ケサランパサラン弐

第1話 解決出来ていない



 ここは、錦町にしきまちに接する妖との境界。


 ヒトとも接する歓楽街の界隈に、ほんの少し接しているのだが。ヒトから入るには、ある程度の資質を持つ者でしか訪れるのは叶わず。


 たとえばそう、妖が好む霊力があるとすれば。


 元地獄の補佐官だった猫と人のような姿をしている店主の営む小料理屋、『楽庵らくあん』に辿りつけれるかもしれない。







 ケサラ、バサラ


 ケサラ、パサラ


 ケサランパサラン



 あれから幾日も経つが、やはりケサランパサランと呼ばれる綿帽子の妖が楽庵にやってくる。


 振り払ったり、集めたり、他所の妖にお裾分けしにいくが、それでも泉から水が湧き出るように集まってくるばかり。


 願い事を叶えてくれる妖だから、減ってくれるか他所に行ってくれないか願ってはみたものの、うまくはいかなかった。


 元同僚、閻魔大王の第一補佐官である亜条あじょうのように、一応妖術で頑張ってはみたが彼のように瞬時に立ち去る気配はない。


 まだまだ要修行中の身ではあるが、一向に立ち退いてもらわないと、ここのところケサランパサランを目当てにやってくる妖客ばかりで、実質営業妨害だ。


 なんとかしなくては、と思っても、こういう類を相談しように、一度幽世あの世に行かねばならないかもしれない。


 そうすると、せっかく常連となってくれた人間のお客達をガッカリとさせてしまうのだ。


 特に、想いを寄せてしまっている女性、湖沼こぬま美兎みうに。



「…………けど、このまま店を開けられないよりは。よっぽどいいでしょう」



 とりあえず、筆ペンで『しばらく休業します。店先のケサランパサランはお持ち帰り結構です』と、したためて、ケサランパサランを一部払い除けてから扉に貼り付けた。


 そして、今日仕入れた材料で手土産用に、と重箱に入れれるだけの弁当をこさえていく。


 おにぎり、卵焼き、煮付け、唐揚げ、などなどなど。


 元上司、もとい、元主人に会うのは随分と久しぶりだからだ。たしか、火坑かきょうが楽庵を開く以前だったかどうかくらいに前。


 随分と、時が経ったのだな、としみじみ思いながら弁当を仕上げて、後片付けなどをしてから一度自宅に戻った。



「……一度だけ、彼女をここに入れてしまったけど」



 あの時は、座敷童子の真穂まほに盛大に飲まされ過ぎて帰れなくなったからだが。二日酔いもせずに、ただただ眠りこけてしまうだけで済んで良かったが、あの時も真穂に聞かれたことがあったなと少し思い出した。



『随分と、気に入っているのね?』

『……あなたも、では?』

『真穂はこの子の美味しい霊力と、この子のあり方を気に入ったの。火坑は少し違うんじゃないかしら?』

『はあ……?』



 あの時はまだ、意味がわからないでいたが。


 先日、亜条に言われて自覚した気持ちは本当だ。嘘ではない。


 淡いを通り越した、ヒトを恋い慕う気持ちに嘘偽りはない。伴侶を得るなど、猫畜生だった元獄卒時代でもなかったと言うのに。真穂は流石、最強と謳われる妖の一人だ。着眼点が違う。



「……出来るだけ、早い解決をしないと」



 店もだが、閻魔大王が地獄から離れる時間もある。大王は最初の死人と呼ばれた以上に、最初の地獄の責任者。


 充分、神の素質があるため、大神おおかみが向かった出雲の縁結びの宴にも参加されている。一番最後に行く順番とは言え、時間がないのだ。


 ある意味、どうでもいい案件にお仕事を煩わせたくはない。


 火坑は、もう一度楽庵に向かい、戸締りを確認してから。黄泉に通じる裏通路に向かうことにした。



「おう! 火坑の旦那じゃねーか!」

「これは……宝来ほうらいさん」



 裏通路に向かう途中、常連の夢喰いである宝来が声をかけてくれた。貼り紙を見たかはわからないが、一度断っておこうとそちらに向きを変えた。



「ケサランパサランの大量発生で、随分とお困りのようじゃねーかい?」

「お察しの通りです。その……実はその件で一度あの世へ行こうと。自分じゃ対処しきれなくて」

「ま、無理ねぇなあ? あんな吉夢の塊。夢喰い界隈でも推察はしてるが、さっぱりだぜ」

「そうですか……」



 何か手掛かりがあれば、と思ったが世の中そんなに甘くはない。


 宝来には店をしばらくの間閉めると告げると、長い鼻をしゅんと下げた。



「美味い飯が食えねーのは残念だけどよぉ。ま、都合はヒトも妖も関係ねー! けど、なるたけ早く戻ってこいよ? 美兎の嬢ちゃんもきっと落ち込むぜ?」

「こ、ぬまさんが?」

「あれだけ喜んでくれる嬢ちゃんは滅多にいねーだろ? 真穂様に守護につかれちまったが、俺っちにもいつも心を砕いてくれる。ああいう人間は貴重だ」

「……そうですね」



 まさか、火坑が彼女を想ってることがバレたのでは、と冷や汗が背中を伝っていったが、少しほっと出来た。


 だが、息を吐いた後に宝来が火坑の長い脚にポンポンと手で叩いた。



「旦那も、嬢ちゃんに会えなくなるから寂しくなるだろ? 心の欠片問わず」

「ほ、宝来……さん?」

「同じ男だから、でわかるぜぃ? 憎からず、想っているんだろ?」

「!?」



 亜条も、真穂もだが。何故宝来にまでバレてしまっているのだろう。


 そう言えば、その亜条が閻魔大王も見透かしていると言っていたので、地獄に訪れたら盛大にからかわれると予想出来た。


 だが、問題は美兎とのことではないので、火坑は宝来に軽く礼を告げてから裏通路に向かったのだった。

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