第8話 異世界、じゃなくて途上国農業無双
村の人たちが集まる時に使う集会所の一室で、俺は上総掘りの図面を引いていた。
とは言っても、高校生に過ぎない俺に、精密な図面なんて引けない。
けれど、流石は普段から大工仕事をしている人たちだ。
俺が口で、身振り手振りで仕組みを説明すると、理解して、新たに自分たちで図面の清書をしてくれた。
「こうやって木造のやぐらを組んで、こっちに人間が入れるぐらい大きな踏み車を作ります。で、やぐらから吊るした竹の先端に取り付けた掘鉄管を落とします。すると管の中に土が入るので、菅を引き上げて中の土を吐き出せば、掘削が進みます。穴が深くなるほど引き上げが困難になりますが、こっちの踏み車の中で人間が歩いてハツカネズミみたいに車を回すと、竹管を巻き上げられるようになっています」
「なるほど、こんな方法があったのか」
「そうなるとここの仕組みはこんな感じかな?」
「はい、そうです、絵、上手いですね」
「まぁな、それで掘るのに人手はどれぐらいいるんだ?」
「一度に運用する人間は5人から6人。土質にもよりますが、直径15センチの穴を一日数メートルずつ掘れます」
「ショウタ」
窓をノックされて顔を上げると、ナナミが部屋を覗いていた。
「ナナミ、そっちはどうなった?」
「ショウタに言われた作業は終わりました。次はどうするのですか?」
「よし、【ソレ】は24時間待たないといけないから、明日まで放置してくれ。あと、みんなは広場に集まっているか?」
「言われた通り集めましたよ」
「オーケー、ちょっと待ってろよ。じゃあ皆さん、やぐらのほうはお願いします」
大工の人たちに断りを入れてから、俺は外に出た。
広場には、村で農業に従事しているらしい人たちが集まっていた。
みんな、期待に満ちた顔で、俺のことを噂し合っていた。
その中で、一組の男女が挨拶をしてきた。
「あんたが娘の仲間か?」
「どうも、娘がお世話になっています」
一人は日焼けした、ガタイのいい男で、かたわらに立つ女性は色白で華奢な体の美人さんだった。
「うちのパパとママなのです」
「あ、どうも、日本から来ました、高橋翔太です」
――この二人がナナミの両親か。発展途上国の女性は結婚と出産が早いと聞くけど、本当に若いな。あと、胸は遺伝じゃないんだな。
ナナミの母親は細身で美人だけど、とても上品なおっぱいをしていた。
「こちらこそどうも、ナナミの父親のミキヒコです」
「ナナミの母親のナミカです。わざわざ日本からありがとうございます」
——え? ミキヒコにナミカ?
「あの、なんでみんな日本人みたいな名前なんですか?」
ミキヒコさんが、腕を組んで答えた。
「祖父の話だと、戦時中、パシクは日本領だったそうです。その頃から日本風の名前が流行ったとか」
「へー、それで、お爺さんのお名前は?」
「ゴルゴゼクスです!」
——どこのラスボスだよ!?
「ショウタさん、今日は先進国の最新農業を教えてくれるそうですね。期待していますよ」
ナミカさんの笑顔に、ちょっと気圧された。
——少しプレッシャーだな。これで俺の計画が机上の空論で、実際にやったら全然だめでした、じゃ話にならないぞ。
気を引き締めながらナナミの隣に立って、俺は村の人たちに問いかけた。
「集まってくれてありがとうございます。では、これから皆さんに肥料についてお話を聞きたいと思います。この村では、肥料に何を使っていますか?」
俺の問いに、ミキヒコさんが答えた。
「牛糞ですね。この村は昔から牛を飼っているんで」
「う~ん、牛糞は土をやわらかくする効果はあっても栄養成分が少ないから肥料としてはいまひとつなんですよね」
え、そうなの? とばかりに、みんなは目を丸くした。
「作物の生育に必要な成分はチッ素と」
そこで、俺は一度口をつぐんだ。
――科学的な専門用語は、話をわかりにくくするだけだ。ここは、情報の伝達スピードを優先しよう。
説明の仕方を思い直して、口を開いた。
「作物の成長を早めるには魚、特にイワシが最適です。あと海藻は根っこを強くしてくれるので、根菜類には特に効きます。作物を甘くおいしくするなら鶏糞と米糠が最高ですね。あと馬糞は、三つすべてに少しずつ効果があるので、積極的に使ってください」
ナナミが憤慨した。
「貴方はバカですか! 魚を買うお金なんてあるわけがないでしょう! だいいち魚があったら食べますよ。あれですか、貴方はパンが無ければケーキを食べればいいじゃないとか言う人間ですか!? これだから先進国のお坊ちゃまは困るのです」
「魚の皮とか骨とか内臓とか残飯でいいんだよ。それに、そっちはこれから俺が調達してくるから安心しろ」
親の前だからか、二人称がお前から貴方に変わって、拳銃も抜こうとして引っ込めた。
――ナナミは実家だとおとなしいなぁ。
「ていうか、この村、牛飼っているんだよな? 馬と鶏も見たし、家畜がいるならこの村って比較的裕福なんじゃないのか?」
ナナミが渋い表情を浮かべる。
「家畜を飼っているから裕福ってなんですか? 卵と牛乳の売上はありますけど、家畜のエサ代や飼育代で大半が消えるんですよ」
