第46話 忘れていると思うけどヒロインはテロリスト


 30分後。


 総勢30名の国王派の残党が縛り上げられ、解放軍のメンバーに包囲されながら、宮廷のホールに転がされていた。


「くそぉ! 何故だぁ! 何故我々の奇襲に気が付いたんだぁ!」


 リーダーで元国王補佐官のヒトシが、歯ぎしりをしながら叫んだ。


 俺、オウカ、ナナミ、カナは、一斉にスマホ画面を見せてやった。


「お前らの仲間が密告してくれたんだよバーカ」


 カナが見つけたのを合わせて、四人の自撮り画像と呟きに、ヒトシは愕然とした。


「何をしているのだ貴様らは!?」

「だ、だって、せっかくだから派手にしようと」

「このほうが、成功した後カッコつくと思って」

「フォロワーの人たちに、王政府の時代が戻りますよっていち早く教えたくて」

「演出はドラマチックにって、ヒトシさんも言っていたじゃないですか」

「だからって奇襲前にバラしてどうする!?」


 ダンッ

 仲間割れをするヒトシたちを、オウカはライフルの銃床で床を叩いて黙らせた。


「それで、貴様らの目的はなんだ? もうヨシマロ王は死んだ。我々を打倒し、その後はどうする気だ?」


 見る者を縮み上がらせる、絶対零度の視線と声音。女帝のような威厳は、初対面の時以上だ。


 そばにいる俺さえも、少しドキリとする。


 一方で、ヒトシは邪悪な表情を崩さず、反抗的な声を返してきた。


「ふん、知れたことを。ミイネ姫を担ぎ上げ、王政府を復活させるまでだ」

「なるほど、前に逮捕した別グループもそんなことを言っていたが、それは国王派共通の目的か」

「当然だろう」


 ヒトシの言に、ミイネが口を挟んだ。


「そういうこと。ならもういいわよ。ワタシ、ショウタたちの仲間になったから。ワタシも女王になる気なんてないわ。はい、これで解散、解決ね」


 両手を鳴らして、ミイネはあっけらかんと言うも、ヒトシは喉の奥で笑った。


「くく、馬鹿め! 貴様の意思など関係あるか!」


 縛られているくせに、まるで勝者のように高笑い始めた。


「我々が、本気で国王の意思を継ぐ者だと思っているのか? なんておめでたい女だ! 貴様はただの旗頭、実権を握るのは我々だ!」


 ヒトシの背後に転がるメンバーの数人が、絶望した顔になる。


「そんな、ヒトシさん、それじゃ話が違います!」

「我々で姫を救い出し、この国に秩序を取り戻すって言ったじゃないですか!」


「そんな大義名分を信じるとは、貴様らも同類のアホか。だが、貴様らのようなアホのおかげで、我らの計画は成るわけだがな。見ているがいいオウカ。国王に忠誠を尽くすのが騎士道だと信じる馬鹿な元兵士や、テロ行為は許さないと独善的な正義を振りかざす馬鹿共は何万人もいる! そうした我らの支持者が未来永劫、貴様の首を狙うのだ! ははは、狩る側から狩られる側になった気分はどう――」


