地下五階
第28話 聖剣
ギルド会館二階の応接室。
聖騎士指揮官ハインツの思わぬ発言に、ヴァールとエイダは呆然としていた。
ズメイは爆笑しそうになるのを無表情に押し込めて身体を震わせ、虎猫のキトはヴァールの膝に飛び乗ってあくびをする。
ヴァールは大きく目を見開いて、
「余に、よりにもよってこの余に、勇者をやれと……?」
ハインツは興奮した面持ちで、
「そうだ。あなたこそが勇者に相応しい!」
アンジェラも、
「世界を守るために、新たな勇者になっていただきたいのですわ」
ヴァールは瞬きして、
「勇者になって魔族を絶滅せよというかや」
「違うのですわ、ギルドマスター! それは勇者ルーンフォースが為してきたこと。確かに聖騎士団は聖教団の命を受けて、魔族相手の治安維持にあたってきましたわ。でも絶滅させるつもりなどありませんでしたわ」
「そもそも強大な力を持つ者がそろった魔族を滅ぼすなど、如何に聖騎士団が精強だとてできることではないのだ。しかし…… 勇者ルーンフォース二世が全てを変えた。あの勇者はいきなり我らの任務地に現れ、聖騎士団が相手取っていた魔族を、ただ消し去ってしまう……」
ヴァールは眉をひそめた。
「消し去るじゃと?」
「そうだ、文字通り、いたはずの魔族たちが丸ごと消失してしまうのだ。迷宮が根こそぎ消えてしまうこともあった。聖騎士団が苦労していた相手や場所がいきなり無くなるのだ」
「勇者はどんな技を使っておるじゃ……?」
「一切が不明だ。あの勇者ルーンフォースはいきなり現れ、いきなりいなくなる。質問に答えることもない。本人すらわかっていないのかもしれない」
「訳がわからぬではないかや」
ハインツは沈鬱な顔で、
「そのような者に聖騎士団の仕事相手や仕事場所を奪われるのだ。それでも聖騎士団はただ勇者に仕えるだけ。これほど虚しいことがあるか。我らが何をどうしようとも、いずれ勇者が突然現れて魔族を消し去ると決まっているのだ。考えるだけ無駄だ。魔族は滅ぼされる存在、そうみなすしかあるまい。しかしーー」
そこでハインツは目を輝かせた。
「ヴァール殿、あなたが現れたのだ。あなたは世界を変える力と意志をお持ちだ。勇者ルーンフォースなる天災にただ怯えるだけの世界を変えていただきたい。我らを導いてほしいのだ!」
ヴァールは小首をかしげて、
「勇者ルーンフォースなる者が恐るべきことはようわかったのじゃが、そこで勇者になった余に何を望むのじゃ」
「無論、この地とここに住まう者たちを守り、ルーンフォースには手を出させず、大魔王を撃破していただきたい」
「言われるまでもなく、ここは守るのじゃ。しかし大魔王にはいずれ冒険者たちが挑むであろ」
「大魔王はあの魔王をも超える強大な敵、全力をもって当たらねばならぬ。ヴァール殿には大魔王を倒すための勇者パーティを組んでいただきたい。我ら聖騎士は勇者四天王としてパーティに参加させていただく」
やる気に満ち溢れて語るハインツの話を引き気味に聞いていたエイダが、ここで眉根を寄せた。
「あたしもまだ四天王って呼んでもらえないのに……!」
不満げにつぶやく。
ヴァールは別方向に不満げで、
「大魔王は魔王よりも強いかや? そうでもないのではないかや」
「魔王を差し置いて現れたのだ。強いに決まっている」
「そうかのう、そうかもしれんがのう」
そういう設定にしたのは自身だがヴァールは唇をへの字にする。
「勇者になると、どんないいことがあるんですか?」
エイダが質問する。
アンジェラが自慢そうに、
「勇者になれば聖教団と聖騎士団の全面的な支援が得られますわ。聖教団の寺院がある地でしたら衣食住の提供は保証しますし、寺院がない地であっても聖騎士団がお供しますのよ。聖教団での位は枢機卿と同等、権力も思うがままですわ」
ハインツも身を乗り出して、
「北ウルスラ聖教学園に特待で入学することもできる。そこで剣の腕も鍛えられてはいかがか。我が母校だ」
「剣は持っておらぬしのう」
ハインツの目がぎらりと光る。
「勇者には聖剣が与えられるのだ。初代勇者ルンワースがあの魔王ヴァールを封印するのに用いた秘宝、聖剣ヘクスブリンガー」
ヴァールの顔色が変わる。
「勇者が、魔王を、封印した剣かや」
何を今さらといった様子でハインツは、
「そう、魔王の力をもって魔王を倒すという聖剣だ。魔王がいない今では役に立たないといって勇者ルーンフォースは使っておらず、聖騎士団本部に保管されている」
「勇者とは確かに友であったと思うておったに…… 裏切ったのは主なのかや……」
ヴァールは顔を伏せ、口中でつぶやく。
「ヴァール様?」
エイダが心配そうに声をかけるとヴァールは顔を上げた。
「その剣、ぜひとも確認してみたいのじゃ。勇者の件、引き受けようぞ」
「感謝する、ヴァール殿! ではサース枢機卿に早速報告するとしよう。結果をお待ちいただきたい」
ハインツはヴァールの小さな手を取り、握りしめるように握手してから、感謝の言葉を繰り返し述べつつアンジェラや聖騎士を引き連れ去っていった。
静かになった応接室にヴァール、エイダ、ズメイ、虎猫のキトが残る。
クックッとズメイが笑う。
「これほど奇妙な話がありましょうか。魔王が勇者となりて自らを倒しに向かうなどとは。陛下、どうなさるのです」
「聖剣を調べられればそれでよい。裏切ったのは本当に勇者なのかわかるかもしれぬのじゃ」
「聖教団から各地の魔王を倒せと命じられれば如何にします」
「会いに行くまでじゃ」
「それで済みますかどうか」
「ヴァール様、顔色が悪いですよ。城に戻りませんか」
「うむ…… 疲れたようじゃ……」
聖剣の話が出てから魔王が青ざめているのをエイダは気にしていた。
ただ心配なだけでなく、誰かのことを深く思い悩む様子なのが心に刺さる。
立ち上がったヴァールの足元にキトがすり寄り、ゴロゴロと鳴く。
「しかし勇者ルーンフォース、何者なのじゃ……?」
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