第29話 祭り

◆魔王城 地下五階


 薄暗い通路は複雑に入り組んでおり、先がよく見えない。

 そこをそろそろと進むのは忍者クスミ。


 クスミは忍者装束に身を固め、右手には忍者刀を逆手に構えている。

 通路を曲がり、慎重に先を確認する。

 その後ろ、曲がり角の隅にたまった闇が動いた。


 クスミは気が付かない。

 そのまま進み続ける。


 闇はゆっくりと近づいていき、クスミのすぐ後ろにまで迫る。

 白刃が走った。


 クスミは自分の胸から刃が生えたのを呆然と眺める。

 口から血があふれる。

 力なく二、三歩進んで、膝をつき、前に倒れる。

 振り返ったクスミが最後の目で捉えたのは、忍者装束の女、クスミと全く同じ顔をした忍者が自分の胸から刀を引き抜く姿だった。


 倒れたクスミの身体が、床に吸い込まれるかのように消えていく。

 

「やっぱり自分と同じ姿の魔物を殺すのはちょっと気持ち悪いけど、いい修行になります」

 本物のクスミがつぶやく。


 クスミが今倒したのはドッペル、高度な擬態能力を持つ魔物だ。

 地下五階には冒険者と同じ姿に化けるドッペルが徘徊している。

 その能力は本物に及ばないものの、近い力を備えている。油断は大敵だ。


 クスミは慎重を期して不意打ちでドッペルを倒したのだった。


 ドッペルが消えた場所に、ころりと落ちた物がある。

 金属製の指輪だ。


「やったです! また指輪を手に入れたです!」


 クスミは指輪を拾って目の前に掲げる。

 細かな文字が彫刻された白く輝く指輪からは魔力が感じられる。


「これは…… 速さの指輪! やったあです!」



◆魔王城 大広間


「ダンジョン運営会議、久々の開催です!」

 司会のエイダが声を上げる。


 大広間の中央に据えられたテーブルを囲んで、エイダ、イスカ、クスミ、ズメイが座っている。

 魔王ヴァールが座すのは玉座である。その膝上には虎猫のキトが寝ている。


「これまでの魔力蓄積量をご覧ください」


 エイダが魔道具を操作するとテーブル上に大きな映像が浮かぶ。

 そこに映っているのは折れ線グラフだ。

 増えては減り、減っては増え、そしてまた減り。


 エイダは語る。


「ダンジョン階層が増えていったことにより、冒険者のレベルに応じた魔物を提供できるようになりました。これによって日毎活動冒険者数DAAは順調に上昇しています」


「うむうむ」

 うれしそうにヴァールは頷く。



「神社と寺院の治療施設が稼働することにより負傷者は直ちに冒険復帰が可能となり、平均冒険者毎魔力獲得量AMRPAも堅調です。この結果、日毎魔力獲得量DMRは大きく伸びました! のですが」


「うむ?」

 虎猫キトの尻尾が揺れる。


「地下階層を増設し続けるための魔力コスト、また先日の大魔王お披露目イベントでの魔力コストが大きく、全体としてはぎりぎりの黒字にとどまっています……」


「むむむ…… それでは余の背を伸ばせないのじゃ。どこか削れるコストはないのかや?」


 そこでイスカが、

「階層が深くなるにつれてレアアイテムのドロップを増やすのにも魔力がかかっていますわ。そこで提案するのが今回のキャンペーンです」


 クスミ元気よく手を上げる。

「はいはい、クスミが考えたキャンペーンです! その名も七つの指輪コンプリートキャンペーン!」


 ヴァールは目をぱちくりして、

「こんぷりいときゃんぺえん?」


「指輪をそろえて集めるお祭りです」

 エイダがフォローを入れる。


 イスカが映像を使って説明する。

「地下五階の魔物を倒すと七種類の指輪いずれか一つを稀にドロップします。七種類すべてをそろえると豪華景品の特別な指輪に変化するのですわ」


「指輪の製造にも魔力がかかるのではないかや?」

「指輪にはささやかな加護の魔法が込められているだけ、魔石と大差ない製造コストなのですわ」


「ふうむ、しかし豪華景品のレア度は高いのであろ」

「ご安心くださいませ。先着一名様限定ですわ」


「指輪を交換すればすぐに七種類そろうのではないかや」

「指輪は魔法プログラムで個人認証されますの。他人の指輪を七種類そろえても無効ですわ」

「ふうむ、現代魔法の技術まで取り込んだかや。やるのう」


 ヴァールは首を傾げ、

「しかし、レアアイテムそのものではなくて、指輪を手に入れてもうれしいのかや?」


 ヴァールの質問に、クスミは手を掲げて示した。

 指には二つの指輪がすでにはまっている。

「試しにやってみて、クスミはとてもうれしかったです!」


「事前にキャンペーンを限定試験してみたのですわ」

 イスカが説明する。


 いろいろ聞いてヴァールも納得したようだった。

「これまではいきなりやって失敗も多かったのじゃが、事前に試すとはさすがじゃ。七つの指輪コンプリートキャンペーン、始めようぞ!」


「えいえいおう!」

「はい」

「やりますわ~!」


 皆がやる気に満ちている中、ズメイだけは静かであった。


 気になったエイダは、

「ズメイさん、どうしたんですか」

「確率を計算しておりました」


 ズメイは微妙な表情を浮かべている。


「気になる結果が?」

「こたびの祭りはくじ引き、まずは引いてみるのがようございましょう」


 ズメイはそれ以上を語るつもりがなさそうだった。


 イスカやクスミ、ヴァールが楽しげに計画している様子に水を差したくないエイダも追及するのは止めた。

 エイダは自分を納得させる。

 事前のテストまで行われているのだから、そんな問題になるようなことはないはず。


 このところ魔王城は問題続きだった。

 地下三階の強すぎたズメイ、神社と寺院の対立、地下四階のあまりに難解な謎解き、皆の敵として大魔王をお披露目、そして魔王を勇者に推薦しようという騎士団の動き。


 ハインツとアンジェラは騎士団本部のサース枢機卿に勇者推薦状を送り、承認の返事待ちだという。その結果によってはまたひと騒動起きるかもしれない。


 今回のキャンペーンはただ魔物をたくさんやっつけて指輪をそろえればいいという簡単なお祭りだ。

 こういう気軽な冒険で重苦しいムードを吹っ飛ばせればとエイダは期待している。

 皆もきっと同じ気持ちだ。ズメイがどう考えているのかはよくわからないが。

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