第4話『抹茶レアチーズケーキクレープ』


 朝ご飯をしっかり堪能してから、契約を結ぶべく火坑かきょうと一緒に居間を片付けて広いスペースを作る。


 そして、座敷童子の真穂まほはどこからか取り出した大きな白い布を床に敷いていく。よく見ると、布には達筆で何か描かれているが、逆に達筆過ぎて美兎みうにはなにも読めなかった。



「? 真穂ちゃん、なーにそれ?」



 美兎が聞くと、真穂はにっこりと微笑んでくれた。



「契約だもの。揺るぎがないように、しっかり結びたいからね? ちょっとした準備だよ。美兎、真ん中の円の中に座ってくれる?」

「う、うん」



 妖だから、形式を大事にするのかもしれない。憶測ではあるが、少なからず火坑を含める妖と関わってきたことで、美兎も無関係ではないのだ。


 最初の時とは違い、単純に好きになった相手との交流を深めるのにこのにしき町の界隈に通っていたが。美兎に危険が及ばないように、真穂が手助けをしてくれるのはむしろ有難すぎる。


 その報酬が、霊力以外にも少々美兎の手料理だけでいいだなんて破格の扱いだ。


 円の内側に腰掛けてから、同じく向かいに座った真穂に両手を取られた。




「我が守護。我が誓い。我が願い」



 真穂の手から、腕、肩、頭などの順に光が灯り。美兎にもその光が伝わってくる。



「今ここに開眼せん!!」



 力強い言葉とともに、光が目を開けられないくらい強く輝き出し、美兎は思わず目をつむった。


 そして、小さな手に軽くとんとんと肩を叩かれるまで目を閉じていたら、目を開けても真穂は真穂のままだった。



「……あれ? 特に変わったりしないんだね?」

「繋がりとかのえにしだけだもの。見た目はそう変わらないわ?」

「そうなんだ?」

美作みまさかさん以外に、湖沼こぬまさんも契約おめでとうございます。これで、僕や他の店に行く時も安心して妖界隈に出かけられますよ?」

「は、はい!」



 一番の理由が、火坑の店に通えなくなるのが嫌だからとは、口に出来ない。


 妖、つまりは人間ではない生き物。種族と寿命の違いが大きすぎて、想いを告げられるわけがない。


 それを胸に秘めて、とりあえず家に一度真穂を招くべく、これから帰宅することになったが。契約で思いの外霊力を消費しているらしいので、専用のお茶をいただいた。味は普通に美味しいアイスティーだったが。



「さて。昼間の妖界隈を軽く出歩きませんか? 真穂さんの案内だけですと、お酒ばかりに行きそうですし」

「むー、正解だからとやかく言えないー」

「お昼の、妖のお店ですか?」

「なんてことはないですよ? 僕のように心の欠片を代金に営む店もあれば普通の貨幣を扱う店もあります」

「い、行きたいです!」



 真穂はいるが、好きな相手と出歩くことが出来る。


 それを知ってか知らないか、火坑は絶妙なタイミングで手を差し伸べてくれるのだ。軽く身支度を整えてから、真穂を間に彼女の手をそれぞれ握っていると、なんだか親子のように見られるかもしれない。



「昼間の錦って、お店がほとんど閉まってるイメージですけど」

「人間界の方ではそうでしょうね? ただ、我ら妖の本分は夜半であれ、基本的に昼夜関係ありませんよ? 色々な店が賑わっています」



 ほら、と火坑が指した場所には。朝早いのにクレープ屋がのぼりを上げていた。


 店主は、ポメラニアン犬の顔をした人のような妖だったが、美兎を見てもすぐににこやかに微笑んでくれた。



「おや、お早いお越しで。座敷童子がいなきゃ恋人に見えてましたねぇ?」

「こ、こい!?」

「からかうのもよしてください、珠央たまおさん。こちら、真穂さんと契約なさった湖沼美兎さんです」

「あら、座敷童子の真穂と? これはこれは、サービスしなくちゃねぇ?」

「え、え?」

「うちの代金は現金だけど、トッピングはサービスしますよ? 遠慮なく言ってくださいね?」

「真穂、苺チョコスペシャルの苺ましまし!」

「あいよ!」

「せっかくなので、お代は僕が持ちますよ? 湖沼さんも遠慮せず……」

「い、いいんですか?」

「お祝いですしね? ささ」

「じゃ、じゃあ」



 食事のクレープを避けて、抹茶レアチーズケーキの抹茶クリーム増しで。珠央と言う犬人は快く引き受けてくれて、期待以上のボリュームがあるクレープを作ってくれた。ちなみに、火坑は抹茶と小豆クリームだった。どうやら、個人で食べる分には甘過ぎないのが好きなのは本当らしい。



「おいひー!」

「すっごい! 生地が軽いのにもちもちしてて」



 クレープ発祥とも言われる原宿にも一度だけ行ったことはあるが、ここまでもちもちしていなかった。抹茶クリームもレアチーズケーキとよく合う苦味でいくらでも食べれそうだった。


 真穂もだが、美兎もあれだけ朝食を平らげたのにものの数分でクレープを食べ終えてしまった。



「ごちそうさまー!」

「火坑さん、ごちそうさまでした」

「いえいえ。たまには、なので」



 それから、真穂の茶碗と箸が欲しいと彼女に請われたので妖デパートというのに赴いて色々驚きなどの刺激を得たが。無事に美兎の自宅に向かうときには、妖界隈の端で見送ってくれた。


 そのエスコートのスマートさに、美兎はますます想いを募らせてしまう。



「みーう?」



 自宅に案内して、お茶を淹れるのに真穂に待っててもらっていたら、何故か声をかけられた。



「ん、なーに?」

「お茶、注ぎすぎ」

「え? え、え、あ!」



 冷たい麦茶がコップから溢れて大洪水になってしまっていた。


 慌てて古いバスタオルで拭くと、真穂にはため息を吐かれた。



「美兎、分かり易すぎ。火坑が好きなんでしょ?」

「え、え、え!?」

「クレープ屋よりも前。火坑の店とか家でもずーっとあの人ばっか見てたもん。真穂でもわかるよ?」

「え、え……ごめん」

「なんで謝るの? いいことじゃん?」

「けど……私人間だよ?」

「半分の妖……半妖は結構いるよ? その子孫とかが、美兎みたいな美味しい霊力の持ち主とか言われているくらいだし?」

「い、い……の?」



 火坑にとっては迷惑かもしれないが、想いを告げるのが妖相手でも悪くないだなんて。


 だけど、小心者の美兎にはすぐにだなんて無理無理と思いながら。とりあえず、誕生日は妖にも存在するらしいので、次回の来店の際に聞いてみようかと思ったが。


 なんと、真穂が知っていたのだ。



「火坑は十二月十二日に妖になったんだよ?」

「疑問形?」

「閻魔大王様の補佐官から、現世に降りた特例だしね? 料理人は本人の希望だけど、なんだかんだ、時々閻魔大王様も来るらしいよ?」

「え、閻魔……様」



 あの涼しげな笑顔が似合う猫人は、そう言えば地獄の役人をやっていたのだなと改めて実感したのだった。

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