第15話 日本に帰りたぁあああああい!


 翌日から、囚人たちは各地の村でわき目も振らず働いた。


 家畜小屋の土を根こそぎ掘り返して土山を作り、肥料と混ぜ合わせ、石灰の使い過ぎを含め痩せた畑の土を家畜小屋に運び込んだ。


 全てはビールのため、休憩時間も惜しんで目を血走らせ、奇声を発しながら彼らは働いた。


 視察の時に目にした姿はまるで、バーサーカーのようだった。


 普段ビールなんて飲めない彼らは誰も逃げ出さなかった。


 村に迷惑をかけたら即刻懲罰房送りの上、三か月ビール無しと言っておいたので、不埒な真似をする輩もいなかった。


 結果。

 家畜小屋の土を運んで肥料と混ぜる堆肥作業。

 痩せた畑の土を堆肥と入れ替える客土作業。

 この二大重労働は、飛躍的に進んだ。


 おかげで村人は井戸掘り作業に集中することができて、井戸も次々完成し、水汲みポンプを取りつけまくっている。


 破竹の勢いで土壌改善作業を進める囚人たちの勢いは止まらず、国中から新政府に感謝の言葉が届くようになった。




 そして7月中旬。

 いつものように、俺とナナミが彼女の村へ行くと、みんなが笑顔で出迎えてくれた。


「見てくださいショウタさん! 三つ葉、ネギ、ほうれん草、小松菜、ミニトマトがこんなにたくさん採れましたよ」


 ナナミママのナミカさんが、カゴいっぱいの野菜を抱えて、嬉しそうに差し出してくれた。


 その隣で、ナナミパパのミキヒコさんも、鼻息荒くガッツポーズを取る。


「ルッコラとラディッシュ、リーフレタス、ピーマンとキュウリもじきに収穫できます。それに井戸水と石鹸で手や体を洗うようになってから、熱を出す奴がとんと減りまして、これもショウタさんのお陰ですよ」

「いや、それ程でも」


 ナミカさんから野菜を受け取りつつ、俺は頬をかいた。


 他の村人も、口々に俺へのお礼を言ってくれる。


 まるで異世界転移ラノベみたいな展開だけど、たぶん、本当に凄いのはみんなだろう。


 俺は、五年がかりで最強の異世界転移計画書を作り上げた。でも、心のどこかでは気づいていた。

 机上の空論だと。



 事実、上総掘りのやぐらは、大工さんの想像力が無いと完成しなかった。


 客土も、村の近くに山も森もなく、堆肥を用意できたのは、たまたま馬糞を道の脇に捨てる習慣があったからだ。


 ゴボウやワカメが大量にあるというラッキーがなければ、喫緊の食糧問題は解決できなかった。


 異世界転移作品の中には、現代知識チートしようとしたら全然うまくいかなくって、という内容の作品もある。


 きっと、それが現実だろう。




 なのに、この村の人たちは、俺の素人知識だけで、上総掘りによる井戸掘りも、堆肥作りと客土による農業改革も、一度で成功させた。


 確かに、俺が植えるよう指示した作物は、どれも生育が楽なものばかりだ。


 それでも、初めて育てる作物をいきなり成功させたのは凄い。


 きっと、長年の農業経験値が生きているんだろう。


 異世界転移して現代知識チートしたい、なんて思っていた過去の自分を恥ずかしく思うと同時に、この国の人たちのおかげで、計画が成功したことが、素直に嬉しくもあった。


「ほらナナミ、ミニトマト」


 そっと、ひとつ手に取り彼女へ手渡す。

 ナナミは口に入れると、はにかむように頬を染めた。


「おいしいです」

「よかった」


 彼女のプチデレというか、ミニデレを引き出せたことに達成感を感じながら、俺も笑った。


 この国には、拉致されて無理やり連れてこられた。


 今回の成功で、俺は近いうちに、日本に帰れるだろう。


 でも、その前に良い思い出ができたと、自然と安堵する。


 俺をそんな気持ちにさせるくらい、村の人たちの笑顔は純粋で、そして魅力的だった。


 照れ臭いのか、ナナミは恥じるようにうつむいている。



   ◆



 宮廷に帰ると、執務室へ向かう廊下を歩きながら、俺は上機嫌に舌を回した。


「堆肥と客土で食料問題解決。井戸水と石鹸で衛生問題解決。囚人たちをビールで働かせることで労働力不足問題と囚人の管理問題も解決。これでオウカも俺を日本に返してくれるだろ」

「…………」

「ん、どうしたナナミ?」


 足を止めると、俺は後ろを歩くナナミに振り返った。


 帰りの車内でも、そして今も、彼女は一言も話さない。


 うつむく彼女の顔を覗き込もうとすると、急に頭を下げて叫んだ。


「今まで失礼な態度を取ってすいませんでした!」

「へ?」


 深く頭を下げるナナミは、そのままの姿勢で、自分を責めるように話し出した。


「私は、貴方のことが妬ましかったのです。同じ人間なのに、日本に生まれただけで、この人はなんの苦労もなく、安全で水にも食べ物にも困らない、恵まれた人生を送っているんだ。そう思ったら、悔しくて仕方なかったんです」


