第54話 捜査

◆ヴァリア市 ダンジョン出入口の祠


 祠の脇に配置された転移魔法陣テレポーターから、水をぽたぽた垂らしながら龍姫ジュラが現れた。

 明るい黄色のワンピース水着姿で足にはサンダルを履いている。


 秋の柔らかな日差しの下、ジュラは街へと歩き出す。

 生身で水中活動する龍魔族だけに水着一枚でも寒くはない。

 だが道行く人々は少女の水着姿にぎょっとしている。


 ジュラは見た目に十歳ぐらい、ヴァールと同じぐらいの背丈だ。

 日に焼けた褐色の肌がこの地方では目立つ。

 乾いてきてふわふわ揺れる長い金髪に二本の金角を覗かせながらとてとて歩く。


 かつて母の龍王アウランに連れられてこの地を訪れたときは、人間との決戦に備えて重武装の魔族戦士が街に満ちていた。

 魔王が封印される前のことだ。

 怯える幼いジュラに、勇ましい母は恐れることなどないと太鼓判を押してみせた。この自分がいるのだからと。

 その母は魔王城へと和平の会談に出かけ、そして戻ってこなかった。


 今の街はまるで様変わりしていた。

 大通りには魔族と人間が連れだって歩いている。

 恋人同士なのか、腕を組んでいる者たちすらいた。


 通りには商店が並んで活気にあふれている。

 ただ床だけを残して全壊している建物もあった。

 残骸の撤去作業が行われている。


 その場所からジュラは残留魔力を感じた。

 ジュラの角は魔力器官だ。魔力を鋭敏に感知することができる。

 ひとつは勇者ヴァールの魔力っぽい。

 もうひとつは暗く澱んだ魔力だ。


 ジュラは作業の様を眺める。

 ここであの勇者が暴れたのだろうか。

 ちんちくりんな癖に乱暴なやつだ。

 でも、あの勇者がいるときに魔王お姉ちゃんの声が聞こえてきた。

 勇者を調べていけばその謎は解けるはずだ。

 やっぱり探さなくっちゃ!


