第71話 逆襲

 ヴァリア市の大通りに面したヴァリアホテルはこの街でも最も豪華なホテルである。

 市を運営する重鎮たちの会議にも使われている。


 しかし今日の会議場はいつもと雰囲気が違った。

 シャンデリアが煌めき、分厚い絨毯が敷き詰められ、分厚い木製の大型テーブルが据えられた豪華な会議場。

 そのテーブルの主人席についているのは猛獣型の魔物、ヘルタイガーである。ヴァールのペット、キトだ。普段は小さな猫のサイズだが今日は本来の大きな姿に戻っている。

 唸るヘルタイガーにはギルドマスターにして勇者のヴァールがまたがっている。


 商業ギルドや鍛冶ギルドの長はおそるおそる着席して、ヘルタイガーが唸るたびにびくついている。


 警ら署の長であるクスミや聖騎士団のハインツにアンジェラは沈鬱な表情だ。


 長い脚を見せびらかすように組んで座っているのは美しい男装の麗人、北ウルスラ王国のレイライン王だ。

 興味深げに皆の様子を眺めている。


 テーブル上に置かれた座布団には生首が据えられている。

 地下霊廟から回収されてきたズメイだ。

 その目はときどき動いて命があることを示している。


 ヴァールが口を開いた。

「早くエイダとジュラを助けに行くのじゃ」


 レイラインが応える。

「二人はおそらく男爵城だが確証はないぞ」


「とにかく助けに行くのじゃ」

 ヴァールは繰り返す。

 燃えるような怒りを通り過ぎて、冷えきった蒼い憎悪の炎をまとっているヴァール。彼女が口を聞くだけでギルドの長たちは震えあがった。

 まるで魔王の前にひきずりだされた人間ででもあるかのように。


「いたとしても、エイダも操られていたら厄介だぞ」

 穏やかにレイラインは語り続ける。


「なんとしても取り戻すのじゃ」

 泣きはらして赤いヴァールの目はぎらぎらと輝いている。


 商業ギルドの長エヴァルトが意を決して口を開いた。

「ヴァリア市を鎮圧するために王軍が動き出しているとの話ですぞ。行商人たちの情報からも、大軍が男爵領に集結しているのは間違いありません」


「王はなくとも王軍は動くか」

 レイラインが皮肉げに言う。


「王軍の総指揮はダンベルク宰相、ヴァリア市で反乱を起こした偽王を誅すると号しているそうです」

 クスミが報告する。


「この俺が偽王、であれば本物の王はどこに」

「偽王が操る鬼に暗殺されたそうです」

「ははは! 確かに暗殺はされかけたがな!」

 レイラインは笑った。


「もういいであろ。助けに行くのじゃ」

 ヴァールのまたがるヘルタイガーが、馬のいななきのように前足を上げて吠えた。


「お待ちを! ヴァール様! どうかこれをお使いくださいませ!」

 会議場に巫女イスカが入ってくる。続いてクグツのビルダもだ。


 かつて戦闘で体を破壊されてしまったビルダはようやく修復なって、人間サイズを取り戻していた。

 ビルダは両手に大量の装備を抱えている。


「とっておきを選んできたのナ」

 ビルダは鎧兜に護符に武器、ずらりと杖を並べる。

 鎧兜は漆黒の金属製だ。


「その鎧と兜はミスリウムとオリハルコニウムの合金製、軽くて硬くて魔力で形を変えられる優れものなのナ」


 イスカがヴァールに鎧を着せ付ける。

 漆黒の鎧と兜は魔力で変形して、ヴァールにぴったり装着された。


「杖は属性別にとりそろえたからナ、好きなのを使うといいのナ」

「全部じゃ」


 ヴァールの鎧の背中側に筒がいくつも装着され、大量の杖が差し込まれる。

 正面から見ると、まるで杖が放射状に生えているみたいな姿になった。


「ありがとうなのじゃ。もう行くのじゃ」

 ヴァールを乗せたヘルタイガーが会議場を出ていこうとする。


「ヴァール様、どうしても私たちはお供させていただけないのでしょうか……?」

 ヴァールの背中にイスカが声をかける。


「全ては余の失態、余一人の咎なのじゃ。誰も連れては行けぬ」

 断固とした口調でヴァールが告げる。

 

