第16話 新婚デート

 いつもと変わらない日常が、同棲をしてがらりと変わった。


 まず、格好だ。


 パンイチで家をうろつく事がなくなった。


 髪もこまめにとかす癖がついた。


 家の中でもある程度、身だしなみに気を使うようになった。


 お風呂上がり、暑い時期はエアコンの前に立ち、一気に体を冷やすなんてことをやっていたが、それも出来なくなる。


 次の暑い時期までに、2人の仲をもっと熱くすれば問題ない。


 なんて妄想も膨らませていた。




 そして……買い物だ。




 ただスーパーに買い物に行く。




 たったこれだけの事が、新婚デートに昇華してしまうのだ。




 学校帰りにカバンを持ったまま。彼女と2人スーパーで買い物。まるでラブコメの主人公だ。


 そして今日は衣織が手料理を振る舞ってくれる。


 めちゃくちゃ楽しみだ。


「今日は何を作ってくれるの?」


「カレーよ」


 カレーか……随分スタンダードだな。


 だが、それがいい!


 なにがだよ!


 心の中で1人でノリツッコミするぐらい浮かれています。


「鳴って、やっぱり甘口?」


 やっぱりって……お子ちゃまってこと? まあそうなんだけど。


「うん……僕も凛も甘口」


「そう、よかった私も甘口なの」


 よかった、お子ちゃまとか言われなくて。


「えーと次は挽肉、挽肉」


 挽肉? カレーに挽肉?


「挽肉って、カレーなんじゃ?」


「そ、カレーよ。鍋で作るカレーじゃないの」


「え、カレーなのに鍋でつくならないの?」


「今日は、挽肉と茄子とほうれん草のカレーよ」


 カレーなのにオシャレなネーミングだ。


「僕そんなの初めてだ」


「美味しいわよ、楽しみにしててね」


「うん」


 味気ない日常のワンシーンだった買い物が、心踊るシーンに変わった。


「ねね鳴、茄子どっちがいいと思う?」


 きたー! こんなシーンまってました!


「うーんと、こっちかな。茄子はヘタの部分の棘がしっかりしてるものが新鮮なんだって」


「ふーん、詳しいのね。愛夏さんに教えてもらった?」


「違うよ! これは自分で調べた!」


ね」


「あ」


 これからは言動にも気をつけないと……。


 まあ、そんなこともありつつ、僕たちは買い物という名の新婚デートを楽しんで家路についた。


 

「「ただいま」」


「おかえり」


 凛はリビングでくつろぎモードだった。凛は変わらずマイペースだ。


「兄貴」


「うん?」


「先にお風呂にする? 飯にする? それとも……ワ・タ・シ」


 凛のセリフに衣織が買い物袋を落とした。


 はぁ———————っ! 


 なんだよそれ! 今までそんな事、言った事なかったよね?


「鳴……」


「はい……」


「あなた、妹にそんなこと言わせてるの?」


 衣織に凄い形相で睨まれて胸ぐらを掴まれた。


「そ、そ、そ、そんなわけないじゃん! 冗談だよ……凛の冗談だよ! な! 凛!」


「衣織さんには黙ってたけど……父ちゃんと母ちゃんが帰ってこないことをいいことに、いつも兄貴にせまられて……」


 おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!


「鳴!」


「ちがっ! 誤解だって!」


「先にご飯にしましょうか」


「へ……」


「同じバンドだったんだよ、凛ちゃんの冗談ぐらいわかるわよ」


「え」


「過剰に反応する鳴が面白かったからノっただけよ。ねー凛ちゃん」


「そうそう」


 したり顔の衣織と凛。僕にとっては心臓に悪い冗談だ。


 


 ——今日は私に任せてなんて衣織は言っていたけど、僕は手伝うことにした。


 いやむしろ手伝いたかった。


 エプロン姿の衣織をソファーに座って眺めているのもいいけど、どうせなら一緒にキッチンに立ち新婚ムードを満喫したい。


「これ超簡単だから手伝うことなんて殆どないのに」


「いやーでも」


「じゃぁ、お米炊いてもらえる?」


「あ、米炊くぐらいなら凛が」


「いや、僕がやる! 凛は座っていてくれ」


「はーい」


 不服そうな表情を浮かべる凛。


 凛が米を炊くとカレーの味が絶対に分からなくなる。いやむしろ3人で病院に直行だ。



 ——本当に手伝うことなんて殆どなかった。


「ねえ鳴、気が散るからあっちで座って待っててくれる?」


 結局僕はエプロン姿の衣織をソファーに座って眺めているだけになった。


 いや、これはこれでやっぱりいい。


 学さんありがとうございます!


 

 ——ご飯が炊きあがると同時に衣織のカレーも仕上がった。


 カレーといえばじっくりコトコトってイメージだったけど、全然違った。


 衣織のカレーは野菜に挽肉のカレーソースがかかっているって感じの、オシャレカレーだった。


「「「いただきます」」」


「うまい!」「美味しい!」


「お口にあってよかった」


 春先には1人だった食卓が、こんなにも賑やかになるなんて考えてもみなかった。


 たったひとつの出会いが、ここまで僕の人生を変えた。



 ありがとう衣織。


 

 ————————


 【あとがき】


 いいですね、新婚デート!


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