心のざわつき


 夕食を食べ終え、みんながぐっすりと寝静まった頃。俺は一人ソファーに座り、温かいココアを飲んでいた。


 いつもなら布団に入れば、あっさり寝られるんだが、今日は心がざわざわして眠ることができなかった。再びマグカップに口をつけココアを飲もうとすると……。


「眠れないんですか?」


「イリスか。」


 眠れない俺を心配したのか、神華樹からイリスが出て来た。


「ヒイラギさん、帰ってきてから変ですよ?ずっと上の空というか、何か考え事でもあるんですか?」


「近くの砂浜で妙な女と戦ってな、その女の雰囲気とかが…………あっちで亡くなった師匠に似てたんだ。」


「そういうことでしたか。」


 神妙な面持ちでイリスは俺の話を聞いてくれた。


「イリスもココア飲むか?」


「いただきます。」


「わかった。ちょっと待っててくれ。」


 ココアを作るために一人厨房に向かう。普通に温めた牛乳注いでココアを作るよりも、少し一手間加えるだけで、より美味しくなる方法があるのだ。


「まずは鍋にココアパウダーを入れて軽く煎る。」


 こうすると牛乳を入れたときに、ココアの香りが引き立ち美味しくなる。後は牛乳と砂糖を入れて沸騰させないように気を付けながら、ダマにならないようにかき混ぜて、裏漉せば美味しいココアの完成だ。


 出来上がったココアをもってイリスの元へと向かう。


「お待たせ、熱いから気を付けてな?」


「ありがとうございます。」


 ココアを受け取ったイリスは、ふ~ふ~…と冷ましながら飲み始める。


「優しい味で美味しいです。」


「だろ?これを飲むと心が落ち着くんだよ。」


 俺も自分の冷めかけているココアを口に含む。ホント安心する味だ。ココアを味わっているとイリスが質問を投げ掛けてくる。


「ヒイラギさんはその……師匠さんのことどう思ってたんですか?」


「あっちの世界で唯一頼れる人……そう思ってたよ。」


「とっても大切な人だったんですね。」


「あぁ、とても…とても大切な人だった。両親以上に俺のことを可愛がってくれたんだ。」


 結局の所、俺はまだ心のどこかで師匠の死を受け入れられていなかった。その想いが、今日あの女にあって芽吹いてしまったんだろう。


 我ながら女々しいな。


「ヒイラギさん、あの…とても残念なお知らせになるかも知れないんですが……。」


「あぁ、わかってる。イリスは俺の師匠をここに転生させてないんだろ?」


「はい。」


「それを聞いて踏ん切りがついた。ここには師匠はいない。あの女性は別人だ。」


 あいつは師匠じゃない……別人だ。次に会ったときは、フードの下の素顔を拝めるように……少し力をつけておくとするかな。


 心に踏ん切りをつけ、冷めたココアを一気に飲み干した。

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