第30話 僕は迷子じゃない!?
僕がまだ小さかった頃の記憶。僕の故郷は山のふもとにある小さな町ウォントだ。
僕は、パパとママとはぐれて、町の往来で泣いていた。そこへ、知らないお兄さんがやって来た。
「こんにちは。ぼく、どうしたんだい? お名前は?」
僕は知らないお兄さんが怖くて、さらに泣いた。
「弱ったな……そうだ! ぼく、こっちを見てごらん」
そう言ってお兄さんは、手のひらを上に向けて僕の前に突き出した。
「よーく見てて、ほら!」
お兄さんが掛け声をあげる。すると、手のひらから淡い光があふれだした。僕は泣くのも忘れてワクワクしながら手のひらを見つめる。すぐに、あふれだした光は消えてしまった。光が消えた後、お兄さんの手のひらの上には白くて丸い玉があった。
「なに、これ?」
「やっと、こっち見てくれたね。これはね……」
僕の質問にお兄さんが答える。すると、お兄さんの手のひらに乗っている玉から煙が上がった。そして、白い玉の中から黒いモコモコしたのがはい出てくる。そこでお兄さんは、白い玉を舗装された地面の上に落とす。
僕は、ブスブス音を立てながら煙をあげて伸びていく謎の物体に釘付けになった。
「どう、面白い?」
「うーん、面白くないけど、変なの」
「そっかー、面白くないかー」
お兄さんの質問に、僕は正直に返した。なんでか、お兄さんはショゲてしまった。
そんなことより、この玉が何なのか気になる。僕は、お兄さんに質問する。
「それで、これ何なの?」
「これは、蛇玉っていってね。燃やすとこうやって煙を出しながら伸びるんだよ」
「それだけ?」
「それだけ」
僕は「ふぅん」とだけ呟いて、煙をあげなくなった蛇玉を見つめる。それだけか。もう、何の変化も起きない。
蛇玉に興味をなくなした僕は、お兄さんに聞いた。
「お兄さんは、こういうのを作るお仕事をしてるの?」
僕の質問に、お兄さんは頬をかいて目をそらしながら答える。
「まあ、そうなるのかな。俺は、もとは薬師の見習いだったんだけれど……今はそのスキルを活かして冒険者をやってるんだよ」
「やくしのみならい? 何する人なの?」
聞き慣れない言葉だ。僕は首をかしげて、そのままお兄さんに聞いた。
「そう、薬師の見習い。薬師っていうのは、困ってる人の悩みを聞いて、解決してあげるのがお仕事なんだ。その解決案を、処方っていうんだよ」
「しょほーする人?」
「そう、処方する人。困りごとにお薬っていう解決案を処方して、喜んでもらうお仕事なんだ。カッコイイだろう?」
お兄さんは胸をはって、ふんすと鼻を鳴らした。よく分かんないけど、困ってる人を助けてあげるお仕事みたい。悪者を倒すヒーローみたいなのかな?
「お兄さんは、ヒーローなの?」
「まあ、そんなところかなぁ? みんな喜んでくれるよ。その人たちにとっては、ヒーローみたいなものだと思う」
「お兄さん、凄いんだね! みんなのヒーローなんだ!」
僕は嬉しくなった。こんなところで、ヒーローに会えるなんて。
「そうそう、その笑顔が見たかったんだ。よかった。せっかく処方した蛇玉のウケが悪かったから、ちょっと心配だったんだよ」
お兄さんはそう言って、はにかんだ。
「これも処方なの?」
僕は足元にあるヘンテコな蛇玉を指さしてお兄さんにたずねた。
「そう。君が泣いて困ってるようだったから、そんな困りごとを解決するために蛇玉を処方したんだ。結果的に笑顔になってくれたから、お兄さんの処方が効いたんだ」
お兄さんの手が僕のあたまに乗せられる。そして、お兄さんは僕にたずねる。
「ぼく、お名前はなんて言うのかな?」
「僕は、ハルガード。お兄さんは?」
「あー、んー……とりあえず、エリクスってことにしとこうかな」
お兄さんは、少し悩んで僕の質問に答えてくれた。自分の名前に悩むなんて、変なの。
「そうだ、エリクスお兄さん。パパとママがいなくなっちゃったんだ。エリクスお兄さんも一緒に探してあげて!」
僕の言葉を聞いて、エリクスお兄さんは困ったような笑顔をうかべる。
「なるほど、ハルガード君は迷子なんだね……よーし、お兄さんが手伝ってあげよう。パパとママはどこへ行こうとしてたのかな?」
「うーんと、雑貨屋さんに寄ったら、次は夕ご飯の買い物をしようって……」
僕はエリクスお兄さんに、お出かけスケジュールを話した。
エリクスお兄さんに手を引かれながら町の中を探すと、すぐにパパとママが見つかった。
「パパ、ママ!」
「ハルガード! よかった、心配したのよ!」
「僕の方こそ。パパとママが勝手にどこかへ行っちゃうから、僕がエリクスお兄さんと一緒に探してあげたんだよ!」
「まったく、この子ったら……すみません、うちのハルガードがご迷惑をおかけしました。何かお礼をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
