第4話 大事なことはラノベから学びました


「オウカ様、新政府樹立、祝着至極に存じます」

 オウカ? 王華? 謳歌? 名前まで強そうだ。


 頭を上げ、礼を尽くす部下たちに、オウカは威厳のある声で告げた。

「挨拶など良い。それよりも、状況はどうなっている? ナナミ」

「はい!」

 オウカの鋭い声に、ナナミもまた、鋭く返事をした。


「残念ですが、問題が山積みです。まず資金、人材、食料、物資がまるで足りません。国民の衛生、健康、治安も最悪で、前政権である国王派の残党は行方知れずになっています」

「宮廷内のゴミは掃除したはずだが?」

「それが、各地の軍事基地、警察署や役所で、撃ち漏らしがあったようです」

「やはり、宮廷以外でも手心など加えず、全員その場で射殺するべきだったか」


 恐ろしい言葉をさらりと言い捨て、オウカは会議室の長テーブルへと足を運んだ。


 銀髪ポニテの美少女が椅子を引いて、オウカが座ると、ナナミはその隣の席にお尻を下ろした。


「カナ、問題の原因をここにいる全員に説明するんだ」

「アイマム!」


 椅子を引いた少女が頷いた。


 カナは、左目を眼帯で隠し、いかにも軍人らしい凛とした美少女だった。

 銀髪ポニテと翡翠色の瞳がキレイな彼女は、眼帯で覆われていない右目でオウカを見据えながら、背筋を伸ばして答える。


「資金問題の原因は紙幣の刷り過ぎであります。前政権は予算問題を無計画な造幣で対処し、市場に紙幣が溢れかえった結果、紙幣が紙切れ同然です」


 まるで、戦争に負けた後のドイツだな。

 第一次世界大戦で負けたドイツは、莫大な賠償金を払うためにドイツマルクを刷りまくり、一兆倍のスーパーインフレを引き起こした。


「人材は、国王派議員と官僚たちを処分したことが原因です。しかし、こちらは賄賂漬けで腐敗した人材ですので、仮に生きていても、我々のために働かせるのは困難だったかと」

「貴君の言う通りだ。性根の腐った有能は無能に劣る。最初は我らに従う素振りを見せても、すぐに本性を現すだろう。それも、我らの知らぬ裏側でな。既得権益を排すには、人事の一掃が不可欠なのだ」


 ――テロリストのわりに、結構まともなことも言うんだな。

 オウカのおっぱいから横顔へと視線を上げて、思わず納得してしまう。


「食料は、耕作地帯の消滅が原因です。五年前の内乱時に、除草剤で互いに敵地の畑を攻撃し、対策として化学肥料や農薬を際限なく使ったせいで多くの土地が枯れました」


 ん? それって……。

 俺は、今の話にちょっと思い当たる節があった。


「内乱の影響は根深く、あらゆる物資が不足しています。さらに街の衛生状況が悪いせいで病人は増え、病院はパンク状態で、貧困から医者にかかることができない患者が国中に溢れています。その貧困が原因で治安が悪化し、刑務所は犯罪者だらけで管理する刑務官が足りず無法状態であります。しかし、これらの原因は全て、もとをただせば……」


 カナが言い淀むと、オウカが声に険を滲ませた。


「無能な王のせいだ」

「はい。内乱終結後、まともな復興作業をせず、あらゆる問題を放置した結果、被害が拡大し続け、二次三次災害が起きています」


 カナは、肩を落としたいのを我慢しているように、寂しく、悔しげな声を漏らした。

 ナナミが言った。


「姉様、あの人質を使って、日本政府に食糧支援を要求しましょう」

「いや、その男は切り札だ。他の方法を考えるべきだろう」


 意見を却下されたナナミは、残念そうに、ではなく、申し訳なさそうにうつむいた。オウカの役に立てなかったことを、気にしているんだろう。


 ——あいつ、オウカのこと大好きなんだな。


 視点を変えれば、オウカは部下からの信頼は厚いらしい。もっとも、そうした人間でなければ、反政府組織のリーダーなんて務まらないだろう。


 ――まぁ、それは置いといて、だ。


 会議室の長テーブルに着いた女性たちは頭を抱え、唸り声を上げた。


 誰も、何一つとして、まともな解決策を上げられなかった。


 クーデターを成功させた手際から、彼女たちは全員、超一流の軍人であり戦士なのだろう。


 でも、脳筋というか、内政には疎いらしい。


 クーデターに成功し、新政府を樹立したというのに、誰もかれもが沈鬱な表情を浮かべ、ため息は質量を増すばかりだった。


「耕作地帯が無いのでは食料を作りようがない……」

「その上、外貨不足で輸入もままならん……」

「薬品に汚染された土地を使えるようになるまで何年かかることか……」

「化学肥料をドカっと撒けば、強制的に作物を実らせることはできるが……」

「これ以上ドーピングをすれば……100年はペンペン草も生えないぞ……」



「あのう」



 あまりに不毛な掛け合いに、俺はつい、口を挟んでしまった。


 部屋の隅に転がされたままの俺が声をかけると、会議室中の視線が一斉に集まった。唯一の男声が、耳についたのかもしれない。


「土壌汚染されているなら、ソバか麻を植えればいんじゃね?」


 テロリストのお姉さんたちは、パチクリとまばたきをした。


「馬鹿を言え。ソバと麻なら枯れた土地でも育つとでもいうのか?」

「育つぞ」


 お姉さんたちは、再度、まばたきをした。


「ソバと麻は土から栄養を吸収する力がずば抜けているんだよ。痩せて枯れた土地でも育つし、汚染物質を吸収して土壌改善効果があるんだ。しかも、ソバは90日で、麻の実は110日で収穫できる」


「待て貴様、汚染物質を吸収したソバや実を国民に食わせる気か!?」

「汚染物質なら無毒化されるぞ。ソバと麻の浄化能力はチート級だかんな。しかも麻の実は高たんぱくで栄養価が高くて麻からとれる油は食用にも燃料にもなる。繊維からは麻縄、麻袋、麻布、麻紙を作れるから物資不足解消にもなる」


 オウカ以外のメンバーがぽかんとしてから、気を取り直して言い返してくる。


「しかし、水路が破壊され、水源を失った村はどうする?」

「井戸掘って水汲みポンプで水を汲み上げればいいだろ?」


「それにどれだけの金と人手がいると思っている!」

「上総掘りなら安く簡単に少ない人手で井戸掘れるぞ。100メートルぐらい」


「100メートル!? 水が使えれば衛生状況もよくなるか……」

「水洗いだけじゃなくて石鹸も使えよ」


「あんな高級品、庶民が買えるか!」

「作れるぞ。灰と廃油があればカンタンに」


「貴様、何故そんなことを知っている? どこで学んだ?」

「日本の学校ではそんなことまで教えてくれるのか?」

 訝しむように目を細め、真偽を確かめてくるテロリストたちに、俺は言った。


「ライトノベル」

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