地下一階

第1話 魔王城の探索

 ようやくエイダも落ち着いたので、魔王は魔王城の状況を確認することにした。

 エイダも荷物袋を背負って付いてくる。


 大広間を出て、まずは自分の部屋へと魔王は向かうことにした。

 王や幹部の居住区画は大広間と同じ最上階の六階にある。


 城内は静まり返っていて、長い廊下には魔王とエイダの足音だけが反響している。

 かつては豪奢に飾り付けられていた廊下も、今は絨毯をはがされ窓にはボロ布の切れ端が下がっている。

 台座の上にあったはずの燭台も消え失せていた。


 魔王はため息をつく。

「盗人に荒らされたか…… いったいあれから何年経ってしまったのじゃ」

「記録によると三百十一年前だそうですよ魔王様」


 魔王は目を見開いた。


「なんじゃと! 長い封印とは思うておったがそれほどとは。もはや勇者も生きてはおらんのじゃろうな」

「伝説の勇者のお墓は観光名所になっています」

「……それにしても城のこの寂れ具合、魔王国はどうなってしまったのじゃ」


 エイダは顎に手を当てて、

「魔王様が封印された後、残された四天王は誰も跡を継ぐことなく国を去ってしまったとか。どこに行ってしまったのかは諸説あります。四天王がいなくなって国を守れなくなり、魔族たちもどこかに逃げていって、魔王国は、その、滅んでしまったのだそうです」

「なんてことじゃ……」


 魔王は天井を仰いだ。


 日が落ちて窓から光が入ってこなくなり、城内はすっかり闇に包まれた。

 エイダは荷袋からペン状の魔道具を取り出して握った。灯具だ。先端から光が放たれて前方の一部を照らす。

 

 恐る恐る進むエイダを置いて、夜目が効く魔王はとことこと先を進む。

 左右に部屋が並ぶ居住区画に入った。

 魔王は扉が開きっぱなしの部屋をきょろきょろと覗く。

「誰かおらんのかや」

 声をかけるも応えはない。


 かつて幹部たちが使っていた部屋の中はすっかり荒れ果てていた。

 壊れた椅子が転がり、割れた器が散らばっている。

 かつて盗賊や冒険者たちに荒らされたのだろう、価値がありそうな物はひとつも残っていない。


 奥で音がした。

「余の部屋じゃ!」

 魔王はかつて自分が住んでいた大きな部屋に駆けこむ。


 開いたままの窓から風が吹き込み、ぼろぼろのロッキングチェアを揺らしていた。ぎいぎいと不気味な音を立てている。無論、座っている者などいない。


 部屋の荒れ果てぶりは他と同様だった。

 天蓋付きの大型ベッドが前後真っ二つに折れているのは、上に乗って暴れた者でもいたのだろう。

 壁には割れた大鏡がある。

 魔王がそこに映った。


 魔王は己の姿を見る。

 十歳ぐらいの幼女がだぶだぶの黒いドレスを着ている。肩や胸、腰には魔王の紋章が象嵌された飾りアーマー。頭から角は消えている。角は魔力の発現であり、今の魔王は魔力が欠乏しているからだ。


