第72話 虜囚

 エイダが連れ去られた直後まで時をさかのぼる。


◆男爵城 最上階 男爵執務室


 頬をはたかれた痛みで、エイダは意識を取り戻した。

 椅子に座っているようだ。

 目を開くと、悪趣味な胸像や絵画の並ぶ部屋が目に入ってくる。それに気持ち悪い男たちがこちらを見ていた。


 悪趣味に着飾ったデブ男が、無駄に大きくて飾りだらけの椅子に座っている。

 その横に立っているひょろい男は軍服を着ているが勲章をぶらさげすぎて、まるで道化師みたいだ。

 その後ろには魔導師らしい奴が控えている。地味なローブ姿で、フードを深くかぶって顔を隠している。


 エイダは身動きがとれないことに気付く。椅子に縛り付けられていた。

 縄が胸に食い込んでいる。

 後ろにも気配があり、取り囲まれているようだ。

 捕まってしまった。簡単には逃げられそうにない。


 エイダの脳裏に、鬼王と戦うヴァール様の姿が蘇る。

 あの後、ご無事だろうか。あんなに魔力を使ってしまって、心配でならない。


 エイダは身をよじってみるが、しっかり縛られていて身動きはとれない。

 どうしてこうなったのか思い返してみる。


 地下の霊廟に水が流れ込んできて。

 自分はヴァール様の防御結界に守られ水中を漂っていて。

 そしたらジュラの金龍に捕まえられて。

 連れていかれてトンネルに入って。

 ヴァール様から離れてしまったから防御結界が消えて。

 ジュラに捕まったままトンネル内の水で溺れて。


「ようやく目を覚ましたか。お前は勇者の参謀、エイダで間違いないな?」

 椅子に座った男が問いかけてくる。


 エイダは深呼吸する。

 その後、なんとか助かったらしい。でも助かっていない。

 どう見ても周りにいるのは敵だ。

 捕まってしまうとは大失敗、ヴァール様にご迷惑をおかけしてしまう。


「おい貴様! 辺境男爵閣下にお答えするのだ!」

 ひょろい男が甲高い声で叫ぶ。


「ボーボーノ、大魔道男爵と呼ばんか!」

 デブ男が怒鳴る。

 

 エイダは理解した。

 痩せてる方が男爵領の兵士を指揮しているという『将軍』ボーボーノで、デブな方がゴッドワルド辺境男爵だ。

 自分がいる場所はおそらく男爵城。

 しかしどちらの男も鬼魔族を操る高度な魔法が使えるとは到底思えない。

 消去法で、残る魔導師が術者なのだろう。

 それにしても、こんなアホっぽい連中に仕える魔導師がいるとは。

 そしてこんな間抜け面な男爵に自分が捕らえられているとは屈辱だ。


「お前はエイダだろう、そうだな!」

 ゴッドワルド辺境男爵が詰問してくる。


「違います。エイダなんて知りません」

 むかついてきたエイダは投げやりに返事をする。


「違うではないか、馬鹿者!」

 男爵は魔導師を怒鳴りつける。


「……その女は確かにエイダです。勇者がそう呼んでいるのを確認してあります」

 魔導師が答える。どこからしゃべっているのかよく分からない妙な響きの声だ。


「やはりエイダではないか!」

 男爵は扇でボーボーノをはたく。


「ははあ、申し訳ございません! 小娘め、勇者の情報を洗いざらい吐くのですよ!」


「ヴァール様のことを知って、どうするんですか」

「知れたこと、隙をついて支配するのですよ! 支配できなければ倒すまで!」


「なんのためにですか」

「男爵閣下がヴァリア市を支配して、宰相閣下におほめいただき、伯爵に成り上がるために決まっているではないですか! そしたらこのボーボーノも大将軍に! いずれは男爵閣下が支配の魔法でウルスラを…… きひひひ」


 男爵がボーボーノをはたいた。

「馬鹿者! お前が尋問されているではないか!」


 男爵はエイダをにらみつける。

「さっさと勇者の情報を吐け。でなければ痛い目にあうぞ」


「わかりました」

「素直でよいではないか」


 エイダは深呼吸して、

「まず、ヴァール様は寝起きのちょっと寝ぼけたお顔がおかわいらしい。髪がくしゃっと乱れているのもたまりません。朝ご飯がお気に入りのときは、話もせずにもぐもぐお食べになるがまた愛らしくて。お腹いっぱいで幸せそうなお顔を見ているとこちらがとろけそうです。元気にお仕事をされるときのきりりとした小さなお姿がまた至高! 凛々しさとかわいさがひとつになったギャップがもう! 自信満々にちょっと悪そうな表情をされるときも小悪魔的な魅力に魂を奪われてしまいます」


 エイダは果てしなく語り続ける。

 ボーボーノは延々と紙に書き止める。

 男爵は段々と疲れていく。

 魔導師はなぜか頷き続けている。


 ボーボーノの書き止めた紙が分厚い束になった頃、男爵が命じた。

「もうよい。その話はここまでだ」

「ええっ! まだ全然話し足りないのに!」


「ボーボーノ、この女の持ち物を改めるぞ」

「ははあ」


 ボーボーノはエイダから取り上げた荷袋を持ってきた。

 男爵の前にテーブルを置いて、荷袋の中身をぶちまけていく。


 照明の魔道具。大小、様々な撮像具。ヴァールのポスター。防御結界用の水晶球。筆記具。魔法板。それに、どう見てもガラクタな小物類。


 荷袋から最後に出てきたのは、丸められた大きな紙束だった。


「ああっ! それは! まだヴァール様にもお見せしてないのに!」

 エイダが叫ぶ。


「ぐはは、重要な秘密のようだな」

 男爵が紙束を広げる。


「これは、なんだ、城の絵か?」

「城の設計図かと存じます」

 眉根を寄せる男爵に、魔導師が説明する。


 たくさんの紙にそれぞれ異なる城の設計図が描かれている。

 地味な平城、尖塔が立ち並ぶ城、優美な城、尖ったいかにも悪そうな城。


 男爵は最後の悪そうな城に目を止めた。

「いいではないか。気に入ったぞ。こういう城が欲しかったのだ!」


 ボーボーノも設計図を覗き込んで、

「これぞ男爵閣下にふさわしい城ですな!」

「鬼魔族に命令だ。すぐに改築させろ!」

「ははあっ!」


 ボーボーノは設計図を持って部屋から出ていく。


「私の設計をパクるんですか!」

「この大魔道男爵が使ってやるのだ! ありがたく思え!」


 エイダは歯ぎしりする。

 あの設計図は、壊されたギルド会館の代わりになる建物として描いたものだ。

 次の会議でヴァール様に提案するつもりだった。

 ボーボーノに持っていかれたのは没にするつもりのあて馬案だったが、勝手に使われるのはむかつく。


「その女を監禁しておけ」

 男爵が魔導師に命じる。


「支配はなさらないのですか」

「まだ尋問するかもしれないだろうが。支配するとろくな返事もできなくなる。そこの龍みたいにな」

「御意」


「龍よ、その女を運ぶのです」

 魔導師が言うと、エイダは後ろから椅子ごと持ち上げられた。


 エイダが見上げると、そこにはジュラの顔。だがその目には意志の光がなかった。支配された鬼魔族たちと同じだ。


「ジュラさん!」


 ジュラは椅子ごとエイダを運んでいく。


「ジュラさん、自分を取り戻してください! ジュラさん!」

 エイダの呼びかけに返事はなかった。

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