 ——あぁ、そういうことだったのか。


 その気持ちは、俺にもわかる。


 俺も、ナナミと同じことを思ったことがある。


 お金持ちの家に生まれたイケメンモテモテ男子や、テレビに出演する最年少の超天才●●少年。


 そこまでいかなくても、いわゆるクラスカーストの1軍と3軍の生徒だって、扱いはだいぶ違う。


 何度も思った。

 同じ日本に生まれた同じ高校生で、どうしてこんなにも違うんだろう。


 世の中はなんて不平等なんだ、と。

 俺も、他人を妬んで羨んで、酷い時には憎くも思った。


 そう考えると、ナナミの態度を責め切れなくなってくる。


 ナナミは、涙交じりの声で懺悔を続けた。


「なのに、ショウタは私たちのために、畑を良くして、井戸を通して、石鹸を作って、私の村を救ってくれました。それに、囚人たちを脅すことなく、あんなに上手に従わせて、ショウタはすっごくすごい人だと思います。ショウタが家に帰れるよう、私から姉様を説得するので、どうか許してください」


 ナナミの声は真に迫るものがあり、彼女の本音であることがわかる。


 それに、彼女の気持ちには共感できる。


「気にしてないから顔を上げろよ」


 俺を拉致したことは、到底許せるものじゃない。


 けれど、そのおかげで村の人たちに感謝されたし、滅多にない経験ができた。


 なんて、改革が成功したから言えることなのかもしれないけど、もう、俺を拉致したナナミにどうこう言う気持ちは薄れていた。


 彼女の事情を知れば、なおさらだ。


「許して、くれるのですか?」


 不安げな表情を上げるナナミに、俺は優しく語り掛けた。


「銃で脅したことは許すよ。けど、拉致ったことを許すのは日本に帰ってからな」

「はいっ」


 俺の言葉を聞いて、ナナミは明るく笑ってくれた。

 それだけで、拉致ったことも許してあげたくなる。

 本当に、顔だけは超絶可愛い奴である。

 そこへ、威厳のある声が聞こえてきた。




「戻ったか。村の様子はどうだった?」


 背後からの声に振り返ると、大統領らしく、灰色のスーツに身を包んだオウカが、力強い足取りで近づいてくる。


「ナナミの村は新しい作物の収穫に成功していたぞ」

「ほう、それは素晴らしい。今までご苦労だったなショウタ。貴君のおかげで食料、衛生、労働力、囚人管理の問題がひと月で解決した。それに、汚染された土壌でも、麻とソバがみるみる育っていると聞く」


「姉様、ショウタも頑張ってくれたことですし、ショウタの処遇についてご相談が」


 ナナミの提案に、オウカも快く頷いた。


「うむ、それは私も考えていた。ショウタには、何か褒美を与えねばな」


 ——ついにキタ!


 頭の中で、ファンファーレが鳴り響く。


「じゃ、じゃあ俺を日本に返し――」

「貴君を正式に! 農林水産大臣と環境大臣に任命する!」

「…………へあ? ……ええぇえええええええええええええええ!?」


 驚愕が限界点を突破して、俺は絶叫した。


「いやいやいや、俺の先進国知識はもう全部伝え終わっているから。これ以上は役に立てねぇよ!」

「何を言っている。この一か月の間に貴君が作った書類はどれも見やすく解り易く、この中の誰よりも働いていたではないか。もう貴君はなくてはならない人材だ」

 ――バカバカ俺のバカ。生真面目! 勤勉! 几帳面! 日本人!


 オウカが俺の肩をわしづかみ、ぐっと親指を立ててくる。


「やったな、これで貴君も一国の大臣だぞ!」

「いやいやいや、それよりも俺、日本に帰りたいんだけど!」

「はっはっはっ、そう遠慮するな。学生より一国の大臣の方がいいだろ。まったく、日本人は謙虚で奥ゆかしいにも程がある。だが、謙虚な男、私は好きだぞ」


 オウカのウィンクが、死神の鎌となって俺に絶望の一撃を叩き込んでくる。


 ――大臣て、ようするにテロリストの国盗りの片棒担げってことじゃねぇか!


 そんなのは死んでもゴメンだ。


「ナナミ、お前からも言ってやってくれ!」

「ぐっ、姉様の寵愛を受けるとは猪口才な! ショウタ、貴方には負けませんよ! 姉様のお気に入りの座は私のものです!」

「お前はどこで張り合っているんだよ!」

「さぁ、貴君も共に理想の国家を作ろうではないか!」

「いやぁああああああああああああああああ!」

「はっはっはっ、泣くほど嬉しいか」


 こうして、俺の人生は獣道も同然の隘路へ迷い込むのだった。日本に帰りたい。

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