私はお悩み相談員 〜不本意ですけど仕方ない〜
夜野 桜
第1話
貴方には人には言えない悩みがありますか?
この世界は悩み事で溢れている。人の悩みというのはそれぞれ千差万別、ことの大小はあれど、くだらない悩み事から重大な悩み事までその存在は様々だ。1人が抱える悩み事が一つとは限らないし、見るものの視点が変わるだけで同じ悩み事でも全く別の悩み事になってしまうこともあるだろう。そしてそれらの多くは抱える者の中で燻り続けている。
誰に言えるわけでも、相談できるわけでもないそれらの悩み事は、まるで化石のように歳月という名の土に埋れていく。時が経つほどに増えていく土の量にそのうち人は化石の存在に気づかなくなる。
だとすれば、そうであるならば、私もいずれ私の抱える化石に気づかなくなってしまうのだろうか。足元に抱える化石に気づかなくなってしまった時、私はどうなってしまうのだろうか。
◆
中学最後の夏、受験シーズン真っ只中のこの時期に私こと秋月雪菜は公園でぽつりと1人孤独にベンチに座りこんで、ぼーっと空を見上げていた。
太陽の光は焼けるように熱く、ミンミンと鳴くセミの声は普段なら耳障りで仕方ないのに、この時の私にはまるでクラッシックの演奏のように心地よく、落ち着く、一種の音楽になっていた。
中学三年、この時期、私以外の他の生徒はもう目標の学校を決めて将来の夢とやらに向けて一心不乱に勉強をしている筈だ。
将来という言葉は私を酷く悩ます。
ただ自分のレベルにあった学校に行く、それだけなら私はこんなにも憂鬱な気分にはならない。そういう生徒も中にはいるのかもしれないが、残念ながら私の周りにいる友達はやたらと将来なりたい職業がはっきりしていて、その為の学校に行くことに必死だ。
『ケーキ屋さん』、なんて可愛らしい夢。
『警察官』、なんてカッコいい夢。
『国家公務員』、なんてリアリスト。
彼等彼女達は、夢とやらにやたらと積極的でいつか訪れる将来なんて遠いものではなく、目前に迫った今という考えで持って、必死に動いている。
だけど、私にはそれがよくわからない。将来とか夢だとか、言葉にするのはひどく簡単なのに、その内容や本質をいまいち理解することができない。正直なところ今の段階でそれがはっきりとしている彼等の在り方を私は羨ましく思う。
『将来の夢』と言う言葉は、私にとって今最も煩わしい言葉なのかもしれない。
どうなるか、どうなりたいかなんて私には分からない。
だって私は普通ではないから、頭のおかしな子だから、みんなとは違うから —
だからこうして私は誰もいない筈のこの場所でゆっくりと悩むのだ。
「それでこんな真っ昼間にここに来た訳ね」
真後ろから唐突に掛けられたその声は酷く呆れたものだった。私がそっと振り返ると其処にいたのは茶髪にピアスまでつけた不良然とした青年だった。
「そうだけど。悪い?」
見た目明らかに不良な青年だが、私がそれで驚くこともない。此処で彼と会うのは私にとって予定調和だからだ。
「少なくとも学校をサボってること自体は悪いだろうな」
「別にサボった訳じゃないよ。今日は自由登校だから行かなくても問題ないの」
夏休みのこの時期、うちの学校は希望制で受験対策の授業を受けることができる。一般試験を受験するほとんどの生徒はこの授業を受けている。その例に漏れず私もその授業を受けているが出席するかどうかは本人の自由なので義務ではない。
「そんなことだと入試に失敗するぞ」
「明らかに失敗してそうな見た目してる貴方に言われたくない」
「お前、見た目で人を判断するのは良くないぞ」
「じゃあ入試は成功したの?」
「……皆まで言わせるな」
「なにかっこつけて言ってるの?」
額に手を当てて格好をつけた様子で呟くその青年を私はジト目で見つめる。どうやら目の前のお兄さんは態度に出やすい性格だったようで、ふんっと鼻を鳴らしてそう言う彼の態度だけで入試云々の答えははっきりと分かる。というより教えてもらっているようなものだ。
(わかりやすいにも程があるなぁ)
「人生色々あるからな」
「上手く纏めようとしてるみたいだけど失敗してるからね」
色々と雑な誤魔化し方をする人だが、それが逆に面白いので私としては全然OKだ。
まあこんな調子で私が初めてここにきて以来、彼はいつもまるでお調子者のように喋りかけてくるのだ。
私が来ると彼はいつもこの公園にいる。と言うのはきっと正しくな言い方だろう。
正確には、いつも彼がいるこの公園に私が来ているのだ。
