第4話 心の欠片『山葵醬油で卵焼き』②
あまりにもひどい仕打ちをしてくる元両親だった男女を、殺してしまったことを悔いているわけではないが。
彼らとは違い、あまりにも優しく接してくれる灯里やその兄分である雨男の
何故、こんなにも優しさに満ち溢れた人達ばかりなのだろうか。
まだ五歳程度の、しかも保育園や幼稚園にも通わせてもらっていなかった灯矢には、他の大人を知らなかったのでわからなかった。
けれど、灯里や燈篭達と過ごしてきて、名前をもらって温かなご飯を食べさせてもらい、常識を教えてもらったことで。逆に、灯里達の役に立ちたいと思ってきた。
だから、妖界隈の大気を吸い、自らも妖の一員になっていくのを燈篭から知らされ、けど母や燈篭のように雨に関連する妖ではないと告げられてショックを受けた。
己は、雨を降らすどころか遠ざけてしまう妖になってしまったのだと。そのことが悲しくて悲しくて、灯里にきちんと打ち明けたら、母もショックを受けたのか灯矢を燈篭に預けて朝には帰ると言い残して出て行ってしまった。
やはり、自分は要らない子供なのでは、と燈篭に包み隠さず話すと。そんなことはない、ただ戸惑っているだけさと言われてしまった。
だけど、まだ納得のいってない灯矢の心を読んだのか、一緒に灯里を探しに行こうと見慣れない妖界隈のあちこちを探して。
ようやく見つけたら、小さな料理屋で灯里も店から出ようとしていたのだった。
母と呼べば、灯里は泣きそうな笑顔で灯矢を抱きしめてくれた。困らせていたことに変わりはないが、受け入れてくれてたことに、灯矢自身も泣きそうになってしまった。
だが、帰ることはなく一緒にご飯を食べようと言うことになり。あとから来た人間の女性と同じく、灯矢自身も心の欠片というものを猫人の男性によって取り出された。
まだ殺した両親が優しかった頃にくれた、小さな小さなくまのぬいぐるみ。
灯里を母と受け止めていても、やはりあの酷い両親から逃げ切れていない証拠だった。
「……心の欠片は魂の記憶を写すもの。そして、僕らの妖気とは別の生きる糧です。僕や灯里さん達に見えてる姿をお見せしましょう」
猫人が手を軽く振るうと、くまのぬいぐるみはもうなく、代わりにあったのは赤い卵だった。
「た……まご?」
「はい。こちらで、先程お伝えしたお料理を作りますね?」
「お願いしますね、
「ここの店主さんは美味しい料理を作ってくれるんだよ?」
「ごはん……」
そう言えば、燈篭と夕飯を食べる前に出てきたので、灯矢の胃袋はペコペコだった。
作る様子も目の前で見せてくれるらしく、先に出されたオレンジジュースを飲みながらじっと見つめることにした。
卵を割って、お箸で混ぜて。
醤油か何かを入れて混ぜて。四角いフライパンみたいなので綺麗な形に巻きながら焼いて。
先に、人間の女性から取り出した『わさび』という茎のような材料を黒い板の上で擦りつけて。
全員分が用意されれば、さあどうぞ、と火坑は灯矢達に出してくれた。
「…………こんな綺麗なの。食べていいの?」
「ええ。灯矢君や皆さんのために、心を込めて調理させていただきました」
灯里や燈篭の目にも似た、黄色の四角い板に見える卵焼き。
スクランブルエッグとかは、灯里や燈篭がよく作ってくれるがこのような形の焼いた卵は初めてだった。
あの両親も作ってくれたかどうだか、覚えはない。
けれど、そんなことより胃袋が限界を告げていたので、子供用の箸を手にする前にいただきますをした。
「わ! 出汁巻とも違うんですけど。味付け醤油じゃなくて、めんつゆですか?」
「ご名答です。あと甘味はみりんですが」
「これにわさびと醤油って、合いそうですね!」
「ふふ。その間にうなぎ作っちゃいますね?」
「お願いします!」
美味しい、もの。
灯里や燈篭は灯矢が食べるのを待っていてくれるのか、にこにこ笑っているだけだった。
なら、とまだ覚えて数ヶ月程度の拙い箸使いで切れ目から卵焼きをつかみ、あつそうな湯気に息を吹きかけてから食べてみた。
「……おい、しい」
柔らかな食感に、優しい味わい。
スクランブルエッグとも違い、噛めば噛むほど醤油じゃない何かしょっぱくも甘い味付けが口いっぱいに広がっていく。
スクランブルのふわふわとも違う、独特なふんわりとした層をほどいていくのが楽しい。全部食べたくなってしまったが、火坑の言ってたわさびと醤油の組み合わせを思い出した。
「……おかーさん。わさびとしょーゆってどう食べればいいの?」
灯里に聞くと、待ってましたと見本を見せてくれた。
「お醤油にわさびを溶かすのもいいけど。卵焼きにちょっとだけ載せてからお醤油につけるのもいいのよ。好きな方でお食べ?」
「うん」
なら、食べやすそうな醤油に直接溶かす方法で。灯矢自身、なんとなくその方が美味しそうだと思って実践してみたら。
口に入れた途端、唐辛子とも違う味にびっくりしてしまった。
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