第33話 アナグニエの過去(※アナグニエ視点)

 今から三十年前のことだ。


 私はアカデミーを卒業してすぐに、パーティー追放を告げられた。私の固有スキル【消失半減】は、私自身に作用するアイテムのあらゆる効果を半減させ、消失させる。それも、自然に治るかどうかは関係ない。全てを無条件に解毒する。


 未だ不便な時代だ。世の中には解毒薬も十分に普及していない。加えて、自然界には毒を持つ動植物も多い。旅の計画にもよるが、一般的には食料を現地調達する上で、パーティーにひとり『毒見師』がいた方が良いとされている。私の固有スキルは『毒見師』としてうってつけであった。それなのに、追放とはどういう事か。

 私はパーティーリーダーに詰め寄った。


「お前より優れた人材がパーティーに入ってくれたんだ。パーティーに『毒見師』は何人もいらない。お前はもう、必要ないんだ」


 それが、奴の答えだった。聞けば、新たに引き入れた女性は、固有スキル【不変の理】を持っているらしい。この固有スキルは、アイテムやスキルに限らず、あらゆる状態異常を受け付けない【S級スキル】だという。しかも、状態異常を検知し、無効化したことを自覚出来るというのだ。


 つまりは、私の固有スキルの上位交換である。アイテムからの影響しか跳ね除けられず、しかも無効化せずに半減するだけの【消失半減】よりも、向こうの持つ【不変の理】が便利だと。そういうことだ。


 こうして、私はパーティーを追放された。パーティーの『毒見師』は、ほとんどの場合で永年契約だ。野営を行うパーティーの生命線なのだから、当然であろう。私のように代替わりしたり解雇したりとなることは、余程でない限り起こらない。そうだな……例えば、パーティー縮小の必要に迫られた場合や解散するなどといった場合になるだろうか。


 そのために、新たな仕事探しは大変苦労したのを覚えている。


 『毒見師』が必要となるパーティーには大体、すでに契約している『毒見師』がいる。新規結成のパーティーか余程の大所帯でもない限り、新たに雇用されることはない。


 それに『毒見師』は、パーティーで輪番制の『毒味役』を立てることで代替できてしまう。と言っても、運悪く毒に当たれば戦闘要員を失うリスクがある。そのため、堅実なパーティーではあまり採用されない方法ではあるがな。『毒見師』を雇えるパーティーというのは、それなりに裕福でもあるのだ。


 このとき私は、私を追放した彼らを呪ったよ。私の生活をどうしてくれる、とな。


 その後の私は、ギルドで企画している『毒見師』の求人募集に応募して生計を立てていた。アルバイトとして毒味を行い、報酬を得る日々を送っていたのだ。『毒見師』の仕事だけで言えば、このような活動の仕方もあるのを、この時に知った。ギルドの職員には感謝している。


 ギルドで募集する『毒見師』の仕事内容はほとんどが新薬の開発だ。誰かが新たに発見した植物や、誰かが作り出した新たな物質の鑑別である。平たく言うと、人体実験の被検体だ。報酬も高い。私は本来、この試薬を調達する側の仕事をしたかったのだが、仕方が無い。


 私が何度かこの仕事をしているうちに、上流貴族の遣いを名乗る者からオファーがかかった。一年契約で、私の身柄を貸してほしいというのだ。間違いなく、人体実験の被検体である。当然、極秘裏の案件だ。


 報酬は莫大な報奨金と領主権だった。上流貴族の仲間入りが出来るチャンスである。


 どうせ私はスキルによって、死ぬことが無い。たとえ即死の効果を持つ毒物であっても、それがアイテムである限り私を絶命させるには至らないのだ。ならば、これを機会に成り上がり、私を追放した奴らに目にものを見せてやろうと。私はそう考えて、オファーを受けた。


