一行はそこに入っていく。


「ちょっとくらくらしますわ」

 めまいを覚えたイスカが言う。

 この通路は空間圧縮されており、ノルトンとヴァリア市をわずかな時間で行き来できる高速連絡路だ。

 出入りする時に敏感な者は空間の歪みを感じてしまうのが欠点だ。


 すぐに出口の光が見えてきて、ヴァリア市の地下街へと抜けた。

 以前にネクロウスの手で水没させられた地下街は排水されて、今は大勢が居住している。

 かつては暗く静かだった地下街が今はすっかり明るくにぎやかだ。

 魔道具の光で照らされた町並みに商店が並び、威勢の良い掛け声が響く。


「魔王様だ!」

「陛下!」

 市民たちの歓声にヴァールは手を振る。

 ノルトンから移住してきた者も多いようだ。

 あちらの寺院で出会った子どもたちも駆けずり回って遊んでいる。


「早く学校を作りたいものじゃな」

 つぶやきながらヴァールは階段を上がった。

 地上だ。冬の太陽がヴァールを迎える。ひやりとした空気がヴァールに触れる。


 新四天王を連れて大通りを進む。

 地下にも増して盛況だ。

 先日の戦争による影響を気にしていたヴァールだが、ヴァリア市が王に認められたことや、ノルトンとの高速連絡路が開通、世界樹や新魔王城など新たな観光名所の出現などで、むしろ観光業は順調だった。

 冒険者たちも大魔王と聞いて大陸中から集まってきている。


 大通りを歩んでいく。

 以前に鬼王バオウから破壊されたギルド会館は再建が進んでいた。

 柱が立ち並び、大工たちが作業している。建設を指揮しているのは聖騎士だ。

 建物が密集している場所なので、以前より拡張することはできなかった。

 

「ここは支部にして、新魔王城のほうを本部にするかや」

 新四天王たちが頷く。

 エイダもそのつもりで図面を引いていたはずだとヴァールは思う。


 ダンジョン入り口の祠に一行はたどり着いた。

 入場券を処理する魔道具と扉の結界は問題なく働いているように見えた。


「壊すことなく通り抜けたかや。魔力を喰らったのじゃろ。やはり間違いなさそうじゃ」

 ヴァールが扉に触れると関係者を認証して結界が開いた。


 一行は地下一階に降りる。


「最新の目撃情報は地下六階なのです」

「遊んでおるようじゃな」


 地下一階の階段すぐ側に設置されている転移魔法陣テレポーターにヴァールは入る。たちどころに姿は消えた。新四天王たちも続く。


 地下六階のテレポーターから現れたヴァールは、温泉と大水浴場のいずれから確認するかしばし考えて、大水浴場を選んだ。新四天王たちも続く。


 通路を進んで大水浴場への扉を開くと、潮の匂いがあふれ出してくる。

 強い光が降り注いでいて眩しい。

 砂が広がる丘をぎしぎし音を立てながら歩んで越えると、蒼空の下に広がる海を一望できた。

 ダンジョン内に構築された亜空間、そこに現実の海をコピーしてきたのだ。ズメイによる極めて高度な空間操作術だった。東海を再現しているらしい。


 その海が真っ二つに割れていた。

 海の断面は固定されて内部を泳ぐ魚群が見える。

 さらされた海底には岩が転がり、海藻が倒れている。

  

 割れた海は水平線の彼方から海岸までの道を形作っている。

 その道をこちらへと歩んでくる者がいた。

 歪んだ鎧をまとう少女。

 快活で、しかし不満げな表情を浮かべている。


「ヴァール! 久しぶり!」

 少女は大声を轟かせる。


「元気そうじゃな、ルン!」

 ヴァールも声を張り上げる。


 勇者ルンは手を大きく振る。

「大魔王をやっつけに来たのにさあ、どこにもいないじゃん! そうだ、代わりに勝負しようよ!」


 やにわに新四天王たちの殺気が高まる。特にビルダの殺気は激しい。ミニサイズなのに、今にも飛びかかっていきそうだ。

 新四天王たちを押しとどめて、ヴァールが返事する。

「ルンよ、ここに大魔王はおらぬぞよ。会わせてやるから付いてくるがよい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る