第55話 突入

 気の向くままに街をあちこち歩き回るジュラ。

 小さいくせに体力があるものだとヴォルフラムは感心する。


 宿泊地区を抜けて、南の新商業地区へ。

 商店の事務所が並んでいる。

 ヴァリア市の産業が発展するにつれて必要になり、森を切り拓いて拡張された地区だ。


 事務所ばかりで見た目には地味な通りだ。

 そこにジュラは進んでいく。


「う~ん、案外こんなところにいるんじゃないかって思ったんだけど」

「ジュラはいったい誰を探しているんだよ」


「魔王」

 ジュラはあっさり答える。


「はああ?」

「お姉ちゃんが復活したっていうからわざわざ来たのに、どこにも姿がないんだもん。あ、でもね、声は聞けたんだよ」

「お前はなにを言っているんだ」

「だからね、まず勇者を探すの」


 ジュラの言葉がまるで理解できなかったヴォルフラムは、子どものたわごとと解釈した。 魔王の復活と聞いて怖いもの見たさにやってくる観光客もいる。ギルドマスターが勇者に認定されたことも大きな話題となったことだし、この子の親が魔王に勇者といった話を吹き込んだのだろう。


「やっぱり親を探すか」

 しかし警ら署への照会結果を魔法板で確認するものの、子どもが行方不明といった届け出はないとのことだった。

 もうしばらくジュラに付き合って闇雲に歩いてみるしかなさそうだ。


 事務所が立ち並ぶ中をしばらく進んだところでヴォルフラムは立ち止まった。

 先ほどの兵士たちと似た臭いを感じる。

 まだ入居前の新築物件からだ。

 見ると、ジュラがいきなり入って行こうとするので首根っこを掴んで止める。


「おいおい、そこでおとなしくしておけよ」

「入るもん! 中でまた魔力が澱んでるもん!」


 そこでヴォルフラムはふと気になった。

 さっきも同じことをジュラは言っていたが、中にいたのはただの兵士だった。

 兵士たちは穴を掘っていただけ。

 だったら澱んだ魔力とやらはどこから来ているんだ?


 ヴォルフラムは魔法板で応援要請を連絡してからしばし待つ。


「早く入ろうったら。逃げちゃうよ」

「落ち着け。動きの気配はない」


 じたばたするジュラを掴んだまま待っているヴォルフラムに声がかかった。


「ヴォルフラム、どうしてジュラを連れているのじゃ?」


 小さなヴァールがひょっこりと立っている。

 応援要請でやってきたのがヴァール一人であったことにヴォルフラムは驚いて尻尾をぴょんと立てた。


「ボス! わざわざいらっしゃったんで!?」

 ヴォルフラムは頭を下げる。


「出たなあ、勇者!」

 ジュラは手を振り回してばたばた騒ぐ。


「鬼王が出たときに備えておきたいのじゃ。あやつは…… ただものではないからのう」

「しかし御一人で?」

「うむ、大勢で押しかけてまた逃げられてものう」


 ヴァールはジュラに目をやる。

「全力を込めれば破れるようにしておいたとはいえ、大水浴場からもう出てくるとは」

「ちょろいもんだ、あんな扉!」

 ジュラは叫ぶ。

 本当は大水浴場にやってきた男が開錠していったのだが余計なことは言わない。


「もう少し大人しくしておいて欲しかったのじゃが」

「ええい勝負だ勇者、魔王お姉ちゃんを出してもらうぞお」

 ジュラは掴まれたまま騒ぎ続ける。


「ジュラよ、もしかして汝は残念な子なのかや」

「なにいいい!」


 ヴァールはたもとから水筒を取り出してジュラに差し出す。

「叫んでばかりで、そろそろ喉が渇いたのではないかや」


 ジュラはさっと水筒を奪い取って、

「渇いてないもん! でも飲んでやる!」

 蓋を取るや、ごくごくと飲みだす。


 しばし優しい目でジュラを見つめてから、ヴァールは建物の施錠された扉に手を当てる。

「男爵たちがいた場合、先制攻撃はならんぞ」

「わう!」

 ヴォルフラムは狼魔族式の返事をする。


 扉がヴァールの魔法で開錠されるや、ヴォルフラムが突入する。

 中には男爵領の兵士が四人。

 おりしも床板を剥がして穴を掘っているところだった。


 ヴォルフラムは兵士たちに驚く時間すら与えず、手刀を連続して見舞う。

 兵士全員、自ら掘っていた穴の中に倒れ伏した。


 ヴォルフラムは速やかに魔法板で連行を要請する。


 部屋に悠然とヴァールが入ってきた。

「電光石火じゃのう。やるではないかや」

「男爵領では兵士にろくな訓練をさせていないようで」


 倒れている兵士がまとっている古ぼけた鎧は錆びている。

 剣も見るからに安物だ。


「男爵からろくな扱いをされておらんのは確かじゃな」

「ばう」


 ヴォルフラムの尻尾が無意識に揺れる。

 ヴァールは見た目に小さな少女ではあるが、かつてのダンテス団長をも上回る親分肌が感じられる。

 理屈ではない感覚で、ヴォルフラムは心の底からヴァールをボスと仰いでいた。


 建物の中をヴォルフラムは調べる。

 前の宿とは違って、ここは穴がそこそこ深くまで掘られていた。

 深いところはヴォルフラムの背ぐらいにまで達している。

 

「ここにも鬼魔族はおらんようじゃな。しかし腑に落ちん……」

 小首をかしげるヴァール。


 水筒をすっかり空にしてから建物に入ってきたジュラが大声を上げた。

「そこ、その穴の中に魔力が澱んでる! 強くなってるよ!」


 穴に入っていたヴォルフラムは反射的に跳んで出た。

 穴の底から爆発するような音。土が飛び散る。

 穴の底が抜けて、そこから巨躯がのっそりと姿を現す。

 鋼色の鬼魔族だ。

 豪拳で土を突き破ってきたのだ。


 鬼は咆哮。

 部屋全体がびりびりと震える。


「鬼王ではなかったか」

 ヴァールが残念そうな、ほっとしたような声で言う。


 ヴァールとジュラを後ろに回して、ヴォルフラムは鬼に向かい合う。


 鬼は無表情で目には意志の力がない。

 だがその全身には凶暴な力がみなぎっている。


「鬼とは一度やってみたかった」

 ヴォルフラムはにやりと笑って両腕で構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る