 それからの日々は、まさに地獄だった。多少は覚悟していたが、これほど辛い日々になるとは思ってもみなかった。私もその頃はまだ若く、想像力が及ばなかったのだ。


 投与される薬物は、命がどうなるかなどまるで考えていないものばかりだった。むしろ、被検体を使い捨てにするつもりで、殺すために用意したものばかりでは無いだろうか。彼らは「どうすれば人が苦しんで死ぬか」を追求していたように思う。気が狂いそうな毎日だった。


 しかし、時には回復薬の人体実験をされることもあった。後で知ったことだが、私があらゆる薬物を受け続けたおかげで、非常に多くのデータが収集できたそうだ。それが基礎となり、アイテム市場の目覚しい発展に寄与したらしい。


 それはそうと、私は薬物投与の実験体として契約していた一年間で、唯一の支えだったのが奴らへの復讐心だったのだ。この地獄を耐え抜き、必ずや復讐を果たすと。私をこのような境遇に陥れたのは、奴らに他ならないと。その一心で、私は耐え抜いたのだ。


 私が一年間の契約を終えた時。私を雇った上流貴族のひとりは、約束の報奨金と領地を与えてくださった。その領地のひとつが、海辺の街コーフスである。私はこの街の領有権を得たのだ。


 そこからは、私自身も薬物研究にのめり込んでいった。通信魔法は上流貴族の特権である。上流貴族は血筋により通信魔法を使えるが、私は成り上がりだ。焼印により魔導回路を身体に刻み、これを使えるようになった。


 貴族は多くの情報を独占していた。そして、世界中に散らばる上流貴族と繋がることが出来るこの情報網は、私に多くのものをもたらしてくれた。魔王の存在が嘘であることも、この時に知ったのだ。私にはもはや関係の無いことであったがな。


 上流貴族となり、強い発言力を得た私は、自ら労せずとも欲しい物が手に入るようになった。街を運営し、税金を吸い上げ、その潤沢な資金をもって必要な資材を集めることができる。ギルドを使い、冒険者を派遣すればどんなに離れた土地の物であっても手に入れることが出来るのだ。もはや、冒険者に戻る理由がなかった。私は全てを手に入れることが出来るようになったのだ。


 そうとなれば、いよいよ復讐の準備である。私は復讐に使う薬物を研究した。この時に、私の中でアイディアはあったのだ。畜生に変身させる薬物は、地獄の一年間で投与された薬物の中に含まれていたのだから。その製法を調べ、応用すればモンスターに変身することも可能であると私は考えた。そうして作り出したのが、『M・E・D』である。


 私は『M・E・D』作成に必要な最後の材料を冒険者に依頼した。莫大な報奨金と条件を指定したら、直ぐに釣れたのだよ。私を追放した冒険者パーティーが。


 彼らは私が一年間の地獄を送っている間に、それなりの実力をつけていたのだ。見事に『エインガナの生き血』を持ち帰って来てくれたのだよ。対面での受け渡しを命じると、私の前に彼らはあらわれた。


「お前はアナグニエじゃないか。随分と出世したんだな。同僚として、誇らしいぜ」


 白々しいにも程がある台詞じゃあないか。私は、奴から『エインガナの生き血』を受け取り、笑った。大いに笑った。本当に、冒険者というのは間抜けな生き物だと、内心で嘲笑った。ひとしきり笑うと、私は【創薬】を発動して『M・E・D』を作り出した。それを飲み、『エインガナ』へと変身した後はもう分かるだろう。


 奴らを皆殺しにしてやった。


 一人を丸呑みにし、喚くリーダーを取り押さえて少しずつ噛みちぎった。出来るだけ長く生きられるよう、ゆっくりと食ってやった。私のポジションを奪った女は、最後に残してやったよ。


「お前が全ての元凶だ。お前のせいで、お前の大切な仲間はこうなったのだ」


 私が、その女へ最後にくれてやった言葉だ。リーダーの首を女の口にねじ込んで、最後の『毒見師』としての役割を全うさせてやった。そうして女を食い殺し、私は復讐を達成した。