僕の話を聞いて、ママはエリクスお兄さんに頭をさげる。
「いえいえ、大したことではありませんよ。ですが、そうおっしゃるのであれば……。実は俺、冒険者なんですけど、今ぜんぜん手持ちがなくてですね。申し訳ないのですが、今晩ご相伴に預かってもよろしいですか?」
エリクスお兄さんは言って、ヘコヘコと頭をさげた。それを見てパパとママは顔を見合わせる。この人、カッコイイんだか、カッコ悪いんだか分からないなぁ。
その後、エリクスお兄さんは僕らのお家に上がり込んだ。夕ご飯を食べて、そのまま今夜は僕の家に泊まっていくことになった。
夕ご飯の時にパパに聞いたんだけど、冒険者が町に寄ることはたまにあるんだそう。そうして、こんな感じで数日間ホームステイさせてあげる文化がこの町にはあるみたい。
エリクスお兄さんは僕の部屋で一緒に寝ることになった。
「ねぇ、お兄さんは薬師だったんでしょ? どうして辞めちゃったの?」
「薬師じゃなくて薬師見習いだけど。色々と事情があってね。俺は才能もないし。でもおかげさまで、こうして冒険者をやって行くことが出来てるんだ」
僕の質問に、お兄さんはどことなく悲しそうな顔をして答えた。なにか、むずかしい事情があるみたいだ。
エリクスお兄さんは話を続ける。
「まあでも、こうして生き長らえてるだけでめっけもんだよ。薬師の心得は、冒険でも役に立ってる」
「ねぇ、なんでお兄さんは冒険者をやってるの?」
僕は、エリクスお兄さんに聞いてみた。
「いい質問だ。俺は、世の中の困ってる人を助けたいんだ。俺は【創薬】のスキルを、そういう困ってる人のために使ってあげたいんだ。最初はその志を持って、薬師として親父のお店を継ぐつもりだったんだけれど……俺は才能がなくて親父みたいな薬師にはなれなかった。他にも色々とゴタゴタがあってね。家業は継がずに、家を出るしか無かった。でも、冒険をして色んな街を巡っていて、気が付いたんだよ。このスキルは、ただ薬を作るだけのためのものじゃないんだってさ」
お兄さんは僕の目をじっと見つめながら、話を続ける。
「親父はずっと言ってた。薬師は『困りごとを解決するのが役目であって、薬を作るだけにあらず』ってさ。冒険者になって【創薬】を使ってて、やっと、その事に気がつけた。【創薬】は、作りたい物の作り方が分かれば、大体何でも創れる。それは、【創薬】が『困りごとを解決するために処方する』スキルであって、薬品はそのひとつに過ぎないからなんだ」
エリクスお兄さんは言った。話の内容が僕にはちょっとむずかしくて、よく分からなかった。けれど、お兄さんがなんだか頼もしくて、カッコよく見えた。
「そっか。エリクスお兄さん、大事なことに気が付けたんなら、エリクスお兄さんは薬師なんじゃないの?」
僕の言葉を受けて、エリクスお兄さんは目を丸くした。
「……そうかもな。そう言ってもらえると、親父も喜ぶと思う。ありがとうな、ハルガード君」
エリクスお兄さんに、僕は頭をくしゃくしゃされた。ちょっと、何するんだよ。
「さ、もう寝よう。子供はそろそろ寝る時間だろ?」
そう言って、エリクスお兄さんは部屋の灯りを消してくれた。僕はエリクスお兄さんのことを言ったのに、どうしてエリクスお兄さんのお父さんが喜ぶのか分からない。僕はちょっとモヤモヤしながら、まぶたを閉じた。
その日から、僕はエリクスお兄さんのお仕事を見学させてもらっていた。エリクスお兄さんはギルドに寄らず、自分の足で困っている人を探して歩いていた。そして、【創薬】を使って町の人のちょっとした困りごとを解決していった。
僕は今まで気にしたことも無かったんだけど、町の人はみんな、それぞれに困りごとを抱えていた。困りごとはそれぞれで違ったけれど、エリクスお兄さんはお話を聞いては【創薬】を使って解決していった。時には解決できないこともあったけれど、エリクスお兄さんは出来るかぎり力になってあげようと頑張っていたと思う。
決して派手なことはしていなかった。むしろ、とても地道だった。けれど、なんだか……エリクスお兄さんがカッコよく思えた。
僕とエリクスお兄さんが出会ってから、七日ほど経った。エリクスお兄さんが、そろそろ次の町に行こうと僕に話してくれた。
「エリクスお兄さん! 僕も、お兄さんみたいな冒険者になりたい!」
僕はエリクスお兄さんとの別れ際に、叫んでいた。
「ありがとう。君みたいに頭のいい子なら、きっと立派な冒険者になれるよ!」
エリクスお兄さんはそう言って、手を振ってくれた。僕もいっぱい勉強して、大きくなったら困ってる人を助ける冒険者になるんだ。
僕は冒険者になりたい!
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