第63話 死都

◆ヴァリア市 南端の倉庫街


 道案内の警ら隊員ヴォルフラムと彼の腕に引っ付いた龍姫ジュラを先頭に、勇者ヴァール、侍を自称するレイが歩いていく。

 ヴァールの伴侶たるエイダは、レイの後ろについて彼を警戒している。


 一行は警ら署で鬼魔族を調査し、レイは銀の指輪で鬼魔族を操ってみせた。

 レイはその指輪をヴァールの指にはめるという言語道断な無礼行為を働いたので、直ちにエイダは指輪を取り上げて手元に保管している。


 エイダは戦慄する。

 この指輪は支配の魔道具だ。

 強い力を持つはずの鬼魔族を意のままに操ることができる。

 ギルド会館を破壊した鬼魔族は、ヴァール様によるとかつての四天王の一人、鬼王バオウだとのこと。旧四天王ほどの強大な者ですら操られるとしたら、今の四天王や自分も……


 支配の指輪を持っていたレイのことをエイダはまったく信用できない。

 そもそも芝居じみた派手派手しい服装の上に羽根飾りの仮面で目を覆い、自分は変装して正体を隠しているのだと全身で伝えている。

 つまり、非公式な立場でこの場にいるのだと言いたいのだろう。どこぞの権力者に違いない。そしてヴァール様に手を出そうとする権力者は排除せねばならない。


 エイダは刺すような視線をレイの背中にぶつける。


「はっはっは、俺は味方、同盟者。そのような目を向けてくれるな」

 殺気を感知したのか、レイが笑って振り返る。


 エイダは冷え切った目でレイを見る。

「いつ同盟したと言うのですか」


 レイは大仰に両腕を広げてみせて、

「俺は襲われたのだ、鬼たちに。命を狙われたのだ、指輪を使って。この街もまた襲われた。敵の敵は味方、即ち俺と街は同盟の仲」


「鬼に襲われた証拠はあるのですか」

「この偉大なる俺の言葉が絶対の証拠」

「そんな恰好をしている人の言葉なんてなにひとつ信用できないですね」


 エイダは突き放し、レイは肩をすくめてみせる。


 ヴァールの正体を知っているのだとレイはほのめかしてみせた。そういう危険な者のことなど信用できるわけがない。

 どうにかしてこの世から葬れないものかとエイダは考えている。


 そうこうしながら、一行は目的の倉庫を目指す。

 そこに地下通路を探索指揮しているズメイが待っているはずだ。


 今、冒険者ギルドでは総力を挙げてヴァリア市の地下通路を探索している。

 ゴッドワルド男爵が鬼魔族や兵士を使って掘らせたと思われる地下通路だ。

 そこから現れた鬼魔族にヴォルフラムらは襲撃も受けている。

 街を守るためには費用をかけてでも地下通路の安全を確保せねばならないとヴァールが判断した。


 地下通路の探索には冒険者たちがあたっている。

 通路の地図作りや敵の排除には冒険者ギルドから十分な報酬が支払われるとあって、多くの冒険者が地下に潜っていた。


 目指す倉庫が近づいてくると、大勢の冒険者たちが出入りしている様が見える。


 ヴァールは困り顔をする。

「この人数、冒険者ギルドは大赤字じゃな……」


 レイは不思議そうに、

「冒険者が働いてギルドが赤字か。どうしてそんなことになるのか」

「探索して地図を作ってもギルドの収入にはならぬであろ。借金でイスカの銀行に迷惑をかけてしまうだけなのじゃ」


「ギルドが街のために金を使うのか、ここに政府はないというのか」


 レイは顎に手をあてて少し考えるポーズをとり、

「この俺がわざわざ見に来るほどの面白いできごと、今やこの街は注目の的、見せるに金を取ればいい」


「誰にどうやって見せるというのですか。地下通路への入場ではお金は取れませんよ」

 レイの言葉にエイダが食いついてきた。


魔法板マジグラムの掲示板には撮像を流せるだろう。見たい者から金をとればいいだろう。街の地下になにがあるのか、今や王都は噂で持ちきり、見たがる者は山といる」


