第33話 加速する誤解
俺が運転するジープにナナミとカナとミイネを乗せて、ナナミの村へ着くと、いつも通り、住民たちが笑顔で出迎えてくれた。
それにしても、俺の運転も上手くなってきたな。
17歳でジープを自由自在に乗り回すようになるとは思わなかった。
日本に帰ったら、クラスメイトに自慢してやろうと思いながら、俺がジープのキーを抜くと、ミイネが車外へ、いの一番に飛び出した。
「みんな! ワタシこそはパシク国王ヨシマロの娘、ミイネ姫よ! 卑劣なテロリスト共に捕まっていたけど、こうして逃げ出してきたわ! さぁ、忠実なる我が臣民たちよ! この不埒ものを捕まえるのよ!」
が、ミキヒコさんやナミカさん、村の人たちは、目が据わって、テンションが絶対零度まで落ち込んだ。
「え? こいつ姫なの?」
「こいつが、あのミイネ姫?」
「つまり……」
刹那、村人全員が、殺意の波動に目覚めて絶叫した。
『積年の恨みぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』
怒涛の勢いでミイネを取り囲みながら、みんな口々に怨嗟を吐き出した。
「うおぉお! 貴様ら王族のせいで俺らがどんな生活を強いられてきたと思っているぅ!」
「虐げられてきたこの数十年! 貴様らを恨まない日は一日たりとてなかったぞぉ!」
「いやぁあああああああああああ!」
みんなが拳を振り上げ、ミイネが涙をほとばしらせながら悲鳴を上げたところで、俺は慌ててみんなの前に立ちはだかった。
「まぁまぁ、悪いのは国王のヨシマロであってミイネが政策を決めているわけじゃないだろ?」
ミイネは俺が日本に帰るキーパーソンだ。ここで殺されては困る。が。
「そいつの誕生日会を開くためにって特別追加税取られたんだぞ!」
「しかも料理用にって牛をタダ同然で買い叩かれたんだ!」
「うっわ、弁護しにくい。いやでもほら、今は不自由な人質暮らししているし」
村の恩人である俺の顔を立てるためか、みんな、唸り声を上げながらも拳を収めてくれた。
釈然としない表情で、村の人たちが散っていく。
ミイネは恐怖で腰砕けになり、生まれたてのバンビよろしく、地面でガクブルしていた。
彼女を立たせるために、しゃがんで肩を貸すとき、こっそり耳打ちした。
「俺は味方だ。逃してやるから安心しろ」
「え?」
震えながら、ミイネはきょとんと顔を上げた。
「俺は日本人だ。あいつらに拉致されて無理やり協力させられているんだ。だから残党のいそうな場所を教えてくれないか? それで合流したら、俺を日本に帰してくれ」
「そ、そうね、そういうことなら、考えてあげてもいいわ」
――よっしゃ、取り入り成功!
俺が心の中でガッツポーズを作ると、小さな子供たちが集まってきた。
「あ、ショウタだ」
「ショウタまた来てくれたのぉ?」
「ぼくらねぇ、リズム4上手くなったんだよぉ」
「いま大ブームなんだから」
ナナミがジープから降りてくる。
「ショウタ、リズム4とはなんなのですか?」
「前に来た時に教えた日本の遊びだよ。この村、子供の遊び道具とか何もないからさ。しりとり、マジカルバナナ、質問クイズ、あっちむいてほい、いっせのーせ、ノット100ゲームとかそういうのを教えたんだよ。一番気に入ったのはリズム4みたいでさ」
「どういう遊びなのですか?」
「ルールは単純。まず、全員に二文字のニックネームを決める。四拍子で手を叩きながら、名前+1~4の数字を言う。言われた人は数字の分だけ自分の名前を言って、次にまた名前+1~4を言う。数字ではなくチェケの場合はヨーチェケラッチョと言うんだ。お前ら、やってみてくれ」
「うん、じゃあ…………」
次の瞬間、少年の目つきが変わった。
「タクから始まるリズムに合わせてヨシ3!」「ヨシヨシヨシミキチェケ!」「ヨーチェケラッチョサナ1!」「サナミキ4!」「ミキミキミキミキヨシチェケ!」「ヨーチェケラッチョ!」
膝を鳴らし手を鳴らし左右に親指を突き出すジェスチャーに合わせて、子供たちは4倍速の超高速四拍子でゲームを繰り広げていく。
四人の子供たちはまばたきを忘れ、薄笑いを浮かべながら徐々に息を乱し、サムライ同士の一騎打ちにも似た、極限の集中力の中で戦う。
そして、タクがしくじり、敗者が決まると、みんなは額の汗を拭い、爽やかな笑みを浮かべた。
「「「「ふー、いい汗かいたぁ」」」」
——俺の知っているリズム4じゃねぇ!
「あ、それとねショウタ、ショウタが教えてくれた動物リズムゲームだけど、ぼく、新しいの考えたよ、イノシシは木に登れなの」
「お、賢いぞ。偉い偉い」
「えへへ、ショウタ、ぼく大人になったらショウタの秘書になってもいいよぉ」
「お前みたいに賢い秘書なら大歓迎だよ」
俺が頭をなででやると、ヨシは目を細めて喜んだ。
「さっきのとは違うのですか?」
「おう。遊び感覚で危険な動物への対処方法を覚えられたらと持ってさ。チェケの時はヨーチェケラッチョって言うみたいに、ハチは『しゃがめ』、クマは『さがれ』、ヘビは『走れ』って感じでな」
「むぅ、悔しいけどわかりやすいのです」
「ふっ、褒めてデレてくれてもいいんだぜ?」
俺は調子に乗って、への字口のナナミの頬をつっついてやる。ナナミは、抵抗もせず睨み返してくるばかりだった。かわいい。
「あとね、ショウタが教えてくれた将棋も大人の間で流行っているんだ」
ミイネが眉根を寄せた。
「名前は聞いたことあるけど、なんだっけそれ?」
「えっとね、王様を殺したほうが勝ちになるやつ」
「言い方ぁ!」
「王様を、やっぱり貴方は反王政派の人間! ワタシを騙す気だったのね!」
「ちげぇえよ! 将棋っていうのはだなぁ!」
「何を今さら、ショウタ殿は我々の仲間であります!」
「カナは黙っていろ!」
「ほらショウタ、早くミカン畑へ行くのですよ」
「あ、待って、誤解を、せめて誤解を解かせてぇ!」
「ミイネ、貴様もキビキビ歩くであります」
「ちょっと、ライフル向けないでよ。それとショウタ、後で覚えていなさいよ!」
ミイネに思い切り警戒されたまま、俺はナナミに首根っこをつかまれ、引きずられるのだった。
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