第330話 師ミクモ

前書き


何の連絡もなく2日も休載してしまい、申し訳ありませんでした。我が家のとある事情で、PCに触る時間が取れませんでした。


今日からまた投稿を再開していきます。この度は大変申し訳ありませんでした。


以下第330話本文です。


 ドーナの隣に座り、好奇心に満ちた目でミクモさんはドーナのことを見つめると、ある質問を投げかけた。


「ところで、ドーナよ。そなたは身体能力強化というスキルを、いったいどんなスキルと思っている?」


「え、それは……まぁ自分のステータスを無理矢理引き上げる感じのスキルじゃないのかい?」


「概ね合ってはいるが、一つ語弊がある。それは無理矢理ステータスを引き上げているわけではないという事だ。身体能力強化というスキルの本質は、自分の中に眠っている本来の力を解放するもの。」


 ミクモさんは運ばれてきた飲み物を一口飲むと、人差し指を立てながら語り始めた。


「だいたい、獣人が身体能力強化のスキル無しで発揮できる力は、本来自分が使えるはずの力の約3割といったところだの。ヒュマノの場合は約2割ほどか。」


「じゃあ身体能力強化・絶って……。」


「自分の本来の力を全て発揮することのできるスキルだ。しかし、この境地に到達した者は、皆最初は己の体を破壊しながら戦うスキルだと勘違いしてしまう。妾もそうだった。」


「ならアタシの限界は……やっぱりあれってことなんじゃないのかい?」


「前に言っただろう?そなたは力の無駄使いをしている……とな。普段の戦闘でもあれならば、身体能力強化・絶を使ったとて、本来10割の力を使えるはずが、半分近くしか出せていないだろう。」


 そう言いながら飲み物を飲み干したミクモさんは、スッと席を立った。


「ま、実際に体験してみねばわからぬこと……。妾が直々に手合わせをしてやる。表に出ろ。」


「……わかったよ。」


 会計を済ませ、3人で町の外に出ると街道から少し離れた開けた場所で2人は向かい合う。子供の様に無邪気に笑うミクモさんに対して、ドーナの表情は硬い。


「さて、ではそなたは全力でかかってくるがよいぞドーナ。もちろん身体能力強化・絶を使うのだ。」


「ミクモはどうするんだい?」


「くっくっく、妾は何も使わぬ。このままの状態で十分だ。」


「っ!!あんまり……アタシを舐めるんじゃないよっ!!お望み通り最初っから全開でやってやる!!」


 ドーナが怒ったと同時、彼女の体を赤いオーラが包みこむ。身体能力強化・絶を使った時に現れる現象だ。直後一瞬にしてドーナはミクモさんとの間合いを詰めると、その拳を振り抜いた。


 ヒュマノファイトの決勝戦で彼女と戦った時……この状態のドーナの攻撃は全て危険察知が発動していた。つまり俺にとっては命に関わるようなダメージを受ける攻撃だという事。そんな強力なものをミクモさんは眉一つ動かさず、人差し指一本で止めてしまった。


「なっ!?」


「くふふ、驚きか?荒ぶる力を抑えられていない者の攻撃など、受けるにはこれだけで十分なのだ……ぞっ?」


 くつくつと笑いながら、ミクモさんはドーナのおでこにデコピンを食らわすと、ドーナは空中に放り投げられたかのように、激しく飛んで行ってしまう。


「ぐっ……このっ!!」


 額を押さえながら、空中で体勢を立て直したドーナは、地面に着地すると、その地面にクレーターを作りながらもう一度ミクモさんへと飛びかかる。


「ほれっ。」


 振り抜かれた拳を、ミクモさんは難なく掴みながら、ドアノブを捻るように軽く捻った。すると、ドーナの体が勢いよく回転しながら、地面に叩きつけられる。


「かっ……はっ!!」


「一直線の大きな力というものは、流れるような小さな力に簡単に負けてしまう。大きな力が小さな力に負けてしまうとは……なんとも不思議だの〜?くっくっく。」


 ケタケタとミクモさんが笑う傍らで、少し呼吸を荒くしながら、ドーナは立ち上がる。既に身体能力強化・絶の反動のせいで至る所から出血している。


「おっと、もう反動が体にキテおるな。」


「このぐらいなんとも……無いっ!!」


 強がるドーナを見て、ニヤリと笑うミクモさんは、独特な足捌きで彼女へと近付いていく。


「この世にたった1つしか無い、己が体……大切に扱うのだ。」


 ミクモさんは人差し指でドーナの顎を撫でると、何が起こったのか、ドーナの体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


「お〜い、ヒイラギ殿。介抱を手伝ってはくれぬか?」


「あ、はいっ!!」


 すぐに彼女のもとへと駆け寄り、俺は回復魔法で傷ついた体を治していく。


「ミクモさん、ドーナは……。」


「気絶しておるだけだ。それにしても、心得もなしに身体能力強化・絶を使ってあれだけ戦えるとはな。シン坊は初めて使った時には、あまりの痛みに泣き叫んでおったというに。やはり、ドーナには妾の見込んだ才能がある。」


 両手を組んで何度も頷きながら、ドーナへと好奇心に満ちた視線を向けるミクモさん。


「ミクモさんは、ドーナの力の使い方に無駄があるって言ってましたけど、あれはどういう意味なんです?」


「そのままの意味だの。言語化するならば、ドーナの場合、力を込める動作と脱力の動作……この2つの使い分けができておらん。例えば……。」


 ミクモさんは俺の目の前で拳をぐっと握った。


「拳を打つ際、加速を得るために始めに力を込める。そして、最高速度を得た後は脱力し……最後、相手に当てる瞬間に今一度力を込める。ただ拳を打つだけでも、部分別に分ければこれだけの動作があるのだ。」


 そうミクモさんが説明していた時だった……。


「なるほどねぇ……そういうことかい。」


 気絶していたドーナが突然目を覚まし、立ち上がったのだ。


「そういうの、最初に教えるべきなんじゃないのかい?」


「くっくっく、今日はそなたの力量、技量を測ろうと思っていただけのつもりだったのだ。教えは明日からにしようと思ったが……。」


「今からで構わないよ。今のを聞いてアタシもちょっと試したいことができたからねぇ。」


 2人の稽古が終わりを告げたのは、陽が落ちて暗くなり始めた頃だった……。


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