「地下通路の撮像を売ると言うのかや」

「考え付きませんでした……!」


 エイダは悔しがりながらも、魔法板で早速連絡を取り始める。

 それが終わると荷物袋から撮像具を取り出してヴァールを撮像し始めた。


「エイダよ、余を撮ってどうするのじゃ」

「あ、大丈夫です、これは私が一人で見る分です。売るための撮像はビルダに頼みました。それと独占撮像にしたいので地下通路への撮像具持ち込みはギルド公認者以外禁止にします。ヴァール様を撮像するのは私だけですからご安心くださいね」


「仕事が早いな、さすがは噂のエイダだな」

 レイが舌を巻いてみせる。


 どこで噂なのかエイダは若干気になったが、それよりもヴァール様の撮像に忙しい。

 黒いローブをまとった下には黄色いワンピース。

 艶やかな紅の長髪にはエイダが見繕った花型の髪飾り。

 なんとも言えず可愛らしいお姿だ。


「ヴァール様、ちょっと目線をください、はい、最高です!」


 撮像しながら一行は目的の倉庫に着いた。

 大きな扉は解放されていて、その奥にある地下への階段が見える。


 エイダは先回りしてヴァールが倉庫に入るところを撮像する。


「こんなところに男爵は入口を作っていたのかや」

 聞いてはいたものの、大がかりな陰謀を目の当たりにしてヴァールが言葉を漏らす。


「はい、兵士や鬼魔族を倉庫街に隠していたようです」

 ヴォルフラムが答える。


 ヴォルフラムの腕にぶら下がっていた龍姫ジュラが、出迎えに上がってきた龍人ズメイを見つけた。


「ああ! ズメイだ! ここで会ったが三百年目だぞ! 勇者に付いたかこの裏切り者めえ!」


 いつもは冷静沈着なズメイが焦った様子でジュラから距離をとりつつ、ヴァールの元に赴く。

「お呼び立てしてしまい、御足労をおかけいたしました。地下通路にどうしても見ていただきたい場所がございまして」


「えい! お仕置きだあ!」

 ジュラが小さな手でぽかすかズメイの胸を叩き始める。

 軽く叩いているように見えるが打撃音は重い。

 普通の人間だったら重傷は必至だ。


「止めよジュラ、ズメイが困っておる」

「困らせてるんだあ! どうしてあたいを置いてったんだあ!」


「ヴァール様、こちらでございます」

 ズメイは叩かれながらもヴァールを地下への階段に案内する。


 一行は階段を降り始める。


「無視するのかよお!」

 叫ぶジュラを後ろからヴォルフラムが抱え上げる。


「危ないだろ、大人しくしていろ」

「おじいちゃんのばかあ!」

 ジュラを抱えてヴォルフラムも階段を降りる。

 

「文字通りお姫様抱っこじゃな」

「は……」

 ズメイはなにか苦しそうな表情だ。


 地下通路はヴァールが想像した以上の広さだった。

 せいぜい鬼魔族がなんとか通れる程度の穴だろうと思っていたのに、天井までの高さは建物にして五階分はある。通路どころか、縦にも横にも広大な空間だ。


 穴を掘ったというよりひとつの街を地下にくり抜いたかのようだった。

 広い通りに石造りの建物が並んでいる。

 だが静まり返っている。

 住民は一人とているはずもない無人の街。


 見回したヴァールは、電撃に打たれたかのようにびくりとした。

 歩みを止める。


「いや、まさか、これは」


 ヴァールは身体をがたがたと震わせる。

 ヴァールの様子がおかしいことに気付いたエイダはすぐ撮像を止めて駆け寄った。


「ヴァール様、どうなさったんですか」


「エイダ、エイダ…… ここは都じゃ」

 

 ヴァールは激しく身を震わせる。

「ヴァール魔王国の王都じゃ……!」

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