 とても清々しい気持ちだった。


 ところで、私が変身するモンスターに『エインガナ』を選んだのは、その変身能力に目をつけたからだ。『M・E・D』の効果が切れたとき、後遺症としてモンスター化した身体が元に戻らなくなることを、私は研究で知っていた。実は、地獄の一年間を経た後に唯一の後遺症として私の左耳は鼠のそれになっていたのだよ。だが、これは『エインガナ』の変身能力で解決した。薬の効果が切れる前に元の肉体へ変身すれば、元に戻ることが出来るのだ。おかげで、私の左耳もこの時にようやく戻すことが出来た。フフフ、奴らには感謝している。


 復讐を完遂した後しばらく、私は愉悦に浸っていた。大体、一年くらいだろうか。だが、私はこの快楽に味をしめたのだ。その後、私はもう一度、冒険者を殺したいと思うようになった。その気持ちは私の中で次第に大きくなり、私は遂にこの焦燥に抗えなくなった。


 その頃から、私は『エリクシール』の開発に着手し始めた。同時に、冒険者を陰で捕食することを始めたのだ。『エインガナ』の圧倒的な力の前では、ほとんどの冒険者が無力だった。私はこの力に溺れ、隠れて冒険者を食らい続けた。


 そんなことを続けていると、私の感覚は段々と麻痺していった。それから一年間は発作的に、冒険者というだけでほとんど見境無く食らうようになっていた。


 そのような日々を過ごしていた、ある時の事だ。『エリクシール』の開発を順調に進めていたのだが、上流貴族のひとりからとある薬師の存在を知らされた。その薬師は【薬識】を持ち、あらゆる薬の効果を看破できるという話だ。それだけであれば、権力も力もある私にとってどうでも良いことであった。だが、その薬師はそれなりの実績を持ち、薬事に関して発言力を持っていたのだ。


 この話を聞いたのが、今からおよそ二十七年前のことである。当時の私は上流貴族の権力こそあるものの、薬学会の権威ではなかった。かの薬師に『エリクシール』が看破されれば、冒険者共を秘密裏に殺害する『エリクシール』の普及計画は頓挫するだろう。その懸念から、私はこの薬師を殺害する計画を立てた。


 この薬師の殺害計画自体は、それほど難しいことでは無かった。私は上流貴族だ。彼を呼び出して適当な薬を作らせ、それを飲むふりをして、予め用意していた毒薬をあえて飲む。私の固有スキル【消失半減】により、毒は半減するため、死ぬことはない。だが、上流貴族である私に毒を盛ったとなれば、その薬師を罪に問うことは出来る。毒を盛った理由など適当にでっち上げればよい。【薬識】があるのだから、毒物を飲ませたという事実にも箔が付く。


 彼の言うことの真偽は、周りにはどうせ分からぬ。だが、『【薬識】により毒だと把握できる者が権力者に毒を盛った』という事実は、周りを疑心暗鬼にさせるには十分な説得力を持つものだ。その【薬識】を持った薬師を死罪にすることは、造作もない事だった。


 それとこれは余談だが。薬師には息子もいたようだな。そいつには用がなかったので、好きにするよう配下には命じておいた。今頃どうなっているかは知らぬが、まあ、どうでも良い話か。【薬識】も持たぬ薬師の息子だ。『エリクシール』でも飲んで野垂れ死んだことだろう。


 こうして、私は無事に『エリクシール』を完成させるに至ったわけだ。この薬は多くの者から支持を受けた。上流貴族たちの根回しもあるが、これほど画期的な薬だ。世界中に広まるのにそう時間はかからなかった。私はこうして実績も残し、薬学会の権威へと上りつめた。


 それからは、君も知っている通りだ。


『エリクシール』は冒険者の必需品となり、私は毎日この薬で冒険者共がくたばっていくのを楽しむ毎日を過ごしている。もう、冒険者共を陰で貪り食うこともやらなくなった。私が彼らの生殺与奪を握り、私の手のひらの上で転がっているのを見ていることが、私の生き甲斐となっていた。


 フフフ……私のような人間など、この世から居なくなった方が良いだろう?


 これが、私の人生だよ。

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