仇に咲く、春
零度海
第1話 迷ゐ犬
この街の夏は苛烈だ。
特に地下牢では。
俺は春の方が好きだなあ、とナギはつぶやく。
革命政府はまだ不安定なので、一般の”国民”は未だ旧国家、つまり軍本部の治安維持を信用して、革命政府を信じていない。それをひっくり返そうとして革命政府が始めたのが、とにかく片っ端から地下街のごろつきを逮捕していくという、思いつく限り一番楽な方法だった。
ナギはその被害者、のようなものである。
確かに法に反しているかもしれない。今までもそれなりに喧嘩をしていた。けれどただ、骨董屋が売っていたデカい刀を見て、面白そうだと思って、買って持って帰ろうとしたら、それだけで、捕まった。
「あそこに住んでるやつが全員ギャングだと思ってるんじゃねえだろうな」
決してそうではないのに。
正直に言えば、ナギはうっすら革命政府を応援していたのだ。
そもそも地下街に住んでいる人間というのは、旧国家の高い税に耐え切れずに逃げ出してきた貧困層が多い。今回の革命を起こしたのは、旧国家内部の不満分子とそれに協力した富豪だった。しかしナギをはじめ地下街の住人たちはそんなことを知らないから、あの金の亡者どもが潰されるならどんどんやれ、となる。
ちくしょう、俺はたいして悪くねえぞ。
考えていたら頭が痛くなってきた。ナギは牢の床に寝ころぼうとして、頭をぶつけて、蛙が潰れた時のような声をあげた。
汗が滝のように流れている。
そういえば、郊外ではまた、旧国家の支配地域を略取するための戦闘を始めるという。
それに、この一連のキャンペーンで逮捕しているワル共を使うという噂もある。
廊下を歩く革靴の音が聞こえた。ナギはゆっくり頭をもたげた。
そういえば俺を捕まえたの、きれいなお姉さんだったっけ、と思い出して、期待を持って廊下をうかがった。
......期待通り。
名札を見て、ナギはほくそ笑んで、それからやっと、彼女が自分の前に立ち止まっていることに気づいた。
「俺に何か?」
「今度の作戦から、戦闘に参加してもらう。今日はこれからその説明」
噂は本当だったんだ、と思うより先に、味も素っ気もねえ喋り方をする女だなァ、と浮かんだのに自分で気づいて、ナギはふと笑いを洩らした。
ため息をつく。緊張でも、疲労でもない。
ナギの前にいるその、女神みたいに綺麗な人が、革命政府戦闘部で最高権威をもつ人間だとは思えなかったからだ。
綺麗すぎるな、とナギはもう一度ため息をつく。
切れ長の目に金の長い髪、抜けるように白い肌が黒く薄いシャツによく映える。細い指がデータベースと思しき紙の束をめくり、それから彼女は顔を上げて微笑んだ。
「あなたが、ナギ、でいいのかな?」
ナギはうなずくことしかできない。
「私はスカーレット・ルソー。革命政府制圧担当部最高司令官、です」
微笑みをたたえるその顔が少し歪んで、役職を言うのに詰まった。ナギは勿論、それを見逃さなかったが、深掘りするのも不躾かと思って何も言わずにおいた。
「戦闘には不慣れだろうからいきなり前線に出すのは申し訳ないのだけれど、公式の軍がいるわけではないから人が足りないの。いい刀を持ってるようだから、それを使ってくれて構わない。誰と組むかはなるべく早く伝えるね。今日はとりあえず、やってもらいますっていう確認と、部屋の案内」
スカーレットはそれ以上表情を崩すことなく言い切り、傍らの背の高い部下に目をやった。するとその男はナギの方へ歩み寄り、刀を手渡し、こっち、と小さな声で言って、歩いていく。ナギは小走りでその後を追った。
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