第8話『ふぐ尽くしー唐揚げー』


 久しく口にしていなかった、元幽世あの世の獄卒であり閻魔大王の補佐官であった、猫人の妖となった者の料理。


 界隈でも指折りと数えられている、黒豹人の霊夢れむの弟子となった後に。同じにしきの界隈に店を出したのだが。


 なかなかどうして。小生意気な性格に反して、悪くない馳走を振る舞ってくれる。ぬらりひょんの間半まなかは、てっちり鍋とも呼ばれるふぐ鍋を堪能しながら、鰭酒の次に頼んだ熱燗を楽しんでいた。


 界隈の端で、偶然目にした人間の女。


 座敷童子の一角である真穂まほがわざわざ守護となった、湖沼こぬま美兎みうと言う人間でもまだまだ社会に飛び出したばかりの女。妖以下の霊力しかないが、何か惹かれたのかワガママで有名な真穂が虜になる相手だ。


 だから、間半は気になって近づいた。錦に来る理由が、小生意気な猫坊主である火坑かきょうの店に足蹴よく通っていると噂では聞いていた。


 なので、間半は彼女が表の菓子店で入った隙をついて、結界を張り問いかけたのだ。すぐに真穂に気づかれてしまったが、知りたいことは十分に知れた。


 くだんのケサランパサランの増殖。その一端に噛んでいたのは、やはりこの女と火坑なのだと。


 幸運の象徴とも言われているケサランパサランは、時に幸福な霊力と妖力を好むとされている。本人達にとっては、栄養剤のようであるらしいがそう多くは得られない。


 だから、妖界隈によく出入りするようになった彼女が猫坊主に想いを寄せているのを察知した、ケサランパサランが楽庵らくあんに寄り添ってしまった。


 その逆も然り。


 なのに、想い合う二人は周囲の気持ちを知らずに、真実を知っているようで知らぬまま。お互いの想いもだ。これを滑稽以外になんと言う。


 だから間半は、気分が良かったので美兎を誘い、今日の支払いをすべて請け負った。もともと懐事情に寂しいものはないし、家などに無鉄砲に侵入するのがぬらりひょんの特徴と言われるがそれだけではない。


 妖の総大将と言われるだけあって、妖達の揉め事などを解決するのに出向き。報酬を受け取る。なので、賃金などは不定期ではあるが潤っているくらいだ。



「唐揚げ、美味しいです!」



 そして、今楽庵で共に食事をしている美兎の表情は生き生きとしている。


 火坑を想うことで、臆病になっていた彼女の表情が一変してとても歓喜の表情でいた。


 一級品ではないが、初めてのふぐ料理を堪能して、とても喜んでいる。この表情を見れただけで、連れてきて良かったと思えた。その笑顔に、肴は足りてるはずなのに杯が進んでいくこといくこと。



「お鍋の時みたいにもちもちしてるんですね!」

「はい。大振りでない子供サイズのふぐの身は、旬になればスーパーでも見かけますよ? なので、家庭でも簡単に鍋や唐揚げを作ることが出来ます」

「……難しいですか?」

「ふふ。毒抜きはされていますから。あとは普通の魚と然程調理に差はありませんよ? 湖沼さんでもきっと出来ます」

「ちょっ、挑戦してみます!」



 それに、二人の会話は何気ないものでも想い合っているのだとわかれば、歯痒さを覚えてしまいそうだ。


 美兎の隣、つまり間半との間に挟まれた真穂の方も、慣れたのか呆れているのか、梅酒をちびちびと飲みながらため息を吐いていた。



「ねーねー、真穂ちゃん?」

「? 何よ、総大将?」

「二人って、いっつもこう?」

「……そうよ。真穂も疲れてきた」

「ふふふ。ケサランパサラン以上に幸福の象徴である君が叶えられないとはねぇ?」

「まったくよ」



 美兎と火坑は話に夢中になっているので、こちらの会話は聞こえていないようだ。


 なので、思い思いに話が出来て幸いだが。なんと言うか、本当に歯痒い。歯痒すぎて、逆にくっつけたくなる。


 そこで、間半はいいことを思いついた。



「では、〆はどうなさいましょう? スッポンかふぐ鍋の残りで雑炊も出来ますが」

「せっかくだから、ふぐ!」

「異議なし!」

「僕もお願いしようか?」



 挑戦チャンスは一度きり。


 美兎と真穂が帰ると言ったあとだ。


 雑炊を堪能してから、が本番だ。


 お腹が膨れて、安心し切った美兎達は間半に礼を言ってから帰っていく。間半本人は、もう少し酒を飲むと言う理由で一人留まる。


 そして、完全に気配が遠のいてから間半が切り出した。



「時に猫坊主」

「はい?」

「たおやかな花を手折らない訳を聞いても?」

「は……?…………え、え!? 総大将どうして!?」

「何。今日お前を見ていてよーくわかった。件のケサランパサラン事情も納得の理由さ?」

「……大王から何か?」

「いいや。幽世あの世は関係ないね? 時折、あのお嬢さんは真穂ちゃんとのことで噂になっていたんだ」

「……そうですか」



 とは言え、今日は語らうだけで終わらせるつもりはない。



「あの子が、どこかの妖の流れをくんでいるんだから。契るのを厭う理由にはならない。それに、一切考えなかったのかい? 彼女が、何故ひと月もこの店に来なかったのか?」

「……お仕事では?」

「いくら、社会人一年目の新人でも。真穂ちゃんのお陰でちょいちょい落ち着いているはずさ? そうじゃなくて、お前を……とは思わないのか?」

「僕……ですか?」



 肝心のところで鈍いのは相変わらずか。とりあえず、順を追って説明することにした。



「ケサランパサランの解決方法はなんだった?」

「……僕が湖沼さんを想う気持ちが溢れかえっているから、と」

「そう。なら、逆は思わなかったのかい?」

「逆……?……………………え、え、え!?」



 やっと理解したのか、火坑はその場でずっこけそうになった。


 少し頭痛がしそうだった間半は更に続けた。



「片方だけでなく、双方の霊力と妖力が溜まればケサランパサランも寄ってくるだけですまない。鏡湖かがみこにも彼女の痕跡はあったからね? だから、閻魔大王の策以上に。解決策はただ一つ」

「……と言いますと?」

「わかってるんなら、ここはいいからさっさと行ってきな!」

「すみません!!」



 何を実行すればいいかわかった火坑は、上着も着ずに料理人の服装のまま店を飛び出して行ったのだった。



「……はあ。燗酒はすっかり温くなってしまったが。解決しそうでよかったよ」



 実は、火坑には少し嘘をついていたのだが。


 閻魔大王からの式神で、こっそり美兎と火坑の仲を取り持ってやってくれないかと頼まれたのだ。


 だから、美兎から探りを入れてこちらに来たわけである。


 うまく行って欲しいものだが、火坑のあの様子ならきっと大丈夫だろう。


 そう、間半は思っておくことにしたのだった。

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