第5話 心の欠片『サーモンと筍のクリームパスタ』


 大神おおかみに奢られるなど、神様相手に恐れ多いことなのに。長い髭以外、美兎みうのような人間とほとんど変わりのない見た目。


 雨女や雨男のように眼球が違うわけでもなく、座敷童子の真穂まほともまた違う人間ではない存在。


 そんな大それた存在から、心の欠片を渡されるだけでなく、長い貸し切りにしていた詫びとして奢るとも言われて、美兎はなんとも言えない気持ちになった。


 大神は、まあまあ、などと座れと手招きしたので、恐れ多いが断れる立場ではないからと真穂と一緒に座ることにした。然程、広い店内なので、席はひとつ挟んだ形になったが。



「ふむ。パスタにパルメザンチーズ……そして、何より久しぶりのご来店ですので……ああ、そうですね!」



 白い毛と涼しげな青い瞳が特徴的な店主である、猫人の火坑かきょうは材料を見比べてからまた肉球のない猫の手でぽんと手を叩いた。時々目にするので、それは彼の癖なのかもしれない。


 その可愛らしい癖に、美兎は想いを寄せる側として少し嬉しくなった。


 火坑は、狭い調理場に設置されている冷蔵庫や戸棚をくまなく探して、白くて大きな綺麗に処理された筍、玉ねぎにシャケ。あとは調味料に牛乳などなど。



「クリームパスタですか?」



 美兎が聞くと、火坑は嬉しそうに目を細めてくれた。



「はい。秋らしく生シャケと筍のクリームパスタにしようかと」

「わあ!」

「きのこ入ってると、美兎はダメだもんねー?」

「う……」

「ふむ。ヒトの子の場合は馳走に好き好む部類が分かれるか? よいよい、好きなもので作ってくれぬか?」

「はい」

「お世話、かけます」



 軽く会釈してから、先付けに出されたコンニャクなしの白和えを、これまた美兎のお気に入りである特製の梅酒をちびちび飲みながら待つことにした。


 麺類は、さっき食べていた冷やし中華とかぶるが。火坑の作るものにハズレはないと信じ切っている美兎は、心をときめかせながら待つことにした。


 カウンター席は、厨房と違い少し高低差があるせいかこちらから厨房、火坑の手元はよく見えるのだ。


 それだけ、見せる自信がある腕前だと知っているから。美兎はこの時間も素敵だと思っている。


 具材を切り揃えて、並行して大神の出した乾麺のパスタを湯がき。具材を炒める前に、小麦粉のような粉をボウルに入れて、少しずつ牛乳を加えて混ぜ合わせていく。そこからさらに、調味料を入れていったが市販品ではないのか、美兎には何かわからなかった。



「カルボナーラのように、チーズを入れずに。シンプルに小麦粉と牛乳でとろみをつけるんです」

「へー?」

「おもしろーい!」

「ほう?」



 次に、具材を炒めたらザルでこしながらソースを加えて煮込んでいく。ある程度とろみがついたら、ぴったり茹で上がったパスタを加えて黒胡椒で味を整える。


 軽く、火坑が味見をしたら。三人分の底が深い皿に盛り付けてくれて、さらにさらに、仕上げには美兎から取り出した心の欠片であるパルメザンチーズをおろし金で贅沢にすりおろしていく。



「うむ。見事也」

「美味しそう!」

「ねー?」

湖沼こぬまさん達の分は、パスタの量を少々控えめにしました」

「ありがとうございます!」



 小さな気遣いがとても嬉しくて、大神と一緒に手を合わせてから。出来るだけ行儀良くパスタをフォークに絡めると。



「! 生クリームじゃないのに、ちゃんとクリームパスタです!」

「筍とシャケって合うね? パルメザンチーズもいい仕事してるよ」

「うむ……うむ。やはり、主に頼んで正解だ! しかし……この味付け。どことなく、昆布の旨味を感じるが」

「その通りです、大神様。味付けに昆布茶を使いました。他には、オイスターソースにコンソメですね?」

斯様かようなものか。実に美味だ!」



 そして、冷やを盛大に煽った大神の様は、神様だからか酔った雰囲気が見られない。これが人間と神の違いか、と勝手に思ってしまったが。


 だが、素直に美味しいと、このパスタを食べて思わずにはいられない。濃過ぎず、薄過ぎず。調味料もだが筍の食感とシャケの風味が実に秋らしく心地よい。


 真穂もだが、美兎も。さらに、多めに食べていた大神まであっという間に平らげてしまった。



「ふむ。今日はもう締めにするかの。刻限は夜半に近い。美兎……とやらは明日も仕事があるのだろう?」



 長居していたわけではないが、たしかに今日はプレミアムフライデーとかではない週の真ん中あたりだ。


 真穂も少しは気にしていたらしいが、腰を据えていたので少々忘れていたようだ。


 なら、と火坑は冷蔵庫に入れておいた、美兎の手土産であるわらび餅を器に入れてこちら側に出してくれた。



「冷たくておいひい!」

「ふむ。少し懐かしい感じじゃのぉ? しかも、抹茶とは粋な計らいよ?」

「あ、ありがとうございます……」



 美兎自身が作ったわけじゃないのに、少しこそばゆく感じた。美兎もしっかり味を確かめていると、視線を感じた。


 誰、と思っていると。追った先にいたのは火坑。何故か、とても優しい顔をしていたのだった。


 その表情に、美兎は鼓動が高鳴り、息が荒くなりそうだった。



「……美兎よ」

「は、はひ?」



 けれど、その至福の時間を壊したのは大神だった。


 少し驚いたが、呼ばれたからには答えなければいけないのですぐに振り返った。すると、いつの間にかすぐ隣の席に腰掛けていたので、二重に驚いた。

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