第4話『お返しのフロランタン』②

 普段から仕事でも料理をする火坑かきょうだが、菓子作りについてはやはり難しさを感じる。


 特に、今回のような半分飴細工を作るような工程は殊更難しかった。


 一瞬の時間で、その材料がダメになってしまうかもしれない。そこを考えると、火坑はいつも挑むスッポンを捌く工程と似ているなと思った。


 あれは一瞬の隙をつかないと、噛まれて指を怪我するだけで済まないのだ。まだ料理人の修行時代、興味本位でスッポンに手を伸ばしたら、霊夢れむに盛大に拳骨をお見舞いされたものだ。


 今回はその危険性はないが、食材をダメにしてしまう方が強かったので気が抜けなかった。


 しかし、その工程が終われば。最後に切り分けるタイミングを逃さなければいい。


 出来上がったフロランタンは、茶色い飴が美しく。アーモンドが花のように散らばって、とても美味しそうに見えた。



『おお〜!!』



 赤鬼の隆輝りゅうき以外、その出来栄えに思わず声を上げたのだった。


 火坑が用意したコーヒーやカフェオレでそれぞれいただくことにした。



「へ〜? あの材料がこんなに綺麗になるんだ〜?」



 初参加のであるダイダラボッチの更紗さらさは、本当に子供のように目を輝かせていた。



「人間の女性にも好まれている菓子ですしね? チカの奴は可愛いのに目がないから、喜ぶと思いますよ?」

「あのお花のクッキーも美味しくて凄かったけど〜〜。これも綺麗で可愛い〜。あ、持ち帰る袋か何か貰える〜?」

「ラッピングなら、後で皆でしましょうか? とりあえず、まずは試食です」



 それぞれ作った分を、試食用とラッピング用に分けて。まだまだビビっている盧翔ろしょうはさて置き。


 まずは、ひと口。


 幾度か食べたことのあるフロランタンよりも、飴の部分が少々柔らかく。だが、パリパリとしていて、下のクッキー生地がほろほろ崩れてなんとも言い難い快感を得た。


 スライスのアーモンドも香ばしくて、飴の甘さを少し抑えてくれた。火坑はブラックだが、更紗が飲んでいるような甘いカフェオレもいいだろう。



「うま!」

「美味しい〜〜!」

「ですよね?……あ」

「だから、そんな緊張しなくていいんだよ〜?」

「……すみません」



 食べ物の前では、神も妖も関係ない。


 そう思える、いいきっかけだったかもしれない。



「うんうん。良い出来。他の皆のも良いねえ? 俺負けそう〜」

「隆輝が負けたら、俺どうなんのさ?」

「僕だなんて、初心者だよ〜?」

「ははは。更紗様はセンスありますよー? もっと頑張れば、チカにも色々渡せるんじゃないですか?」

「ん? ん〜〜、僕普段は諏訪すわにいるからなあ〜?」

「……寒くないです?」

「こっちも寒いけど〜、雪がまだ降るしね〜?」



 長野の寒さは、北陸程じゃないがまだまだ寒い季節だ。


 名古屋は、濃尾平野からの山おろしがまだ続くので。京都ほどではないが、盆地特有の寒さで手がかじかむくらい。


 火坑は、バレンタインプレゼントに美兎みうからもらったマフラーをずっと愛用しているが。手は猫毛に覆われているので平気は平気。


 とここで、思い出したが。


 付き合って、数ヶ月経つと言うのに。火坑の家には上がらせたことはあっても、逆に美兎の家には実家以外行っていない。


 なら、今日はまだ昼過ぎだが。


 最近、休日になると仕事の疲れで家で寝ていることが多いらしいので。


 行ってみるか、とフロランタンを食べながら思った。



「隆輝さん」

「んー?」

「少々所用を思い出したので。先にラッピングしてから帰らせていただいてもいいですか?」

「いいよー?」

「ありがとうございます」



 そのきっかけで、他の全員も解散することになり。後片付けから、簡単にラッピングして。それから火坑は人化してさかえの町に足を運んだのだった。

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