第23話 衣織は心配 〜衣織視点〜
鳴の嘘はすぐに分かる。
あり得ないぐらい言い訳は下手だし、嘘をつくときに右斜上を見る癖がある。
鳴が右斜め上を見たときに言った言葉は、全部嘘だ。
そして今日は右斜上を見て、パパに呼び出されたと言って事務所に向かった。
大量の譜面を持って帰ってきたから、事務所に行っていたのは本当だと思う。
でも、パパに呼び出されたのは嘘だ。
さっきパパに電話したら、パパも明らかに何か隠している様子だった……二人とも音楽の才能はずば抜けているけど、それ以外はどこか抜けている。
鳴は事務所から帰ってきてからずっとギターを弾いている。
食事もとらずに。
パパと一緒だから浮気とかの心配はないと思うけど、鳴の身体が心配だ。あの二人から無茶を省くなんて出来るはずないから……。
——案の定、鳴は徹夜をしたみたいだ。
顔を見れば分かる。
「鳴、身体壊したら元も子もないよ? 程々にしなよ」
「ありがとう衣織、でも大丈夫だよ」
無理に笑顔を作る鳴。頑張っているのは分かるけど、痛々しい。
初デートの時も鳴は、デートプランを練るために毎晩遅くまで頑張っていた。
また私のために頑張ってくれているのだろうか。
——鳴が無茶すると顕著に演奏に表れていたが、今回は違った。
むしろ研ぎ澄まされているような演奏だった。
すごい集中力だ。私も負けていられない。
——凛ちゃんに授業中の様子を聞いても、特に変わったところは無いとのことだった。
学業も部活も家事も彼氏としての役割もきちんと果たしている。
たとえ鳴が無理をしていても怒るに怒れない状況だ。
今回はかなり気合が入っているみたいだ。
夜、励ましてあげようと思って鳴の部屋を尋ねようと思ったのだけど、ドアの前から聞こえてくるギターの音を聞いてやめた。
そっと見守ってあげるのも彼女としての役割だ。
——翌日、鳴の顔は更に酷くなっていた。
二日連続の徹夜……本格的に心配になってきた。
「昨日も遅くまで頑張ってたね」
「え、あ、うん……もしかして、聞こえてた?」
「……ううん、そうじゃないけど」
「衣織……心配かけて、ごめんね。ようやく目処がたったよ」
お……自分から、そんなセリフが言えるようになるなんて……鳴も成長している。
「ねえ衣織……今晩一緒に寝て欲しいんだけど……ダメかな?」
お、おう……いきなり甘えて来るとは予想外だった。でも答えは決まってる。
「いいよ」
「ありがとう」
——鳴は何を必死でそんなに頑張っているのだろうか。
気になって仕方なかったけど、その謎は結衣に話しかけられてすぐに解けた。
「衣織はクリスマス鳴と2人で過ごすの?」
「うん、多分そうなると思う」
「くそーリア充め、ところでプレゼントどうするの?」
あ……それだ。
鳴は私にプレゼントを買うために頑張っているんだ。
きっとパパに直談判して、仕事をもらったんだ。
私のために……。
「あれ? どうしたの衣織?」
「ううん、何でもない……また相談に乗ってよ」
私のために鳴が無茶をするのは、本当は嫌だ。
でも、やっぱり嬉しい。
この矛盾する気持ちは、なんとも表し難い。
……。
違う。
この気持ちを表現しないと……。
この胸がぎゅーっとなる感覚を言葉として、歌詞として表現しないとダメなんだ。
もう、チープなんて言わせないんだから。
鳴のお陰で私も何か掴めそうだ。
——鳴は今日の練習も完璧だった。
きっとこれも私に心配を掛けないための鳴の気遣いなのだろう。
彼女としては、その気持ちを汲むしかない。
——夜、約束通り鳴の部屋を訪ねると、ギターを抱えたまま寝ていた。
これは起こさないと大惨事になるやつだ。
でもその前に、机の上に無造作に置かれていた譜面を見せてもらった。
100曲分ぐらいありそうな譜面に、びっしりと書かれたメモ。
これを、この短期間でやっていたの? 普段の生活を続けながら?
もう……化け物の領域ね。
「鳴、起きて」
「……衣織?」
軽く身体を揺すっただけなのに、鳴はすぐに起きた。
寝不足のはずなのに……きっと緊張状態が、続いていたんだと思う。
「僕ギター……このまま寝てたら危なかったね」
「本当よ」
壁のギターハンガーにギターを掛ける鳴。フラフラだ。
「これ、覚えてたの?」
「うん……明日リハーサルなんだ」
「ひゃーそれで頑張っていたのね」
「父さんなら、1時間ぐらいで暗譜しちゃうらしいよ」
「……それは、異次元ね」
「プロって……やっぱり凄いね」
私からしたら鳴も充分凄い。
「お疲れ様」
私は鳴をそっと抱きしめた。
今の私に出来るのはこれぐらいだ。
しばらくして、すーすーと寝息が聞こえてきた。
本当にお疲れ様。
大好きだよ鳴。
————————
【あとがき】
鳴、お疲れ様!
本作が気になる。応援してやってもいいぞって方は、
★で称えていただけたりフォローや応援コメントを残していただけると非常に嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます