第7話『ふぐ尽くしーてっちり鍋ー』


 何せ、ふぐ料理をデビューしたばかりの美兎みうなので。骨はともかく魚の皮。シャケや青魚はともかく、毒があると有名なふぐの皮まで食べられると言うのは衝撃的過ぎた。


 余程驚いた顔になっていたのか、猫人の火坑かきょうは涼しげな笑顔で答えてくれたが。



「皮の湯引きは、人間でもポピュラーに食べられているのですよ。てっさ……ふぐ刺しにもよく添えられています」



 味はもちろんしないので、ポン酢醤油と和えるのが一般的ですが。と、彼はそう言いながら、細切りにした皮をボウルの調味料で和えていった。


 小鉢に体よく盛り付けられた一品は、とても可愛らしく見えた。



「本日、ふぐ刺しではありませんので。皮を湯引きしてポン酢醤油で和えてみました」

「いただきます」

「いっただきまーす!」

「うん、いただこう」



 薄っすらと透けているが、トラフグの独特の模様が愛らしい皮の湯引き。混ぜて食べると美味しいと火坑が言ってくれたので、薬味に載せてあった紅葉おろしと小ネギもしっかりと混ぜて。



「! コリコリしてて、味はあんまり感じないです。けど、紅葉おろしとポン酢醤油でいい塩梅になります!」

「お気に召しましたでしょうか?」

「はい! 美味しいです!」



 たしかに皮自体に味はほとんどないが、コリコリとした食感が実に楽しい。正月の数の子とも、沖縄料理のミミガーとも違うなんとも言えない味わい。


 これは、おそらく美兎の給料では楽庵らくあん以外で早々に食べられないに違いない。とは言えど、今日は間半まなかの奢りだ。妖に最近奢られがちではあるが、厚意を無碍に出来ないのでのっかるしかない。



「さて、次はふぐ鍋ですね?」



 そして、ひとつの鍋で煮込んだものではなく。小ぶりの土鍋を美兎達の前にそれぞれ置く前に。火力は、旅館とかでも使うような固形燃料。それを土台の中に入れて、チャッカマンで火をつけて。その上に土鍋を置くのだった。



「わ! 言い方悪いですけど、タラのお鍋みたいですね?」



 ふぐだと薄造りのイメージが強かったが、今回の鍋では大胆にぶつ切りだったのだ。もう既に煮込まれているので、白身魚の塊が美しく見えた。



「ふぐって、実は繊維質がすごいんですよ。皮の湯引きでおわかりでしょうが、身を普通の刺身のようにすると噛み切れにくいですしね? なので、刺身だと薄造りが基本だとも言われています。鍋ですと、煮込むことでいくらかやわらぐので大振りなんですね」

「そうなんですね!」

「タレは先ほどと同じ、紅葉おろしとポン酢醤油でお召し上がりください」

「はい!」



 ひとり鍋だなんて、なんて贅沢なのだろう。こう言うこじんまりとしたお店ならではの気遣いかもしれない。野菜もよく煮込まれているが、せっかくなのでぶつ切りに切られたメインのふぐを食べることにした。



「ん! いいよ、火坑! いい塩梅!」



 先に食べていた真穂まほが、火坑に向けて親指を立てていた。


 そんなにも美味しいのかと、美兎もタレをつけて軽く息を吹きかけてから口に入れた。



「はふ……あふ! わ! 本当にかみごたえありますね!!」



 一見柔らかそうな感じではなくて、もちもちした弾力のある白身魚だった。けど、味は出汁とポン酢醤油のお陰で、もちもち噛んだあとから旨味がやってくる。


 骨は流石に無理なので、丁寧にとってからまたひと口。


 これに、二杯目にとお願いした火坑特製の梅酒が合うこと。蘭霊らんりょうの梅酒もたしかに美味ではあったが、美兎には飲み慣れたこちらの味が懐かしく思えた。


 ああ、ひと月来ないでいた時間が惜しく思えたのだと。


 意地を張らずに、臆病にならずに。火坑の料理や語らいをもっとしたかった。


 肝心なところで、情けないなあと、涙が出そうになったのを堪えた。



「さて、唐揚げも出来ましたよ」



 いつのまに、と思ってカウンターに置かれた料理は。


 鍋の切り身同様に、大胆なぶつ切りでカラッと揚げられた唐揚げの登場だった。



「わあ……!」

「こちらも、身はかなり弾力があるので気をつけてください。レモンをかけると美味しいですよ?」

「じゃ、早速……!」



 鍋を少しずらして、唐揚げの皿を目の前に置き。


 添えてあったレモンのくし切りを絞って、きゅっとふぐの唐揚げにかけていく。



「ほう? 猫坊主、やるじゃないか? 下味がしっかりしてるねえ?」

「お粗末様です」



 間半が褒めるくらいに美味しい唐揚げ。


 なら、時々食べていたスッポン並みかそれ以上か。


 美兎も我慢出来ずに、箸で持ち上げるのだった。

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