第4話 夢路で再会

 海峰斗みほとは多分、夢の中にいると思う。


 と思うのは、酔い潰れていたのに意識があるから。


 一緒に潰れた父親は、片付けをしていた母は妹は。と思っても、暗い闇のような空間には自分だけしかいない。


 だが、不思議と怖いと思わない。海峰斗にはどこか懐かしい感じがしたのだ。



(どこで……? 現実、じゃない。もっと前だ)



 ただ、いつだったかは思い出せない。それがモヤモヤとしてしまうが、海峰斗は起きるかと思っても景色は変わらず。


 どうすればいいのかと思っていたら、子供が笑い出す声が聞こえてきたのだ。



『ふふふ、ふふふ? まさか、あの子供がねー? 美兎みうのお兄ちゃんだったんだー?』



 美兎、妹を知っている。


 その事実に、これはただ事じゃないと。夢でもなんでもいいから、海峰斗はその声に呼びかけた。



「美兎を知ってんの? 俺も知ってるようだけど……誰?」

『誰? まあ、人間の場合二十年以上経つと記憶薄れやすいもんね? 真穂まほもあんま言えないけど』

「ま……ほ?」



 聞き覚えがある名前。


 それにこの笑い方。


 海峰斗は記憶を手繰り寄せてきた。美兎はまだ赤ん坊の頃に、昼寝の夢で、一緒に遊んでくれたおかっぱ頭の女の子のことを。


 海峰斗が名を呟いた後に、真穂と言う女の子は海峰斗の前に現れた。


 あの頃と変わらず、綺麗なおかっぱ頭で綺麗な大きな瞳が目立つ顔。


 服は、今風のワンピースだが。変わっていなかった。



『思い出した? みーほ?』

「……真穂姉ちゃん?」

『そっそー? 今はみほの方が見た目は歳上だけどさ?』

「う……わ。何年ぶり??」



 気まぐれで、海峰斗の夢に潜り込んできた女の子。


 夢だけのお姉ちゃんだったから、子供の頃母に言っても信じてもらえなかった。もちろん父親にも。


 そして、海峰斗が小学校の三年生くらいを境に、真穂は夢に出てくることはなくなり。海峰斗もいつのまにか忘れてしまっていたのだ。


 それから、約十五年ぶりだから。すぐに思い出せなかったのも無理はない。



『ふふ。真穂はずっと覚えていたけど。あんたの妹の守護になったの。だから、久しぶりに夢路を通じて会いにきたわけ?』

「守護??」

『昔よしみのみほにだから言うわ。美兎もだけど、あんたもある妖……妖怪の子孫なの。だから、こうやって夢路で真穂とも話が出来るのよ?』

「お……れ、人間じゃない?」

『ほとんど人間よ? ただ、霊力に妖力がちょっと混じっているだけね?』

「…………」



 いきなりの再会で、いきなりの爆弾発言。


 けど、思い出してみれば、昔も似たようなことを言っていたりする。なら、真穂の正体も。



『今のみほだから、きちんと言うわ。真穂も妖怪。この姿だから、なんとなくわかるでしょうけど。座敷童子って言うの』

「……真穂姉ちゃんが妖怪?」

『そ。で、美兎が気に入ったからあの子の守護についたの』

「気に入っただけで??」

『他にももちろん理由はあるわ。美兎には妖怪が狙うような美味しい霊力があるの。だから、少し分けてもらう条件であの子の守護になったわけ』

「……そうか」



 海峰斗にとって、まったく知らない人間、いや妖怪が味方になってくれるのなら心強くないわけがない。


 だが、腑に落ちない。


 何故、今日美兎がやっと素敵な彼氏を連れてきた日に、真穂が再会しようとしたのか。


 首を傾げていれば、真穂はまた、ふふと笑い出した。



『鈍いわね? 美兎の恋人も人間じゃないのよ?』

「え……香取かとり、さんが!?」

『そう。けど、安心して? 二人ともそれぞれ悩んだ上で手を取り合ったもの。真穂は美兎の昔を、あんたと違ってほとんど知らないわ。だけど、今の美兎を見て、みほはどう思う? 正体が人間じゃなくても拒絶する?』

「それ、は……」



 香取の正体を隠してでも。海峰斗にもだが、父親にあれだけ怒鳴ったのだなんて就活以来だった。


 前の彼氏の時は、意気消沈しまくって素直に頷いていただけなのに。


 それを思うと、人間じゃないだけと言うのは理由にはならないのだろう。



『大丈夫、大丈夫。本当に嫌なら連れて来なかったでしょ? みほも今日香取響也火坑を知れたんだし』

「かきょー?」

『あいつの本当の名前。今名乗っているのも偽名じゃないけど、ね?』

「ふーん。あれ?」



 肩に届くはずのない、真穂の手がある。それにしては、女性らしく大きくて温かい。


 振り返れば、子供の姿はどこにもなくて。美兎と同じくらいの、セミロングが綺麗な女性になっていたのだ。



『ふふ。真穂にもこう言う姿はあるの。今度飲みに行こうよ?』

「お……おお」



 湖沼こぬま海峰斗、二十六歳。


 スタイリストとしてそこそこモテてはいたのだが。自分から惚れたのは、数少なく。


 その中で、夢とは言え幼馴染だった妖怪のお姉さんに、どうやらほの字になってしまったのである。

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