 魔王は小さな肩を落とす。

「うう」

 両目からは大粒の涙がこぼれてくる。

 魔王城にはもう手下たちがおらず、魔族は自分一人だけ。

 自分はこんな姿になってしまって魔力もほんのわずか。

 寂しくて悲しい。


 エイダが追いついてきた。


「誰も…… おらぬのじゃ…… 手下どもが……」


 エイダはそっと魔王を抱きしめた。

「あたしがいます。あたしが魔王様の手下です」

 魔王は鼻をすすり上げて、

「エイダが手下になってくれるのかや」

「はい」

「いなくなったりしないかや」

「ずっとおそばにいます」


 エイダはしばらく魔王の頭をなで続けていた。

 ようやく落ち着いた魔王は、

「い、今のは忘れるがよいぞ! じゃがエイダは手下に決まりじゃからな!」

 顔を赤くしてエイダから離れた。


 魔王は開いた窓からベランダに出る。風が冷たい。

 城外を一望する。かつては魔族で賑わった城下だが今は灯り一つとてない。


 暗闇に沈んでいる魔王城自体は以前と変わりない形だ。

 石造りの壮麗な巨城には尖塔が立ち並び、高い城壁に囲われている。

 正門の大きな鉄扉は開いていた。ずっと開きっぱなしなのだろう。


 無言で眺めていた魔王の隣にエイダが並ぶ。

「エイダよ、汝のほかに人は来ておらぬのかや」

「はい、この辺りにいる人間はあたしだけだと思います。魔王城を今も調べている研究者はあたしぐらいで、ほかに来たがる人はいなかったんです」

 人だけでなく魔族もおらぬようじゃなと魔王は独りごちる。


「ここはもうよい。他を見に行くぞよ」

「はい!」


 魔王は六階の居住区画を出て、下の五階に降りる。

 小さな部屋が入り組んだ配置で並んでいる。倉庫も多い。

「ここは兵士の階だったんですか?」

「余に直属する近衛の階じゃ。守りの要じゃな。近衛を率いるのは四天王の一人で、それはもう強い侍じゃったが……」


 やはりこの五階もすっかり荒らされていた。

 無人の部屋をいちいち確認することはせずに通り抜ける。


 四階に降りる。

 ここは広い部屋が多い。

 空っぽの書棚が並ぶ部屋、割れたフラスコやビーカーが散乱している部屋、大きな魔法陣が床に描かれた部屋。

「研究者の階ですね! うわあ、凄かったんだろうなあ」

「ここを仕切る四天王の魔導師が危なっかしいやつでのう。研究のたびに魔法を爆発させたり龍を召喚したりと大変だったものじゃ」

 魔王は懐かしむ。


 檻が並んでいる場所をエイダが見つけた。

 檻の床にはそれぞれ異なる魔法陣が描かれている。

「これはなんですか?」

召喚魔法陣ポップサークルじゃな。試しに起動してみようぞ」


 魔王は檻を眺めて一番小さなポップサークルを選び、そこに向けて軽く魔力を込めた。

 ポップサークルは複雑な文様を連鎖的に輝かせる。

 その上に異空間の穴が開く。

 穴はみるみる拡大して魔物の姿をとった。

 そこには小鬼ゴブリンが出現していた。

「グォルルルウゥ!」

 ゴブリンは叫んで檻を掴み揺らす。


「古代魔法、凄いです!」

「こやつは魔力MPを1消費すれば召喚できるゴブリン・レベル1じゃ。大したことはない」

 魔王は檻の横にあるボタンを押した。檻の上から棘付きの天井が降ってきた。

「グギャッ」

 天井にゴブリンは潰される。

 がらがらと音を立てて天井は上に戻っていった。


「うわぁ……」

 ゴブリンの死骸を見てエイダが思わず声をもらす。


「しょせん仮初かりそめの生命よ。さて、ここからが見ものじゃ」

 死骸が床へと吸い込まれるように消えていく。

 そしてしばらく経つとポップサークルがまた作動し始めてゴブリンを召喚した。


「このポップサークルはMPがなくなるまで一定サイクルごとにポップを繰り返すのじゃ。さきほどMPを2ポイント注入した。最初の召喚で1ポイント消費して残り1ポイント、よってもう一度ポップしたわけじゃ。我らがダンジョンを構築するときにはこうしたポップサークルを設置する」

「面白いです! でもMPの補充はどうするんですか。誰かがダンジョンを歩いて回るんですか」


 魔王は人の悪そうな笑みを浮かべた。

「くくく、まさしくその通りよ。冒険者どもがダンジョンを歩き回り、流した血や使った魔法がMPに変換されてポップサークルを動かすのじゃ」

「冒険者自身が魔物を生み出していたなんて……! さすがの仕組みです!」


 二匹目のゴブリンも檻をつかんでがたがた鳴らす。

 魔王はまた檻の横のボタンを押した。天井が落ちてきてゴブリンは静かになる。


「さあ次に行くぞ」

「はい!」

 二人は下の階へと降りていく。


 三階は会議の間が並び、二階は召使いの作業場である。


 一階まで階段で降りてきた魔王は、突き当りの壁に進む。

「どれ……」

 魔王は壁に手を当てた。

 魔法陣が現れた。魔法が発動して壁がスライドする。一階よりもさらに下へと続く階段への入口が姿を現した。


「隠し階段ですね!」

「この先は荒らされていないとよいのじゃがな」

 魔王とエイダが通り過ぎると入口は消えた。


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