「王軍は最新鋭の魔道機で武装している。昔の人間とは違うぞ」

 レイラインが言う。


 ヴァールは凄絶な笑みを浮かべた。

「余が昔のままと思うのかや」


 ヘルタイガーの咆哮で、バルコニーの窓が開いた。

 ヴァールを乗せたヘルタイガーが外へと身を躍らせる。

 ヘルタイガーは軽やかに大通りへと着地して森の方へと駆け出し、あっと言う間に見えなくなった。


 残された者たちは目を見合わせる。


 イスカが宣言した。

「連れて行ってはいただけませんでしたが、私たちが勝手に行くのは構わないでしょう。これより独自に救出作戦を開始します」



 深い森の中、闇の瘴気をまとったヘルタイガーがヴァールを乗せて、一路、男爵領へと駆ける。

 

 時刻は深夜、季節は晩秋、冷えた空気を切り裂きながらヘルタイガーは森の道を走る。


 道の先にちらほらと赤い光が見えてきた。

 王軍の兵士たちが道を封鎖しているようだ。

 木で作られた柵が並んでいる。


 人にしては大きすぎる騎兵の姿も見える。高さ五メルはあるだろう。

 魔族ではない。人の手で作られたクグツのようだ。


 接近してくるヴァールに気付いた兵士たちが騒ぎ始める。

 

「止まれ! 撃つぞ!」

 弓兵たちが矢をつがえて狙いを付けてくる。


「押し通るのみじゃ!」

 ヴァールは背負っている杖を両手で抜き出した。


「光の杖よ、焔の杖よ」


 左右に構えた杖に魔法陣がそれぞれ生じる。

 達人級マスタークラスでなければ不可能な、魔法の同時多重発動だ。


「迎撃光」

 左の杖からは細い光が走る。

 飛来する矢を光が正確に捉えて撃ち落とす。


「殲滅焔」

 右の杖からは火焔が噴出し、木の柵を薙ぎ払っていく。

 道を閉鎖していた兵士たちが逃げ惑う。


 ヘルタイガーは跳躍、燃える柵を飛び越えて封鎖を突破した。

 そのまま王軍の陣を駆け抜ける。


「反乱軍だ! 逃がすな! 追え!」

 クグツ騎兵部隊が始動、次々にヴァールを追い始める。


 クグツ騎兵は馬と騎兵を装甲で覆ったかのような姿だ。

 しかし人間の騎兵よりも二回りは大きく、速度もはるかに速い。

 目を赤く光らせて追ってくる。


「魔法結晶を動力源にして、魔法言語でカラクリを制御しておるのかや。確かに昔はなかった兵器じゃな」


 ヘルタイガーも普通の馬よりもはるかに速いのだが、それを上回る速度でクグツ騎兵部隊は接近してくる。

 クグツ騎兵の一騎が長大な槍を構え、ヴァールに狙いを定める。


「人類三百年の叡智、見事なものじゃ。しかし…… 余とて三百年間昼寝していたのではないのじゃ!」


 空中に召喚魔法陣が生じた。


「三百年の長きにわたって封印を研究してきた余の成果をみるがよいぞ。封印接続、次元閉鎖解除、地獄連結、出でよ、アークデイモン!」


 亜空間の穴が広がり、そこから闇の瘴気をまとった巨大な腕が伸びて、クグツ騎兵を掴みとる。


 穴はさらに拡大して、身長十メルを超す巨人型魔物、アークデイモンが姿を現した。

 アークデイモンは全身に漆黒の炎をまとい、蝙蝠のような翼を大きく開く。

 髪を逆立てたその顔は怒りに満ち、目は焔を閉じ込めた水晶球のようだ。

 たぎるような熱と硫黄のような臭いが広がる。

 

 掴んだクグツ騎兵をアークデイモンは軽々と投げ飛ばした。

 森の大木に激突したクグツ騎兵はひしゃげて大破。装甲が開いて、内部からよろよろと兵士が這い出てくる。


 アークデイモンは翼を羽ばたかせて飛行、巨体に見合わない速度でクグツ騎兵部隊に迫り、その手から黒い焔を放った。

 クグツ騎兵たちは焔に包まれて転がり倒れ、内部から兵士が逃げ出していく。


 その攻撃をかいくぐってヴァールに迫ろうとするクグツ騎兵に、アークデイモンが拳を一撃した。

 クグツ騎兵は馬部分と騎士部分が分解して吹っ飛ぶ。


 クグツ騎兵部隊はあっさり全滅した。


 ヴァールはその様を見ることすらせず、ひたすらにヘルタイガーを駆けさせていく。

 アークデイモンは飛行して追随する。


「エイダ、ジュラ、どんな目に会わされているのじゃ…… 早く助けねば……!」

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