幽霊と知らない間に同居していたので、どうにか成仏させてあげたいと思います

常村 おく

第1話 ただいま

 私の名前は、里山まき。

 公立高校に通う三年生。

 進学の希望は、ここじゃない県の国立大学。

 国立を目指すのは親の負担を考えて、県外にするのは家を出たいから。

 受験生のすることは、とりあえず勉強すること。

 

 そんな夏の初めから始まった私たちの物語。






「ただいま」


 自宅の鍵を開け、薄暗い玄関口であいさつをする。

 誰もいないことは分かっている。返事が返ってこないことも知っていた。

 それでも「ただいま」と言うのだ。

 

「おはようございます」「いただきます」「ありがとう」「さようなら」

 あいさつはしっかり言いましょう。

 そう最初に教えてくれたのは、幼稚園の先生だっただろうか。


 子供の頃は、大人の言うことを守ることが正義だった。守る子は良い子で、守らない子は悪い子。

 私は良い子になろうと努力し、その結果、真面目でつまらない女子高生が出来上がった。


 いや、それは言い過ぎ。

 すぐに大人のせいにするのは、精神年齢が低いというものだ。

 普通は友達がいて、先輩がいて、色々な人から教わったり、経験したりしながら人格形成されるもの。そういう事をしてこなかったことが原因、つまりは自分のせいだ。


 各所の電気をつけてまわる。


 最近は、ずっとこんな時間の帰宅だ。

 図書館でギリギリまで過ごし、川原で水の流れを見たり、本屋で立ち読みしたり、駅前で人間観察したり……。

 父の帰りは前から遅かった。仕事が忙しいからだ。でも、今は違う理由ですごく遅いし、帰らない日もある。

 母は仕事に復帰して一年になる。看護師だ。


 ダイニングテーブルに、一人前の夕食の準備がしてある。後で、チンして食べよう。


 私が高校を卒業したら、両親は離婚するらしい。

 あと、一年。

 父は家を出る準備を始め、母は生活のために働きだした。

 娘に余計な心配をかけないようにと思っているのか、いまだにそのことを言ってこない。

 こっちはとっくに知っているし、卒業まで待つ必要もないと思っている。

 向こうが言ってこないのだから、こちらから言う必要もない。だから、言わない。


 階段を上り、自分の部屋のドアを開けた。


「ただいま」


 返事は返ってこない。でも、迎え入れてくれる子はいる。

 クマのぬいぐるみ。名前はヒロト君。

 そのままベッドに倒れて、抱きかかえた。

 この子が家に来た時は、二人ともよく笑っていたのに。




 川沿いの公園を歩いていた。

 小学生の女の子たちがしゃがんで何かを探している。見るとシロツメクサの群生の上で、白い花があちこちにある。

 四つ葉のクローバー探しでもしているのだろう。

 それで気付いた。

 あのくらいの年頃には私にも友達がいた。

 同じように四つ葉探しをしたことがある。近所に住む仲良しの女の子と二人で。

 あの子がいれば他に友達はいらなかった。それくらい、いつも一緒にいた。

 男の子みたいな服装をよくしていた。野球帽をいつもかぶっていた。でも、とてもかわいい女の子で大好きだった。

 なのに、突然の引っ越しでどうしようもなくさよならをした。

 悲しかった。

 あの子が最初で最後の友達だった。


 靴に何かが当たって、足を止めた。空き缶を蹴飛ばしたようだ。

 小さい子供たちも遊んでいる。空き缶につまづいたりしたら大変だ。

 拾って見回すと、トイレの前にゴミ箱がある。「燃えるもの」「燃えないもの」「缶・ペット」

 この公園は管理がしっかりしているようだ。ゴミ箱を撤去するところも多いのに。

 拾った空き缶を「缶・ペット」に捨てる。

 そのとき、「燃えるもの」の中から黒い光沢物が見えた。

 絹のような、真珠のような感じと言えばいいか……黒い絹も真珠も見たことないけど、そういう高級品ぽいイメージがする。

 手を伸ばそうとして、止めた。

 おいおい、女子高生がゴミ箱をあさるのか? まだ明るい公園のゴミ箱を?


(ごそっ)


 動いた。今、動いた。なに? 怖いんですけど。

 しばらく見つめる。

 変化なし。

 もう一度、手を伸ばす。


(ごそっ)


 動いた。はっきり動いた。

 どうしよう。もう、このまま知らん顔できない。

 この黒い物体がなにか突き止めるまで、帰れません。

 動くってことは動物? 猫? 

 ゴミ箱に猫が落ちた? だれかのいたずら? どちらにしても助けなきゃ。

 

 指先で触れてみる。

 少しツルツルしてる? 猫の毛並みとは違う。

 つまんでみる。少し引っ張ってみる。

 羽毛? たよりなく、抜けそうだ。

 ええい。もう、掴んじゃえ。

 やっぱり、動物だ。肉と骨の感じが伝わってくる。

 ひっぱる。周りのコンビニ袋や紙パックが動く。

 

「えい!」


 なにかの茶色い汁にまみれて、カラスが姿を現した。

 そうか、カラスだったのか。

 別に珍しくもない動物だが、こんなに至近距離で見たのは初めてだった。

 カラスって、こんなにきれいで、大きな鳥だったんだ。

 クチバシに何かくわえている。パン? ハンバーガー?

 なるほど。餌を求めてゴミ箱をあさっていて、出られなくなったのか。

 そこまで確認したところで、カラスが翼を羽ばたかせた。

 手を離す。

 まき散らされた汁とホコリに、目をつぶった。

 気付いたら、もう空を飛んでいた。

 どうやら元気なようだ。弱ってなくて良かった。

 私の頭上を少し回って、夕暮れの空を山の方へ飛んで行く。

 面白い体験だった。

 周りを見る。誰も私を見ていなかった。

 仕方なく、ゴミ箱からこぼれ落ちたものを拾った。





 不思議な夢を見た。

 暗がりに強い光が生まれ、目を背ける。すると、その光が私に話しかけてくるのだ。


「われの使いが世話になった。そなたの望みひとつだけかなえてやろう」

「あなたは誰ですか? 神様?」

「願いはかなえた」

「え? まだ、願い事してませんよ」

「さらばだ。優しき者よ」

「人の話を聞けよ! どこの誰で、何をかなえたって?」

「……」

「無視かよ」


 

 目が覚めた。


 図書館だった。時計を見る。もう閉館時間だった。


 

  

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