第6話 わずかな縁繋ぎ


 間近で見ると、益々美形っぷりが凄い。


 女顔負けの容姿に肌のきめ細やかさ。長い仙人のような髭は少々気になるが、それでも美兎みうにとっては美形の部類とさして変わりない。


 と言うよりも、いきなり近くなったのと呼びかけられた意味がわからない。何か粗相をしてしまったのかと思ったが、こちらに手を差し伸べられてしまい、少しドキドキしてしまう。


 火坑かきょう真穂まほは助けてくれないのかと思っても、妖よりも断然偉い位の神様にだから、手出し出来ないのか。しかし、真穂は瞬間移動した後は文句を言っていたけれど。



「……うむうむ」

「あ、あの……」



 けど、結果はそう大したことではなく。美兎の頭をまるで子供のように優しく撫でただけだった。ちょっと安心はしたが、この神様の行動の意味がよくわからない。



「うむ、良き女子おなごよの。儂のような神や、火坑らのような異形の妖を怖れぬ。誠、良いヒトの子よの?」

「は、はあ……?」

大神おおかみ様。引き留めはそれくらいに。湖沼こぬまさんは明日もお仕事でいらっしゃいますから」

「ふむ、仕方ないのぉ。美兎よ、機会が合えばまた飲もうぞ?」

「か……かしこまり、ました」

「美兎はかしこまらなくていいよ。大神が次来られるのだなんて、神無月が過ぎた後だもん!」

「はは、そうさの」



 特に何もなかったせいか、火坑や真穂も遠慮なく割り込んできた。一応の約束をさせられそうになったが、次の機会まで結構あるのならば、少しほっと出来た。


 あの麗し過ぎる美貌は、ブスとは違う意味で目の毒だ。美兎は火坑が好きなのに、思わずドキドキしてしまうのだから。



「じゃ、美兎。帰りもひとっ飛びで帰ろ? もう終電ないだろうし?」

「え! もうそんな時間!?」

「ふむ。儂も明日からは出雲に立たねばならん。しばらく顔が見れぬが、またの?」

「あ、はい!」

「お気をつけてお帰りください」



 そして、火坑と大神に見送られた美兎達は急いで瞬間移動で自宅に戻り。そのままだった食器とかは適当に片付けてシャワーを浴び、子供の姿の真穂と一緒にベッドで眠ることにした。


 座敷童子の効果というか、契約主と一緒に寝ると気持ちのいい目覚めが出来るらしい。なので、楽庵らくあんに行く日は決まって真穂に来てもらって眠ることにしている。


 また明日も、いい一日になりますように、と思いながら眠りにつくのだった。


 だが、翌朝目覚めてみると、うっかり忘れてたことがあったのだ。



「……今日、はじめての振替休日だった」



 先週は休日出勤だったので、有給はまだ取れない美兎の場合には振替休日が会社で定められている。週末以外ならどこでもいいかと適当に決めたのが今日の木曜日。


 起きて、アラームの後に見えたスケジュール帳のお知らせでやっと思い出した。


 なので、真穂にもクスクスと笑われてしまう。



「なーんだ。急いで帰らなくてもよかったんだー?」

「けど、神様とオールだなんて絶対無理無理! 火坑さんがいても無理!」

「ま。滅多にない機会だしねー? そうだ、美兎。今日一日、お休みなら昼前まで寝直して。その後、妖デパートとかで服とか見ようよ?」

「へ? 服?」

「お金かけるところ、そろそろお菓子以外にもしようよ。真穂が守護についてからずーっと見てるけど。美兎の服って似たり寄ったりだよ?」

「あ、あう……」

「妖デパートは行き来する人間達だっているし、人間用の服もあるよ? ランチとかは真穂が奢ってあげる!」

「え、いいの? お金は?」

「ふふーん。天下無双の座敷童子の一角だよ! 奉納金とかの一部は真穂のポケットマネーなの!」

「そ、そうなんだ……」



 あの大神とはしばらく会うこともなく、いつものように日常が戻るかもしれないが。


 今日もまた、にしきのあの小料理屋に赴けれるのだから、嬉しくないわけがない。


 ならば、とびっきりの可愛らしい服装であの猫人の目に写ろうじゃないか。










 大神は、長らく居座っていた楽庵を後にして、のんびりと雲の移動で尾張の町を後にした。


 ごみごみしい、鬱蒼としたビル街は少し目が疲れるが不思議と嫌ではない。


 世は移り変わりするもの、何もかもが同じではない。


 ヒトのえにしもそう。時折、妖の一端と結ばれることもあるが。それはほんの一握りでしかない。あの湖沼美兎と言う、大神が髪を撫でることで少々の繋ぎを強化してきたのだが。神は縁をいじるだけでつないではいけない。


 なぜなら、無理に繋いだら場合によっては拒絶反応を起こすからだ。それが別れと単純で済めばいいのだが、移り変わりの世ではそれだけで済まない時も多い。



「縁に幸あれ、美兎よ」




 一見優しげで、しかし心に受け入れる隙をあまり与えないあの猫の妖を。どうか、ゆっくりと溶かしてやって欲しい。次に会う時が少し楽しみな大神だった。


 雲は、島根県の出雲へ向かう。

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