第2話 心の欠片『カルボナーラ』②
今日も今日とて、
定番となりつつあるスッポンのスープは言うまでもなく。胆汁の水割りや、生き血のポートワイン割りはまだ抵抗感を覚えてしまうが。
「うわぁ……美味しそう!」
今日の代金代わりである『心の欠片』になったベーコンで作ったカルボナーラは、名古屋各地のランチをまだ網羅していない美兎でさえ、顔負けだと思わずにはいられない。
皿とフォークを受けとって、改めて手を合わせた。
「いただきまーす!」
「どうぞ、お召し上がりください」
「いただくでやんす!」
今日出会ったばかりのかまいたちという妖怪の
美兎も、ゆっくりフォークに巻きつけてからひと口。
「美味しいです! ソースが濃厚ですし、ベーコンの塩気も邪魔しない! パスタに絡んで、よく合います!」
「ふふ。お粗末様です。
「けど、こんなにも美味しくなるんですね?」
「うめー!」
卵と、生クリームとベーコンにパルメザンチーズ。
どれもが主張しているのに、お互いを損なわないくらいの味わい。仕上げの黒胡椒もいいアクセントで、舌を休ませてくれる。
水緒もだが、美兎も夢中になって食べていくが。これには先に出してもらった特製の梅酒が合うのでは、とひと口飲もうとしたら。
「……あの、まだ席あります……か?」
美兎が梅酒を飲もうとした時に、来客があった。
それは別段普通のことだが、妖怪ではなく美兎のような人間。しかも、同じ年くらいのサラリーマン男性だった。
「え、ここは……?」
「おう。わてとかが視えてるようだなあ?」
「え!? カワウソが喋った!?」
「わてはかまいたちでやんす!! 動物ならイタチだ!」
「え、え、え?」
美兎は慣れてしまっているが、どうやら望んでこの店と言うより、妖怪との境界線を越えた人間なのかもしれない。と言うことは、水緒はともかく、火坑の姿は人間に視えているのかも。
火坑の場合は、前世が地獄の役人だったらしくまやかしの呪術が色々扱えるので、通常は人間のように視えてしまう。
生鮮市場で有名な、名古屋駅近くの
だからか、今入ってきた男性にはどう視えているのだろうか。
「あの……ここに通わせていただいています。湖沼と言います。私は人間ですが、どうやってこちらに?」
「あ、ご丁寧にどうも……。
「あら」
「迷われたようですね? どうぞ、よければ座りませんか?」
「え、あ、はい……」
美作は狭い店内を少し見渡していたが、空いていた水緒の隣の席に座ると、ちょうど美兎の卓の上にあったものを見て声を上げた。
「ここって、和食よりも洋食メインなんすか?」
カルボナーラが好物なのか目を輝かせていた。
「いえ、基本的には和食ですが。材料が揃っていればなんでも作りますよ? パスタがお好きですか?」
「はい。貧乏学生の時は、腹にたまる理由ででしたが。
「あの、美作さんのお勤め先は?」
「ん? 丸の内です」
「私もです」
けれど、オフィス街でもある名古屋中区界隈で、どの会社どの通りで出会うかもわからない。ひょっとしたら、通り過ぎているかもしれないが。少し興味がわくと彼は火坑に言われて手を差し出していた。
「こう、っすか?」
「ええ。……どうです? 僕は人間に見えますか?」
「へ? え、え、え!? 店長さんが猫!? でか!!」
「ふふふ。ヒトを食べたりはしませんよ? 今美作さんからいただいたこの心の欠片を主食にするのです」
「心、のかけら?」
ちょっと美兎も覗き見ると、ぱっと見はさっき美兎が出したのと同じ、ベーコンの大きな塊だった。
「……へ?」
「美作さんには何に視えますか?」
「……ピンバッジっす。昔無くした」
「そうですか。僕や他のお客様にはこう見えるんですよ?」
「……?」
また火坑が手をベーコンにかざせば、美作は目を丸くするのだった。
「え、ベーコン!?」
「よければ、こちらでカルボナーラをお作りしましょうか?」
「俺が食べてもいいんすか?」
「構いませんとも」
すると、環境の驚きよりも胃袋の限界が近かった彼はすがるように火坑に頼み込むのだった。
「ふーん。おたく、妖に好かれそうな体質のもんに見えんでやんすな?」
とうに、カルボナーラを食べ終えた水緒が、美作を見ながら小さく笑っていた。
「え、あやかし?」
「お前さんらが妖怪とか呼んでいる類の生き物さ。わてもそうやけど、そっちの旦那はちょいと特殊だがねぇ?」
「俺が、えと……」
「水緒さ」
「水緒……さんとかの妖怪に好かれやすい?」
「おう。あんたの周りに、風の妖気を感じる。おそらく、わてとは違う部類のかまいたちに好かれてんだろうなあ?」
美兎の場合は、夢喰いの宝来などに好かれやすいとは初回では言われたのだが。
美作は、かまいたちと聞いても。妖の勉強を始めたばかりの美兎にはまだよくわかっていなかった。
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