「そうなのか?」
どうやら、先進国のソレとは違い、非効率的な昔ながらの畜産では、そこまで儲からないらしい。
「そんなことも知らないなんて、本当に貴方の言う通りにして大丈夫なのですか?」
ナナミから浴びせられる疑いの眼差しに気圧されて、俺はちょっと狼狽えた。
「し、心配すんなよ。じゃ、次は堆肥について説明するぞ」
「堆肥?」
ナナミにうなずいてから、俺はみんなに語り掛けた。
「ああ。というわけで、これから俺らは【魚の残飯】【海藻】【鶏糞か米糠】【馬糞】の産地と農村の間で流通網を作っていきたいと思います。ですが、これらの肥料を直接畑に撒くと高い効果を得られないので、皆さんには堆肥を作ってもらいます」
みんな、隣近所で顔を見合わせて、不思議そうに首を傾げた。
会議室でも確認したけど、この国には堆肥が普及していないらしい。
「堆肥っていうのは、肥料が完全に土に還り終わった後の土だ。これが作物には最高なんだ。作り方は単純だ。肥料を土に混ぜて月1で混ぜるだけ。カビ臭くなくなったら完成だ」
「それにはどれぐらいかかるのですか?」
「四か月かな」
「う、けっこうかかるのですね。今から作っても完成するのは10月。そこから種まきをして収穫まで考えると……」
「いや、堆肥なら今年の分ぐらいならなんとかなるぞ」
「ほんとですか!?」
ナナミの表情が、ぱっと明るくなる。悔しいけど可愛い。
「ああ、土を入れ替えるんだ。除草剤や化学肥料で土が死んだから作物が育たないんだろ? じゃあ畑の土を健康な堆肥に入れ替えればいいんだ」
専門用語で、これを【客土】と呼ぶ。
村の人たちが目を丸くした。
「畑の土を入れ替える!? まさかそんな方法が!?」
「でもそうだよな。土が駄目になったんだから別な土と入れ替えればいいんだ」
「どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだ!?」
みんなが頭を抱える中、ナナミは鋭くツッコんでくる。
「いや、だからその肝心の堆肥はどこから持ってくるのですか!?」
「堆肥ってようは緑豊かな森や山の土なんだよ。だからそこから直接土を運んで畑の土と入れ替えればいい」
でも、ナナミの顔が暗くなる。
「村の近くには森も山もありません……」
「そうなのか? う~ん、じゃあ客土は無理かぁ……ん、待てよ。おい、この村、馬を飼っているなら馬糞はあるよな? なんで牛糞しか使っていないんだ?」
ナナミパパのミキヒコさんが答えた。
「牛は牛小屋で固まっているから、牛糞は集めるのが簡単なんですよ。でも馬は荷物運びでいつも外を歩いているから、いちいち馬糞を集めるのは手間なんです」
「じゃあ、馬糞は?」
「いつもすくって道の隅に捨てています」
きゅぴーん、と頭の中で閃いた。
「なら、今までの馬糞が全部、土に還っているな。よし、枯れた土を掘り返して、かわりに道のわきの土を畑に入れるんだ」
「それで作物が育つようになるんですか?」
「なるなる。あとは石灰だな」
その一言で、ナナミが両目を吊り上げた。
「ついに化けの皮が剥がれましたね、知ったかぶりのえせ知識人!」
ナナミは村人を守るように俺の前に立ちはだかり、声を荒らげた。
「石灰は、私が13歳の時、行商人がいい肥料だと大量に売りつけていって牛糞の代わりに使いましたが、よかったのは最初の一年だけ。あとは年々収穫が落ちました。それが原因で村は貧困にあえぎ、私は村の借金のカタに売春組織の元締めに買われたんですよ!」
「なに、お前にそんな辛い過去が。そうか、そこをオウカに拾ってもらったのか」
「そうです! 首都に連れていかれ、車から降ろされると同時に元締めの股間を蹴り上げ、落ちていたドライバーをケツに突き刺してから財布を奪い、路地裏へ逃げたところを姉様に拾われたんです!」
「どっちが被害者だ!」
「娘を責めないでくださいぃ!」
ナミカさんが、涙ながらに割り込んでくる。
「この子は悪くないんですぅ! 全ては私が貧乳なのがいけないんですぅ! 私に商品価値がないからぁ! でも、だからって『テメェじゃ客取れないんだよエグレ胸』なんてあんまりですぅぅ! えぐれてませんん! ちょっとはありますぅ!」
「お前は悪くない。母さんは可愛いよ」
滂沱の涙を流すナミカさんを、夫のミキヒコさんがフォローした。
「くそ、あの男め。妻が駄目なら俺を連れていけと言ったんですが断られてしまいまして」
「なんでイケると思ったんだよ! 元締めが気の毒だわ! ていうかナナミお前13歳の頃から巨乳だったのか!?」
「巨乳じゃありません。普通です!」
「んなメロンふたつ詰め込んだような乳で何言っているんだよ! そのせいで俺は逃げ遅れたんだぞ!」
「え? それはどういう意味ですか?」
ナナミの声は冷めきっていた。
「さぁってそれじゃあ石灰の正しい使い方について説明しよう! さあしよう!」
「ショウタ、私の眼を見てください。どういう意味ですか?」
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