第3話『しじみの味噌汁』


 それから真穂まほと飲みに飲み明け暮れてしまい、何時に帰ったか記憶になく。気がついたら、自宅に戻ってベッドに寝ていたのだが違和感を感じたのだ。



「……あ、あれ?」



 頭痛に吐き気はないのだが、腹の辺りに違和感を感じたのだ。起き上がって見てみると、幼稚園児くらいの少女が気持ち良さそうに眠っていた。


 親戚の子でもなんでもない、座敷童子の真穂。


 どう言うわけか、美兎みうの自宅についてきてしまったらしい。いや、見た目はともかく、中身は超長寿の妖であるから、彼女に送ってもらったかもしれない。



「あ、あの……真穂、ちゃん?」



 ゆさゆさと、肩辺りを揺さぶると真穂の顔が多少歪んだが、すぐに目を擦って起きてくれた。



「あ、美兎。おはよう」

「お、はよう……。ねぇ、真穂ちゃんが連れて来てくれたの?」

「んー? ここ、火坑かきょうの家だよ?」

「え、え?」



 想いびとの自宅。


 嘘だと見渡しても、たしかに美兎の自宅ではなく、家具の位置やら諸々違っていた。


 美兎の服は昨夜のブラウスやスカートのままだったが、少々シワになってしまっている。おそらく、酔い潰れてわざわざ自分の自宅まで運んでくれたのだろう。


 ものすごく申し訳なさを感じたが、同時にプライベート空間に連れて来てもらえた嬉しさも芽生えてきた。



「頭痛くない? 吐き気は?」

「な、ないよ?」

「ごめんね? 真穂、嬉しくて美兎にたくさん飲ませちゃって」

「う、ううん。私……どれくらい飲んでた?」

「えーと。梅酒ロック三杯に麦焼酎のボトルを真穂と一本空けていろんな飲み方してたね? あと熱燗二本?」

「うっわ……寝落ちただけで済んでよかったぁ」



 最初に火坑と出会った頃のような悪酔いはしてなかったが、結局は火坑へ迷惑をかけたことに変わりない。すると、暖簾のような簾を軽く叩く音が聞こえてきた。



「真穂さん、湖沼こぬまさん。起きましたか?」

「うん」

「あ、はい!」

「おはようございます。ちょうどよかったですね? 朝ごはん出来ましたよ?」

「わーい!」

「え!?」



 わざわざ朝ごはんまで用意してくれた。


 その事実にまた嬉しさと申し訳なさを感じたが、体は正直ですぐに空腹をアピールすべく音を響かせた。そのことに大変な羞恥心を抱いたが、真穂も火坑も気にせずに微笑んでくれるだけだった。


 それがまた居た堪れなさを感じるが、ここは火坑の厚意に甘えておこう。


 一人暮らしらしいのに、きちんとリビングがある彼の自宅は思いの外広々としていた。


 そして、テーブルに乗っていた料理の数々は、朝ご飯にしては贅沢な品ばかり。米、卵焼きに焼きサバ、味噌汁に小松菜らしき青菜のお浸し。


 あまりの香りの洪水に、美兎の胃袋はさらに空腹を訴えかけてきた。



「お代とかは気にせずに。どうぞ、召し上がってください」

「あ、ありがとう……ございます」

「いっただき、まーす!」



 真穂は遠慮せずに食べ始めてしまっている。しかし、その様子だけを見ると外見相応の子供らしさしか見えない。


 昨夜の、時々見せたあの妖艶な雰囲気の欠片もない。


 あれは、いったいなんだったのだろうか。とは言え、ここは火坑の厚意に甘えて、ご飯をいただくしかない。真穂の隣に腰掛けてから、美兎も手を合わせた。



「……あ。しじみの味噌汁」

「ふふ。二日酔いでなくてよかったです。ですが、朝に貝の味噌汁はほっと出来ますしね?」

「は、はい!」



 それと、よくよく見たら火坑の服装も違っていた。人間と同じような夏の服装。ただのTシャツにズボンスタイルだが、猫顔なのに様になっていた。


 また違う一面を見れて、美兎の心は高鳴りを抑えきれなくなるが、食事を味わうことでなんとか誤魔化した。


 焼きサバの焼き加減に塩加減、卵焼きの味は店でいただいたのと同じ味。しじみの味噌汁は体に染み渡っていくようでおかわりしたいくらいだった。



「ねーねー、美兎。昨夜のこと覚えてる?」

「ゆ、昨夜のこと?」



 突然の真穂の質問に、飲んだことかと聞くとそうじゃないと首を横に振られた。



「美兎の守護になるから、時々美兎のご飯食べたいって」

「え……えぇ!?」



 最近会えていない、美作みまさか辰也たつやが契約しているかまいたち三兄弟のように、美兎と真穂が契約するということは。真穂と一緒に暮らすことにならないにしても、多大な迷惑をかけることになるだろう。


 昨夜飲みに飲みまくって承諾したにしても、これはいけないと真帆に向かって手を合わせた。



「ご、ごめん。真穂ちゃん! 昨夜飲んでた記憶以外ほとんど覚えてないの! も、もう契約しちゃった?」

「してないけど。美兎、やっぱり相当酔ってたんだね? けど、この界隈に来るのに美兎みたいに夢喰いとかに好まれる霊力の持ち主だと……真穂みたいな妖と契約した方がいいよ?」

「へ?」

「喰べられないにしても。霊力を好む妖は多いもん。真穂となら、美兎を守ってあげられる」

「た、食べ……?」



 いったいなんのことだ、と首を傾げたら火坑が説明しましょう、と挙手してくれた。



「単身で妖界隈に来られる人間の方々の場合、霊力の質が色々ありますので。特に湖沼さんの場合は夢喰いだけでなく、座敷童子の他にも何件か該当するんですよ。妖はヒトの霊力を糧にする場合もありますからね? だから、昨夜真穂さんがご提案されたのに、湖沼さんは許諾なされてたんですが」

「ほ、ほんとですか!?」

「うん。だから、真穂はいいよーって言ったの」



 今までは、宝来ほうらい吉夢きちむを与えたことで、所謂マーキングをされたせいで他の妖は寄り付きもしなかったが。それも、限界が来ていた。


 真穂と出会ったことで、霊力とマーキングに上書きをされて、多少なりとも喰われていたのだ。だから、このままだと他の大妖怪と呼ばれる高位の妖に目をつけられる可能性があるので、真穂は昨夜提案してくれたらしい。


 しかし、肝心の美兎には記憶がなかったのだった。



「こ、これからも火坑さんのお店に行く時……真穂ちゃんと契約しておいた方がいいんですか?」

「そうですね。お客様に危険な目に遭っていただくのは忍びないですし。何より、大妖怪の一端である真穂さんご自身が望まれているのであれば、湖沼さんのメリットは大きいですよ?」

「お仕事の邪魔とかしないよ? 幸運も適度に抑えるし、美兎の霊力をもらう代わりに真穂は美兎が死ぬ時まで護ってあげるから」

「い、いいの?」

「うん! 対価も、時々美兎の作るご飯食べさせて?」

「それだけで?」

「充分だよ?」



 と言うわけで、結局は真穂と契約を結ぶことになったわけである。

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