イーナ マギアシャルム

俺がこの世界に来てから3ヶ月が経とうとしていた。

学校での生活にもすっかり慣れ、部活の終了後に元の世界に帰る研究をする余裕も出てきた。

最近では魔法でも帰ること出来る可能性がないか考慮して調べている。

しかし中々思うようには捗らない。天才である俺は日常的に使う文字はこの世界に来て数日の間に独学で覚えたのだが、専門的な用語や古い文字等は流石に分からない。

多くの文献を読もうとすればするほど分からない文字は増え、その都度それを調べるという作業が多くなってきたのだ。


その日も部活が終わり、宿直室で図書室から借りてきた本を読んでいた。もう100冊は読んだだろうか。しかしこれといった手がかりは掴めていない。


コンコンッとドアを叩く音がした。

「あっ、もうそんな時間か!」

俺はドアを開け笑顔で来訪者を招き入れる。

「お疲れ様です。今日は村の様子どうでした?」

尋ねながらお茶を出す。

「ありがとうございます。いつもと変わりませんよ。平和そのものです。朝倉さんもいつものように本を読んでたんですか?」

「ええ。科学者というのは調べることが好きな生き物でしてね。没頭しすぎて食事を摂ることも忘れてしまうことすらあるぐらいです。」

「駄目ですよ、ご飯はちゃんと食べないと。それにちゃんと寝てます?少し痩せたんじゃないですか?体壊したらどうするんです。」

母親のような事を言うこの女性はイーナ マギアシャルム。

ブレイブスのメンバーだ。

俺と大して変わらない年齢なのにブレイブスに入れる程優秀な上、よく気が利く人だ。

彼女が巡回の当番の日は俺の密かな楽しみになっていた。

「今日はどんな本を読んでいたんですか?」

「魔力についての学術書です。魔力の正体って一体何なのか気になって。まだ途中までしか読んでないですけど。」

「へー、魔力の正体ですか。考えたことも無かったなぁ。」

まぁ、それがあたり前なのだろう。この世界では生まれた時から殆どの人が保有しているものだ。

「僕やダレン君がいくら呪文や魔法陣を覚えても魔法が使えないのは魔力を持たないからなのではと思いましてね。それなら何故2人だけが魔力を持っていないのか、それを調べるにはそもそも魔力とは何なのかを知らなくてはならないんです。」

俺は別の世界から来た人間なので魔力など無くても不思議ではないのだが俺が別の世界から来たことはこの世界の人達は知らない。知らない名前の知らない土地から来た、ぐらいの認識なのだ。

だがダレンが魔法を使えないのには何か理由があるはずだ。

「まだ読んでる途中ならあまり長居するのは良くないですね。今日の分の補充さっさと済ましちゃいましょう。」

そう言ってイーナは立ち上がる。

「いや、すみません。そういうつもりで言ったんじゃありませんよ。ゆっくりしていってもらっても全然かまいません!!」

俺はイーナに慌ててそう言う。

何故かは分からないが彼女との会話は楽しくてもっと話していたいのだ。

「いえいえ、どうせその本読み終わるまで寝ないつもりでしょう?私が長居したらその分寝る時間減っちゃうじゃないですか。それに私もまだ巡回の途中ですので。」

「そうですか、そうですよね。ごめんなさい。まだ仕事の途中でしたね。」

「謝ることでは無いですよ。」

イーナは優しく微笑みながら魔力池と呼ばれる魔道具に魔力を込め始めた。

この魔力池とは魔力を貯め、その貯めた魔力を他の魔道具に使用する事が出来る。言わばバッテリーのような物だ。


ものの数秒で補充は完了した。

「ではこれで失礼しますね。あまり無理しちゃ駄目ですよ。体が資本なんですから。」

「ありがとうございます。イーナさんも夜道には充分気をつけてください。」

そう言うとツンと唇を尖らせイーナは言う。

「まだまだ下っ端ですけど私ブレイブスの一員ですよ?心配には及びません。」

その後お互いに笑い合いイーナは学校を後にした。

彼女の姿が見えなくなるまで見送ったあと本の続きを読む。

書かれていることを簡潔にするとこういうことだった。


・魔力とは魔法を使うのに必要不可欠なエネルギーのことである。

・その発生源は血液中に含まれる魔血球と呼ばれる細胞であるとされており、大量の魔力を消費すると血液中の魔血球は減少し、その数が一定数を割り込むと魔法は使えなくなる。

・魔血球の数は時間が経過すれば元に戻る。

・魔血球の数は個体差があり、その数が多ければ多いほど魔力量も多くなる。


あとは様々なデータが乗っているぐらいだった。

詳しいメカニズム等は解明されていないらしく書かれていない。


別世界から来た俺にはそんな細胞が無いのは当然としてダレンはどうなのだろう。

血液中の細胞だというので恐らく骨髄で作られると思われるがその骨髄に何か問題があり魔血球が作られていないのか?

それとも作られてはいるが魔血球そのものに問題があるのか。

しかしそれが分かったところで実のところ俺にはどうしようもないのだ。

俺は医者ではない。医学の知識も多少はあるが技術がない。

そもそもそれも元の世界のものだ、この世界で通用するとは限らない。

「この世界じゃ骨髄移植なんて到底無理だろうな。」


そう呟き、俺は眠りについた。

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