第46話嗜虐心のせいだ……
「さて······先輩。次はどこに行きましょうか」
昼食も取り終え、目の前にある流れるプールは午前で満喫しきった俺たち。
ほかにもいろいろなプールがあるのだが、お互いの判断をあおってしまう俺たちはどこに行くか決めあぐねていた。
「う~ん……どこでもいいけど?凪はどこか行きたいとかある?」
このままではずっと決まらない気がして、適当に目に入った、ウォータースライダーに行こうと提案してみたが、先輩は少しだけ不安そうな表情を見せた。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと絶叫系は……」
何かに怖がるような雰囲気を見せた小鳥先輩は俺の嗜虐心を沸き上がらせた。
「そんな怖くないですから行きましょうよ!」
「いやいや!怖いって!!行かない!」
「さっき先輩があのジュースを飲みたいって言うからついて行ってあげたのになぁ……」
正直卑怯だとは思ったが、それくらい俺は恥ずかしい思いをしたんだ。
意地でもウォータースライダーに先輩を連れていきたい。
「うぅ……。いっかい。一回だけだからね!」
「分かりました!!じゃあ早速行きましょう!」
今度は俺が先輩の手を引いてウォータースライダーまで連れていく。
「ちょっ!凪!タイム!!まだ心の準備が……」
先輩の声なんか聞こえていないように俺は一直線に走っていく。
そして長蛇の列の最後尾に並んでも俺は小鳥先輩の手を離さずずっとつかんでいた。
小鳥先輩はまだ怖がっているのか俺の手にぐっと力を入れてくる。
たんだんと理性を取り戻してくると先輩の手の柔らかい感触を否応なく感じさせられてきてしまう。
顔が少しだけ赤くなるのを感じて俺は手を離そうとするが、先輩は相も変わらずに俺の手を強く握っていて、逃れられそうにない。
自分の理性と戦うこと数十分。
ついに長蛇の列の一番前に出て、次が俺たちの番というところまでやってきた。
「じゃあ、先に行ってますね?待ってるんですぐに下りてきてくださいね?」
と、早く降りて来てねという意思を伝えて、俺は長いウォータースライダーの入り口に座り、程なくして滑り始めた。
右往左往しているうちに光の射さなかったウォータースライダーの中から出ていて、大量の水しぶきを上げていた。
顔に着いた水を拭って後ろを振り返ると、ものすごい水しぶきが俺を襲った。
「あはは~!なにこれ~楽し~!」
小鳥先輩とても楽しそうに滑ってきていた。
「先輩……苦手じゃなかったんですか?」
「さっきまではねっ!!なんか滑り始めたら楽しくなっちゃって!あの大きいスライダーも乗りにいこ!!」
一瞬で苦手なものを克服した小鳥先輩はこの施設にもう一つあるとんでもないほど大きいウォータースライダーのある方を指さした。
だいだい地上40Mくらいはありそうなほど長いものだ。
さすがにこのレベルとなると俺も怖くなってくるのだが小鳥先輩は全くそんな様子を見せる感じでもなく、ただ顔に笑顔を浮かべているだけだった。
「いいですよ……」
「それじゃあ、いこー!」と小鳥先輩は張り切った様子であり、実にほほえましいものだ。
そんな感慨を覚えるような年ではないがな……。
こちらは先ほどよりも長い列ができていて待ち時間もそれなりに長そうだが、先輩と話しているとあっという間に時間は過ぎて行くようだ。
やっと乗り場が見えてきたところで何組か前のお客さんを見て、俺はあることに気が付いた。
「先輩……これ二人用じゃないですか……」
「ん?そうだよ?ていうか一番下に書いてあったよ」
気が付かなかった……。
「つまり……?」
「私と凪は一緒に乗るってこと?」
俺は心の中で「いやいやいや!いやいやいや!それまずい!いろいろまずい!」と叫んだ。
「えっと、列から抜けます?」
「え?抜けないけど?」
先輩は無垢な表情をしている。俺が何もしないとでも思っているのだろうか?
……いやまあ、しないし、できないけど。
こう思ってしまっている自分のヘタレさにあきれてくるが、こればかりは仕方がない。だって一歩間違えれば犯罪じゃん。
そんなことを考えているうちに、俺たちの順番が来てしまった。
大きめのビート板のようなものを渡されてそれを敷いて二人で乗るのだが、前か後ろを選ぶ必要があるのだ。
考えてみよう。俺が後ろになるとしたら、とりあえず倫理的にまずい気がする。だって常にあそこが小鳥先輩と布一枚越しの接触状態になるのだ、いつ暴走状態になってもおかしくない。それで変な空気になっても嫌だし……。
という消去法で、俺は前になることを選択した。
「俺が前でもいいですか?」
「うん。いいよ~」
二つ返事で俺の意見を了承してくれた小鳥先輩に少し感謝しつつ、俺は腰を下ろした。
「失礼しまぁす」
耳元で先輩がそう囁くと少しだけ体がびくっとなる。
そして俺を挟むように先輩の足が伸びてきて、そこから小鳥先輩は俺のお腹の前あたりに手を回してきた。
「それでは、行ってらっしゃ~い」というスタッフさんの声とともに俺は鉄の棒から手を離すと、だんだんとスピードが上がっていき風をよく感じた。
ただ、上がっていくスピードなんて俺には大したことのない問題だった。
俺の背中に感じるその柔らかい感触が確かな重みをもって俺の背中に押し付けられていた。ある種、男への暴力だ。でもその感触に俺は幸せを感じざるを得なかった。
これまでに体感したことのないような感触にこの時間が永遠に続けばいいのにと思わせられたが、早く終わってくれとも思わせるものだった。
そして終わりは唐突に。ものすごい勢いが衰えるのを感じるとともに俺たちは太陽の光にさらされた。
よかった……。何とか持ちこたえた……。
「すごい楽しかったね!凪も楽しかったでしょ?」
「は、はい。そうですね!」
正直楽しむ余裕はなかったが、そう答えるしか俺には選択肢が残っていなかった。
「今度は逆で乗ってみよ!!」
逆ってことは……。つまりそういうことだ。
でも断るのも申し訳ないし、正直さっきのが乗り越えられたなら俺はもう大丈夫な気がしてきたので「いいですよ!」と安請け合いしてしまったのだ。
そして前と後ろを入れ替えた二回目のウォータスライダーを終えた時、俺はプールから出られる状況じゃあなかった。
この時にはもう俺の嗜虐心は完全に消え失せてしまっていた。
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