私のくだらない話を聞いてくれる彼に逢いたくて、彼がいると分かっていて、ここにわざわざ私が来ているのだ。
「ねぇ、お兄さん。まだ……行けそうにはないの?」
「あぁ、まだだな」
「……そっか」
素っ気ない風に言うお兄さんの答えを聞いて、ほんの少し安堵してしまった自分に嫌気が差す。本当なら、彼はここにいてはいけない存在。ここにいることは、彼にとってとても苦しいことのはずなのに、私は彼にまだいて欲しいとそう願ってしまう。彼のいるこの公園は私にとっての避難場所のようなものだから。
「そんな嫌そうな顔すんなよ。俺だって自分がいつまでもここにいてもいいとは思ってねーからさ」
「むぅ……」
どうも自分への嫌悪感が表情に出てしまっていたようで、それを見た彼は勘違いをしてしまったようだ。
私としては、別に彼がここにいることが嫌な訳じゃないので、この言葉には反応しづらい。と言うより寧ろ逆なんだ。彼とこうして喋れることが、私はとても楽しいのだ。それなのにもうすぐ居なくなるみたいな感じで話を進められると少し寂しくなる。
「なんで眉間のシワが深くなるんだ? ……おい、やめろ。跡になるぞ」
「女の子にシワの話をするのはデリカシーにかけると思うけど」
「中学生のガキが何をいっちょ前に言ってやがる。もう少し年を重ねてから出直してこい」
「ガキじゃないよーだっ。来年からは高校生だし。それにお兄さんだって対して年齢上でもないでしょ」
「馬鹿め。俺は18歳だったんだぞ。それにこうなってからプラス3年は経ってるからそれを踏まえると俺は21歳。どう考えてもちょー歳上だろうが」
「……その割には言葉使いが子供だよね」
「喧しいわ、ガキんちょ」
外から見れば、それはきっとひどくたわい無い遣り取り。
兄弟の言い合いにも見えるそれは、どこにでもある、日常にありふれた光景。本当にそうだったのなら、どれだけ良かっただろうか。きっと『普通の人』にはそんな風には映らない。私にとってどれだけ日常の光景であったとしても、『普通の人』から見ればこれはきっと異常なのだ。
「ねぇお兄さん。……あんまり長いしちゃダメだよ」
「テメェこそ、うだうだ悩んでばかりいないでとっとと先に進めよ。まぁ悩んでなんぼの人生だけどなぁ」
「ふふっ……なにそれ、急にジジくさくなったよ」
一気に雰囲気の変わった内容の助言をしてくる彼の様子に私は可笑しくなって思わず笑ってしまう。
「お前、人がせっかく助言をしてやってるってのになに笑ってんだ」
「ごめんごめん……くふふっ」
私にとって見えない道を探して歩く日々はとても辛いけど、きっと歩けないこと程辛くはないんだと思う。どれだけゆっくりであったとしても、それでも私は歩いていけるのだから。
時が勝手に進むように、幸か不幸か私の足も勝手に進む。
歩きたい道が見つからなくても立ち止まることは出来ない。人が歩くことをやめれる時は死んだ時だけだ。
彼の様に。
「じゃあ、私行くね」
私は急に思い立ったように、バッとそれまで座り込んでいたベンチから立ち上がり、身を包んで制服をパサパサとはたく。公園の地面は砂地だから砂埃が制服につきやすいのだ。
「なんだ?サボらずに学校に行く気になったのか?」
「だからサボってる訳じゃないってば。頑張る元気が出たから、友達に会いに行こうと思っただけ」
これはあくまで私の場合だが、人と喋るという行為は酷く疲れる。気力がある程度ないと「元気がないね」とか心配されてしまうのだ。私はそれが悪いことをしているようで、あまり好きではない。さっきまでの憂鬱な気分だと、とても学校のクラスメイト達と笑って会話する気にはなれなかったけど、今なら大丈夫そうだ。
「……友達と会うのに頑張るねぇ?相変わらず捻くれてる奴だな、お前も」
「青春を謳歌してる健全な若者の悩みを、捻くれてるなんてちょっと酷いんじゃない?」
「青春を謳歌してる奴はお前みたいな顔はしねぇんだよ。……まぁせいぜい頑張れよ」
「うん。……じゃまたね」
「おう、もう来るなよ」
「またね」って言ってる子に、もう来るなとは随分酷い言いようだ。
「お兄さんこそ、早くいきなよ」
ゆっくりと歩きながら、振り返ることなく私は手を挙げてバイバイと腕を振る。
これも結局はいつもの挨拶。こうして挨拶をしても、結局はまたあの公園で会うのだ。それがもう一年以上、私とお兄さんが繰り返してきたいつもの流れ。
これからも続いてしまう、楽しくも悲しい、私の道の一つだ。
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