第5話 美兎の自宅に

 美兎みうは惰眠を貪っていた。


 平日は仕事に仕事。


 恋人の火坑かきょうの店に行けるのは癒しだが、最近また仕事が忙しくなっているので行けないでいる。


 あと半月足らずで、美兎が会社に入社してから一年。


 新人のラベルが剥がれるのだ。と言っても、二年目だからとは言えまだまだ新人ではあるが。



「うう〜〜ん!!……今なん……じ、ってもう一時!?」



 夜中ではなく、午後だが。


 相変わらず、週末寝に帰ったら翌日まで爆睡。


 よくないとは思っているが、最近の仕事のスケジュールを考えるとどうしてもそうなってしまうのだ。けれど、それでも空腹は誤魔化せないので、適当にカップ麺とかでも食べるかとストックを漁ったが。


 見事に空だった。



「あ〜〜……他はなんかないかなあ?」



 冷蔵庫や食材のストックを漁ったはこれまたほとんど空だった。まともに買い出しに行けてないから無理もない。


 このやりとりを先週もやったような気がしたが、仕方がない。


 近所のスーパーに行くにも、簡単に身支度は整えようと着替えて、髪を整えていると。インターフォンが鳴ったのだ。



「誰だろ?」



 宅配かな、と。扉の覗き窓を見ると、美兎は腰砕けになりそうだった。



「か……響也きょうやさん!?」

「こんにちは、美兎さん」



 恋人の火坑が、人間の姿で香取かとり響也になっていて。どう言うわけか、教えたことがないのに美兎のマンションに来ている。驚かないわけがない。



「ど、どうやって……?」

「ふふ。美兎さん、僕は人間じゃないんですよ?」

「あ……そ、ですね」



 以前。火車かしゃ風吹ふぶき田城たしろの自宅に送った時も。妖だから、と送ることが出来たそうだ。


 なら、火坑が出来てもおかしくはない。



「しかし、美兎さん。すっぴんも可愛いですね?」

「〜〜〜〜!!?」



 そうだった。美兎は今化粧をしていない。これからする予定ではいたが。


 眉毛も、アイシャドウも何もしていない。思わず手で顔を隠そうとしたが、すぐに火坑が手を掴んで阻まれた。



「可愛いと言ったじゃないですか?」

「け、けけけ、けど!? 化粧してませんし!!」

「とりあえず……中に入らせていただいてもいいですか?」

「な、ななな、中も汚いですよ!?」

「僕が掃除しましょうか?」

「ダメです! ちょ、ちょっとだけ待っててください!!」



 なので、服ももう少しマシなのに着替えてから勢いで部屋をざっと片付け。


 どうぞ、と火坑を招き入れた時は、彼は部屋をキョロキョロしていた。



真穂まほさんはいらっしゃらないんですね?」

「さ……最近はお兄ちゃんと会う時間を作るのに。作家のお仕事頑張っているようです……」



 美兎への加護は重ねがけしているが、過ごす時間は以前よりは減ってきた。寂しくないわけじゃないが、美兎の環境も変わってきたので、お互い離れているだけだ。


 彼女と出会う前の、美兎の生活に戻りつつあっただけだから。



「そうですか。あ、ついさっきまで隆輝りゅうきさん達と一緒だったんですが。早めのホワイトデープレゼントを作ったんです」



 受け取ってくれますか、と紙袋を差し出してきたので。美兎は嬉しくなって受け取った。


 すぐにコーヒーを淹れる、とはしゃぎそうになったら。後ろから火坑に抱きしめられたのだ。



「火坑……さん?」



 美兎が呼べば、彼は腕の力を強めた。



「ここ最近は、お仕事の関係で店にも来ていただけませんでしたからね? 少し……いいえ、だいぶ寂しかったです」

「…………私、もです」



 ほんのちょっと先なのに、会いたくても会えなかった。


 仕事で誤魔化してはいたけれど、実際は寂しくて淋しくて。


 腕にギュッとしがみつくと、火坑が美兎の顎に手を添えて優しく後ろに向かせた。


 人間の姿なのに、猫人の時のような強い眼差しで見つめられている気分になり。近づいてくる顔を避けることなく受け止めて。


 美兎が限界と言うまで、キスをしていたのだった。


 お返しのフロランタンはプロ並みの出来栄えで、二人で美味しくコーヒーと食べて。


 それでも、まだまだ美兎の空腹が満たされず。火坑が時短の妖術を使って、ささっと残り物で炒飯を作ってくれたので。


 まるで、新婚のようなときめきを覚えた一日になりそうだった。

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