 ヒトシの顔面に、ライフルの銃床が叩き込まれた。


 白い歯を飛び散らせながら床に倒れるヒトシを、オウカは害虫を見つけたような目で見下ろした。


「負け惜しみもここまでくると哀れだな」


 その寒烈なる声音に、残党は縮み上がった。


 今回は、俺たちの完全勝利だ。


 けれど、ヒトシの言うことはもっともだ。


 王政府が圧政を布いても、新政府が善政を布いても、テロは許さないという自称正義の味方が、獅子身中の虫として、反政府活動を続けるだろう。


 そうした連中を止めるのは、容易じゃない。


「かまわん。私を誰だと思っている? 国王を殺した女だぞ? 向かう障害は全て駆逐する。私の故国救済計画は、誰にも邪魔させん!」

「はっ、邪魔者は殺すか。まるでヨシマロ王の生き写しだなぁおい!」


 口から血を流しながらも、有頂天になって声を張り上げるヒトシに、オウカは歯を食いしばり、銃口を向けた。ヒトシの顔が凍り付いた。


「よく回る舌だ。まさかとは思うが貴様、自分は死なないとでも思っているのか?」


 まずい!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「仕事を辞めたってどういうことよ!」


 パシクから帰ってきた機長、大機・長二(おおき・ちょうじ)、彼の妻は怒鳴った。


 夫が家に帰るなり、仕事を辞めてきたと言ったのだから、当然だろう。


 しかし、当の長二はどこ吹く風だ。


「そのままの意味だ。私は政府が推し進めるパシクへの人材派遣計画に参加することにした。来週からパシクに引っ越す」

「パシクって、あのテロリスト国家!?」

「お父さん正気なの!? あそこは世界最貧国で1万パシクドルで1円のレートだよ!? あんなところに行くとか頭おかしいんじゃない!?」


「私が私の仕事をどうしようと勝手だろう?」

「フザケないでよ! 貴方は家族を持った男の自覚がないの?」

「貧しい国の人たちを救えるんだからお前らも喜んでくれると思ったんだけどなぁ」


 長二は、どこか楽し気に舌を回した。


 うだつの上がらない夫の豹変振りに、妻は戸惑いながらも激昂した。


「とにかく、すぐにまた別の航空会社に再就職しなさいよ! でないと離婚ですよ! 給料がいいパイロットをやっていることだけがアンタの価値なんだから!」

「そうだよ。あたし発展途上国で暮らすとかやだかんね! 途上国で独りさみしく不便な生活をしたくなかったら考え直してよね!」


「いいぞ」

「「へ?」」


 あっけらかんとした長二の態度に、妻と娘はぽかんと口を開けた。


 二人からすれば、必殺のカードを切ったぐらいの気持ちだったのだ。


「お前らは私の仕事についていきたくないから離婚する。私は構わない。では今から役所まで離婚届を取りに行ってくる。稼ぎ手のいなくなった後の生活はどうぞご勝手に」

「くっ、慰謝料は貰いますからね!」

「浮気じゃないからその義務はないぞ? 法律を知らないのか?」

「で、でもあたしの養育費は払ってよね。あたし、まだ未成年なんだから!」

「払えるわけがないだろ? 1万パシクドルが1円のパシク国だぞ? 私に支払い能力はない」

「ふん、アンタ馬鹿じゃない? 養育費はたとえ相手が無職でも払ってもらえるんだから。法律を知らないのはアンタのほうね」

「どうせお昼の番組の受け売りだろう。それは相手が働けるのに働かない、【潜在稼働力】が認められた場合だ。私は働いても収入が少なすぎるだけだから認められない。法律を勉強しなおせ」

「そ、そんな……」

「ね、ねえお父さん。急にどうしちゃったの? なんで急にこんなこと言いだすの? お父さん、そんな慈善的な人間じゃなかったよね? なんでパシクなんて、地獄みたいな場所に行くの?」


 愕然とする妻と娘に、長二は言ってやる。


「地獄? 私にとってはここが地獄だ。お前らのために毎日働いているのに、お前らは私に感謝するどころかいつも邪魔者扱い。私の給料を使い込み、しかもそれが当然だと思っている。私のことをナメ過ぎだ!」

「ど、怒鳴らないでよアンタ」

「そうだよモラハラだよ!」

「陰で私をゴミオヤジ扱いしているお前らに言われたくない! とにかく、私はもうお前らのATMになる気はない! 今後、自分の使う金は自分で稼ぐんだな!」


「そんな、ま、まってよあなた。謝るから。ごめんなさい。もうあなたをじゃけんに扱わないから行かないで」

「そうだよお父さん。お願い、許して。今までのことは違うの。クラスのみんなも自分の父親を馬鹿にしているから、それであたしもそれに乗っかっただけなの。本当はお父さんのこと大好きだから、信じて」


 だが、長二は二人に背を向け、家を出て行った。

 妻と娘は地団太を踏み泣き叫んだが、今さら後悔しても後の祭りだ。


 一週間後。

 長二は、パシクが買い取ったジャンボジェット機を操縦して、パシクの地に降り立った。


 今日から彼は、パシクのパイロットたちに大型飛行機の操縦を教える、技術指導員として働くことになっている。


 ちなみに、前回白くなった髪は、パシク行きの飛行機の中で、全部黒く戻った。

 そして。

「おかえりなさい、長二さん」

『おかえりなさーい♪』

 柔和なタレ目と温和な声音が魅力的な、絶世の爆乳美女が、多くの美幼女、美少女たちと出迎えてくれた。


「ただいまです。マナさん。みんなも元気にしていたかな?」

「元気だよぉ、パパは?」


 幼女の一人が尋ねると、マナが優しくたしなめる。

「こら、長二さんはパパじゃないでしょ? すいません、この子たち、親がいないので」

「構いません。今日からは、私がみんなのパパだよ」

「まぁ、長二さんたら、ふふ♪」

 長二は、日本では決して見せることのなかった笑顔を浮かべた。


 ——途上国の不便な生活がなんだ。日本の酒も料理もお菓子もいらない。ネットもスポーツ観戦もふかふかのベッドもいらない。先進国の、便利で娯楽とご馳走に溢れた生活よりも大切なものがある。私はこの国で、それを学んだんだ。ありがとうパシク。ありがとう、あの日、ハイジャックしてくれたナナミという名の少女。ありがとう、パシク解放軍リーダーのオウカさん! このご恩は、一生忘れません。


 大機長二4●才。

 彼は今も、そしてこれからも、世界一の幸せ者だった。

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