第16話 こんな異世界転移がしたかった……


 22世紀。

 その夜、とある一軒家のリビングで、一人の老婆は、孫に絵本を読み聞かせていた。

 膝の上に、まるでお人形さんのようにちょこんと座る孫の前に絵本を開いて、老婆は優しい声で本のタイトルを口にした。


「ぼくはだいとうりょう。みんなの学校にも公園にも、男の子の像がありますね。これは、その男の子のお話です。むかし、パシクはとても貧しい国でした。悪い王様が、みんなからお金や食べ物をとりあげていたからです。でもあるとき、海の向こうの国から、ひとりの男の子がやって来ました。彼は貧しい人たちを助けるために、王様の代わりに、大統領になりました。大統領とは、王様ではないけれど、王様のように国のことを決める人のことです」

「それって、おばあちゃんと遊んでいる公園にもあるあの男の子?」

「そうだよ。あの男の子だよ」

 

 孫娘の問いかけに頷いてから、老婆はページをめくった。


「大統領は、お腹をすかせた人たちのために、たくさん畑を作りました。体が汚れた人たちのために石鹸を作りました。お金のない人たちのために、他の国と色々なものを売り買いしてお金を稼ぎました。悪いことをした人たちにも仕事を与えて、みんなのために働いてもらって、反省してもらいました。大統領は、みんなのためにいっぱい働きました。おじいちゃんになっても働き続けました。だからみんな、大統領のことが大好きでした。みんなは大統領に聞きました。『どうして、大統領はわたしたちのために、そんなに働いてくれるの?』すると大統領は言いました」

 

 老婆の顔に陰が落ちて、絵本の文章を読み上げる声が湿り気を帯びた。


「『大統領はね、国に住んでいるみんなのお父さんなんだ。子供が泣いていたら、助けてあげるのが親だろ?』みんなは聞き返します『ではなぜ、あなたはわたしたちの大統領になってくれたんですか?』大統領は言いました」


