イリスのお願い


「んふぅ…むにゃむにゃ……。」


 俺の背中で安らかな寝息をたてているのはイリスだ。日頃たまっていた鬱憤を出し切ったからだろうか、疲れて寝てしまったのだ。  


「まさかイリスがあんなに悩みを抱えていたなんてな。」


「ホントビックリしたっすね。女神さまでも悩みってあるんすねぇ~。」


 いつもの慈愛に満ちたイリスとは違い、なんというか…とにかく凄まじかった。


 イリスが寝てしまったし…一度王宮へと引き返した方がいいかもしれない。現在時間はお昼をちょうど回ったところぐらいだろうか。

 少しお腹が空いてきた頃合いではあるが、イリスをこのままにしておくのもかわいそうだからな。


 そして王宮へ戻ろうとすると、おんぶしていたイリスが俺を抱き締める力が強くなった。


「起きたかイリス?」


「はい、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。」


「ん~…まぁなんだ?張本人の俺が言えた立場じゃないが、悩みは溜めずに打ち明けてくれよ?女神っていう立場もわかるが、イリスだって感情も自我もしっかりあるだろ?もっと言いたいこと言ってもいいんじゃないか?」


「……じゃあもう少し、こうしてて欲しいです。」


「わかった。」


 これで少しでもイリスの気が晴れてくれればいいんだがな。


「ちなみにそろそろお昼時だが、イリスはお腹減ったりしてないか?って、女神ってお腹が空かないんだったか…。」


「ふふ、確かにお腹は空きませんが…近頃美味しいものを食べたい欲求が高まる時間が一日に何度か訪れるんです。それが今ですっ!!」


「な、なるほど……グレイスは………。」


「自分はもう滅茶苦茶お腹減ってるっす!!」


「わかった。じゃあどんなのが食べたい?」


「私は甘いのが食べたいですね。」


「自分は美味しかったらなんでもいいっす!!」


「わかった。なら甘くて美味しいものにしようか。」


 お昼時にお腹に溜まりやすく甘い食べ物といえば…思い当たるのはパンケーキかな。甘いものはきっと城で休んでいる女性陣にも喜ばれるだろう。


「よし、そうと決まれば王宮に帰って仕込み始めよう。」


 そして足早に王宮へと帰ろうとすると、イリスが再び強く俺の体を抱きしめてきた。


「ヒイラギさん、私の今日最後のお願いです。できるだけ…ゆっくり帰ってください。」


「あぁ、わかった。」


 そして背中にイリスの体温を感じながら、俺はいつもよりもペースを落としてゆっくりと王宮への帰り道を歩むのだった。

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