第2話 僕は仲間じゃない!?

 今の世は、便利なアイテムに溢れている。そんな世の代表アイテムが『エリクシール』だろう。あらゆる状態異常を治し、体力・魔力ともに全回復する超便利アイテム。アイテム学の歴史を紐解けば、昔は大変貴重なアイテムの代表だった。それが今では量産体制が整い、街中で普通に売られている。今じゃ冒険者の必需品として、「とりあえずエリクシール」と言われるくらいに買われている定番アイテムとなっている。


 そんなご時世にあって。こと冒険へ出るのに"知識"はそれ程重要で無くなった。強力スキルを放ち、エリクシールを飲んでればそれで敵無しなのだ。


 スキルの習得には、固有スキルが関わってくる。すなわち、強力な固有スキルを持つ者は強力な攻撃スキルも扱えるようになる。だから、多くの者が【S級スキル】に憧れるんだ。


「あの、ハーブレット学長……僕の固有スキルは、【薬識】ですか?」

「さよう。【薬識】で間違いない」


 僕の質問に、ハーブレット学長がちょっと残念そうな顔で答えてくれた。それにより、僕は自分の能力を自覚した。


 目の前にある虹色のオーブを見ると、脳裏に情報が浮かび上がる。


【スキル開示のオーブ】

効能:手をかざすと固有スキルを教えてくれる水晶玉。

製法:発掘された原石を研磨する。

レアリティ:★★★★★


 いや、知ってるけど。やっぱりこれ、僕の固有スキル効果だよね。


 という事は、僕の固有スキルはいわゆる"知識チート"と呼ばれる類のものだ。製法も出てくるし、アイテムを見れば効果だけでなく、作り方も分かってしまうという優れものらしい。


 自分の能力を自覚したところで、僕は三人の学友達へ視線を向けた。なんか、凄く残念そうな顔をしている。そんな目で僕を見ないでくれよ。


 それにしても、学友達はとても上質な物を身につけているようだ。特にレグサなんて、ただのキラキラしたオシャレなドレスだと思っていたのに。


【桃源のドレス】

効能:魔力を込めることで物理攻撃をすり抜ける事ができる。

製法:ディメンジョンバードの羽毛を丁寧に編み込んで作る。作製には魔力を遮断した環境設備が必要。

レアリティ:★★★★


 たまに見るドレスだったけど、実は防犯を兼ねてたのね。彼女に触れようとしても、あのドレスに魔力を込めるだけで回避することが出来るなんて。触ろうと思ったことないから知らなかったけど、ああいうの持ってるってことは、普段から大変なのかなぁ……。


 僕はそのままくるりと振り返り、壇下にいる他の四人の卒業生たちも見た。彼らは【A級スキル】だったり、【B級スキル】だったりした者達だ。彼らの装備の程度も分かる。【薬識】という名前の割には、道具に関しては大体何でも識別できてしまうようだ。そんな万能っぽい感じは確かに【S級スキル】と言っても遜色はないかもしれない。


 でも、それだけなんだなぁ……。


「お主らはもう下がって良いぞ」


 僕が内心で嘆いていると、ハーブレット学長は僕らに退壇するよう指示を出した。僕らは学長に言われた通り、素直に壇を降りた。


 つつがなく、残りの卒業生のスキル開示も行われた。全員のスキル開示が終わり、僕ら卒業生八人は整列する。


「この学び舎を出て、これから諸君らには多くの困難が立ちはだかるだろう。しかし、諸君らには素晴らしい力がある。そして、諸君らは多くの人を助け、世界を救う者達である。各々が見出した力を最大限に活かし、偉大なる功績を残してくれると、ワシは確信しておる。以上をもって、ここに閉式を宣言する。皆の活躍を期待しておるぞ」


 閉式の宣言を終えるとハーブレット学長は、壇上の端にある幕へ消えていった。次いで、アナグニエ副学長がスキル開示のオーブを慎重に持ち上げ、ハーブレット学長の後をついて行った。


 僕らはハーブレット学長の退壇を見送って一礼をする。そしてすぐに、各々がこれからどうしようかと話し合いを始めた。僕もそれに漏れず、学友達へ声をかける。


「ナクトル、レグサ、ニルバ。これから、僕らの冒険が始まるね! 君たちの固有スキルは凄そうだし、僕も心強いよ! これからもよろしくね!」


 言って、僕は手を差し出す。しかし、三人は誰一人として僕の手を取ってくれなかった。


「いや、ハルガード。君には申し訳ないんだけどさ……」


 神妙な面持ちで、ナクトルが僕に言う。


「俺達はこれから魔王を倒しに行くんだ。見たところ戦闘向きでない君を、この先の危険な戦いに巻き込む訳にはいかない」


 ナクトルの隣に立つレグサとニルバの二人も、首を縦に振って同意していた。


 ちょっと、何を言ってるかわからない。僕は平静を装って、ナクトルに言う。


「心配してくれてありがとう。でもほら、僕の固有スキルだって【S級スキル】だし。きっと、冒険に役立つからさ!」

「はっきり言わないと分かんないかナー。君は要らないって言ってるの、ハル君」


 僕に言葉を返したのは、ニルバだった。


 戦闘があまり得意でない僕に、彼女は手を差し伸べてくれた。彼女のおかげで、僕はそこそこマシに剣を振れるようになった。そんな彼女が僕に放った言葉が、今の台詞だ。信じられなかった。


「ハル君のことは、アタシがずっとみてきたから分かるんだけどサ。到底、私たちについていけるとは思えないナー。悪いことは言わないから、着いてこない方が身のためだヨ」


 ナクトルとレグサが、ウンウンと頷く。


「そんな……卒業したら、僕ら皆で一緒に冒険へ出ようって、言ってたじゃないか!」


 僕はレグサの肩を掴もうとする。しかし、その手はすり抜けてしまった。


「私に触らないで下さい。今どき、アイテム知識チートなんて。冒険で何の役に立つというのかしら?」


 レグサの辛辣な言葉が僕の胸に刺さった。


 これも便利な世の中になった弊害だろう。昔はアイテムの質も良くなかったから、冒険には様々な知識が必要だったという。アイテムだって嵩張るし、多くを持ち歩けなかった。次の拠点にたどり着くまでに、その場にある物で凌ぐというサバイバル知識が物を言う局面も多かったんだと思う。


 しかし、現代ではそんな小難しい事を考える必要が無い。だって、回復アイテムは『エリクシール』さえあれば万事解決なのだから。冒険者に必要なのは、強力スキルを扱える技量だけ。装備は、一撃でやられないようにそれなりの物を揃える必要があると思うけど、もう彼らは十分いい物を身に付けている。


 悲しいけど、僕自身、彼女の言う通りだ思った。そんな気はしていたんだ。【薬識】なんて、どう考えてもハズレ枠の固有スキルなんだよ。僕自身、あの場で愕然としてたじゃないか。


 アイテムの歴史を知ったり、調合の実験をするのはとても楽しくて有意義だった。色んな効能を知れたし、物事の真理を解明した気になれて僕の知的好奇心は満たされた。でも、そんなのは……冒険では露ほども役に立たない。


 僕は歯を食いしばって、その場で俯いているしかなかった。涙が溢れてくる。今になって考えれば、こんなの初めから分かってたことじゃないか。


 悔しくて泣いている僕が、それでもと思って顔を上げた時。彼らは既にいなかった。

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