『だって、泣いている人には親が必要じゃないか』


 老婆が絵本を閉じると、孫娘は言った。


「あの公園の男の子って優しいんだね」

「うん、すごく優しい人だったよ」

「おばあちゃん、会ったことあるの?」

「あるよ。おばあちゃんが会ったのは50年以上前で、その時には男の子じゃなくておじいちゃんだったけどね。転んだおばあちゃんを抱き起こして、アメをくれたんだよ」

「優しいね」

「そうだね、本当に、優しくて、立派な人だったよ……」


 老婆は、思い出を抱きしめるように、閉じた絵本の表紙をなでた。


 ただの少年が、一国の大統領となり、国民を救う。

 一体、どのような経緯と志があればそのようなことが可能なのか。

 どれほどの高潔な魂と気高い精神があれば成し得るのか。

 きっと彼は、生まれながらに黄金の魂を持った聖者なのだろう。


 老婆はそう思い、幼い日に参列した、大統領の葬儀に思いを馳せた。



   ◆◆◆   ◆◆◆   ◆◆◆   ◆◆◆   ◆◆◆   ◆◆◆



 国境に迫るエンシェントドラゴンを倒して帰ると、王都では俺の凱旋を心待ちにしている国民たちが大通りを埋め尽くしていた。


 国中の人々が俺を褒めたたえ、美女たちが黄色い悲鳴を上げ、誰もがもろ手を挙げて俺を歓迎していた。


「翔太殿がエンシェントドラゴンを倒し、この国を救ったぞ!」

「さすがはレベル100のSランク冒険者様だ!」

「フェンリル、フェニックス、白虎、ホーリードラゴンを従える漆黒の双剣士翔太様カッコイイ!」

「キャーステキー!」

「イケメーン!」

「ダイテー!」

「でも駄目よ、翔太様には同じ冒険者パーティーでハイエルフのお姫様と竜人属のお姫様、それに女神族の仲間がいるのだから!」


 みんなが俺の功績を讃えるけれど、俺にはその自覚が無かった。


 何せ、この世界に転移したときのギフトで、全ステータスカンスト、全魔法&スキル習得のチートを貰っているのだから。


 そうして王城へと招かれると、今度は謁見の間で、王族の人々が俺の功績を讃えてくれた。


「Sランク冒険者高橋翔太よ、この度のドラゴン征伐、大儀であった。それと、貴殿にお礼を言いたい者が集まっている」


 農林水産大臣が、

「翔太様の教えてくれた堆肥とノーフォーク農法のおかげで、餓死者がいなくなりました。ありがとうございます!」


 産業大臣が、

「翔太様が発明した蒸気機関、自転車、サスペンション付きの馬車、プラスネジ、他にも数多くの発明品のおかげで国民の生活は潤っております。貴方こそ科学の申し子です!」


 防衛大臣が、

「火薬と火縄銃は戦いを一変させた。ただの農民も銃があれば魔族を殺せる。銃のおかげで魔王軍との戦いは有利に進められている。もう騎士の時代は終わりです。私も、ようやく剣を捨てられます」

「いえいえ、俺なんて大したことはしていませんよ」


 謙遜する俺に、国王は興奮気味に言った。


「翔太殿、是非とも我が娘を嫁に貰ってくれ。そして、わたしの跡を継ぎ、この国の王になってくれ!」


 すると、俺の周りにいたヒロインたちが、次々俺に抱き着いてきた。


「いやぁん、翔太は私のなのぉ!」

「待て、翔太は我が伴侶となるのだ!」

「ふふふ、モテモテね翔太。じゃあ、みんなで翔太のお嫁さんになっちゃいましょうか?」


 ハイエルフ、竜人、女神、三タイプの美少女が、大きな胸を俺に圧しつけながら、左右背後から抱き着いてくる。


 あぁ、やっぱり異世界転移は最高だ。


 チート能力で活躍して、現代知識で無双して、美少女てんこもりのハーレムライフ。これぞ【チーレム】。まさに【異世界転移ライフ】。


 俺はこの異世界で、一生おもしろおかしく幸せに暮らすんだ!



   ◆



 という夢から覚めた。


 目を開ければ、そこは宮廷で俺にあてがわれた部屋だった。


 隣に、俺の護衛としてベッドを共にするよう、オウカに命令されたナナミが眠っていた。


 ちなみに、ナナミの足裏は、俺の顔面を蹴り飛ばしている。鼻と唇が痛い。


 ——こいつ寝相わりぃ……。


 何かがおかしい。

 転移した。

 宮廷で暮らしている。

 美少女と同じベッドで寝ている。

 現代知識チートもしている。

 なのに、なんでこんなにも悲しいんだろう。


 決まっている。

 ここはファンタジー世界じゃなくてただ不便で漫画とゲームが無ければスナック菓子もコーラも無い発展途上国。

 宮廷とは言ってもクーデター軍の巣窟。

 美少女とは名ばかりのトリガーハッピー暴力女。

 転移は転移でも、似て非なるモノなのだ。


 せめて、巨乳美少女のナナミや豊乳美女のオウカ、銀髪でスタイルも素晴らしいカナが俺にデレデレで、毎日嬉し恥ずかしいエロハプ展開があれば、我慢もできる。


 でも違うからな。

 こいつらそろいもそろって美女美少女だらけなのにそろいもそろって残念だからな。あらゆる美点をマイナスにする欠点しかないからな。


 その上、先日、俺のことをこの国の大臣に任命してきた。


 今では毎日、いつテロリストの仲間として日本で報道されるかヒヤヒヤしながら過ごしている。


「あぁ、早く日本に帰りたい……」


 とりあえず、俺の顔に押し付けられているナナミの足をどけようと、彼女の足首をつかんだ。


 刹那、ナナミのまぶたがぱちっと開いた。


 金色の瞳が、俺の顔、手、自分の足首の三点を行き交い、ナナミは叫んだ。


「いやぁあああああああ! 初めてを奪われるぅうううううう! 私の足をつかんで下半身を強引に開かせて何をどうしようと言うのですかぁ!?」

「ファーストキスがテメェの足の裏だった俺に言うセリフじゃねぇだろ!」

「わけのわからない言い訳をしないでください。撃ち殺しますよ!」

「だから銃を抜くな向けるな、今、暴発したら俺死ぬから!」


 あぁああああああああああああ早く日本に帰りたいぃいいいいいい!


 ズキューン!

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