 うろうろしているジュラから少し離れた場所で、胡散臭い男たち四人がジュラを値踏みしていた。

 暴力がらみで食ってきたとおぼしい殺伐とした雰囲気だ。昼間から酒の臭いを漂わせている。

 男たちは二、三言交わしてからジュラへと動き出した。

 世間知らずな金持ちの娘が庇護から離れている、つまり金になるチャンスだと踏んだのだ。


「よう、お嬢ちゃん、俺たちが街を案内してやるよ」

 そう言いながらすばやくジュラを取り囲む。


「じゃまだ、どいてよ」

「まあまあ、そう言わずに、この街は危ないからねえ」


 男の一人が手を伸ばしてきた。

 ジュラが軽く跳ね除けると男の身体が宙を舞った。

 通り向かいの商店陳列台に落ちて、土産物を飛び散らせる。

 男は動かなくなった。


「てめえ!」

 残った男たちは反射的に武器を取り出した。

 ナイフにこん棒、剣を構えてジュラに突きつける。


 ジュラはびびりもしない。

 彼女の角はこの男たちがわずかな魔力も持たない雑魚であることを感知している。

 それに、さきほど砂浜にやってきた男がくれたスープも飲んで元気いっぱいなのだ。汚いローブ姿だったけど親切な男だった。鍵も開けてくれたし。


 次はどの男をやっつけようかなとジュラが見回したときだった。


「警らだ! 街での乱暴は許さんぞ!」

 勇ましい声が響き渡った。


 青い制服を着た精悍な狼魔族が不逞の男たちをにらみつけている。


 男たちは狼魔族をじろりと見て、

「なんだ、一人か。やっちまうぞ!」


 武器を狼魔族に向けるや攻撃を仕掛ける。


 狼魔族はわずか三拍の動きで男たちの武器をすべて叩き落とし、次の三拍で男たちのみぞおちに拳をねじ込んで全員を昏倒させた。


「街がでかくなると食いつめた流れ者が増えやがる。人のことを言えた柄じゃねえけどな」


 狼魔族は倒れた男たちをてきぱき後ろ手に縄で拘束した。

 青い制服の者たちが数人駆けつけてきて、男たちの身柄を引き取る。


 狼魔族は腰を低くしてジュラに目線を合わせた。


「俺は警ら係のヴォルフラムだ。名前は?」

「ジュラ」


 答えながらジュラは新鮮な思いだった。

 ジュラの国で姫を相手にそんな問いを発する者はいないからだ。


「ともかくその格好は悪目立ちする」

 ヴォルフラムは青い上着を脱いで後ろからジュラに着せた。


「普通の格好なのに」

 水中で活動することも多い海龍にとって水着は普段着とさほど変わりない服装だ。

 しかし見慣れない服が面白かったのでジュラはそのまま着てやることにした。


 ヴォルフラムはまた腰を下げてジュラに目線を合わせ、

「それでジュラの親はどこに泊まっているんだ? 連れて行ってやる」


 ジュラは少し思案して答える。

「わかんない、探すの付き合ってよ」

「おいおい、こちとら大事な捜査中なんだ、そこまで時間はかけられねえぞ」


「あっちかなあ?」

 ジュラは当てずっぽうに歩き出し、慌ててヴォルフラムはついていく。


「おい待てったら。参ったぜ、とんだわがままお姫様だ」


 ジュラの正体を的確に言い当てたのだが、もちろんヴォルフラムはそれに気が付いていない。


 ヴォルフラムはズボンのポケットから小型の魔法板を取り出して、とりあえず掲示板で事態を報告する。

 すぐに怒りの返事が書き込まれてきた。


「あちゃあ、クスミめ、やっぱりお怒りだぜ。しかし、さっき襲われてたばっかりの子どもを放置するのもまずいだろうが」


 ヴォルフラムは仕方なくジュラを先導する。

「宿泊地区に行くぞ」


 ジュラは返事をせずにきょろきょろしている。

 珍しい景色に目を奪われているのだ。


 祠近くの北通りには大型の商業施設が並んでいる。

 観光客向けの土産物や非実用的な飾りだらけの武具を売っている。

 どれもこれもジュラには目新しい代物だった。


 通りを南に進んでいくと各種の宿が並ぶ宿泊地区に入る。

 新築のヴァリアホテルは地区で一番の高級格付けを誇っている。

 これもジュラには面白い光景だ。


 ヴォルフラムはヴァリアホテルの天辺を見上げながら、

「ここに泊まってるんじゃないのか?」

「ううん、ここからは感じないよ。もっと別のも見てみよう」


 ジュラは細い通りに入っていく。


「感じないってなんだよ」

 悪態をつきながらもヴォルフラムはジュラを守るため先に回る。


 大通りを外れると冒険者向けの小さな宿が並んでいる。

 かつてはこちらが主な宿だったのに今や観光客向けのホテルが表に並んでいる。

 自分自身も冒険者ではなく警ら係をやっていることに、ヴォルフラムは奇妙な感慨を覚える。

 まるでなにかの大きな運命に巻き込まれているかのような変転ぶりだ。


 ジュラがある宿の前で足を止めた。

「なんかここおかしくない?」

「どこがだ」


「魔力が澱んでる。さっきアホたちをこらしめたあたりと似た感じ」

「なんだって!?」


 ジュラはいきなり宿の扉を開いた。

「ばか、こういうのは慎重に調べ」

 ヴォルフラムの言葉が途切れる。


 宿の中ではぽかんとした顔の男爵領兵士たちがこちらを見ていた。


 考えるよりも早くヴォルフラムの身体が動く。

 扉の前からジュラをどかせて宿のロビーに突入、兵士の人数は二人であることを確認、一人の顎を殴りつけながらその勢いでもう一人の頭に回し蹴り。


 一瞬の後には兵士二人ともが床に伏していた。

 

 宿のロビーには他に兵士がいない。

 宿の受付では老人が怯えている。


「他にもいるのか?」

「え… え?」

「他にこういう兵士はいないのかって聞いてるんだよ」

「あ、は、はい、いません、です」

 老人が怯えた声で答える。


「嘘をついてもすぐにばれるからな」

 ヴォルフラムは魔法板で応援を要請しながら、宿の部屋に入る。

 人はいない。穴掘り道具がそろっていて、床板が剥がされている。

 ここから穴を掘ろうとしていたことは明白だった。


 すぐにやってきたエルフの忍者たちに後始末を引き継いで、ヴォルフラムはジュラと共に宿を出る。


「あ~あ、外れかあ。ねえ、次に行こうよ」

 ジュラが催促してくる。


 ヴォルフラムは眉根を寄せた。

 この子はいったい何を探しているのか。どうも親ではなさそうだが。

 しかしヴォルフラムの任務は潜伏中の男爵関係者を見つけることだった。

 この子の探し物に付き合うことで任務が進んでいくかもしれない。


 ヴォルフラムはもう少し様子を見てみることにした。

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