第5話 見えざる物の顕在化と唐突な終焉


「やっぱり地球で飲むビールはうまい! ところで俺がいない間、君は元気にしてたのか?」


「週5でたこ焼き屋にパートに行ってたわ。最終的にはパート内階級のナンバーワンにまで上り詰めたのよ。とにかく素早く綺麗に美味しいたこ焼きを焼き上げることがパート内カーストにおける最重要事項なんだけど、私の場合、擬態を解いて触手を使うから、1ターンにおけるたこ焼きを回転させる速度が他のパートさんとは次元が違うのよね。その分火力を最大値+‪αにできるから、外は小気味よくカリッと、中はなまめかしい程とろっとした究極のたこ焼きが作れるのよ」


「ほほう、君が触手を隠していたとは驚きだ。だがな、もはやそんな追加設定に怯むような俺ではない。たこ焼きだけに、たこ足がにょきにょき出てくるとか言いたいんだろう?」


「地球人の視覚野ではそう見えるでしょうね。本来の触手は人間の網膜では感知できないから、空間の歪み、あるいは次元の亀裂として認識されるわ」


「つまりは透明なたこ足か。汎用性が高そうだな。じゃあ今度お店に行くから、その小気味よく艶かしいたこ焼きを家族割でよろしく」


「あぁ今日でパート辞めてきたのよ。私みたいな擬態型軟体生物の末裔が、たこ焼き屋の未来を潰しちゃいけないと思ってね。それを地球への侵略行為と受け取られても困るし」


「そうか、俺は今人間に擬態している軟体生物と喋っているわけだな? 了解した! ビールのおかわりを頼む……!」


「すんなり受け入れてもらえてほっとしたわ。さぁ溢れる程の愛をどうぞ」


「うおお、また遥か高みから注ぎ入れるスタイルか。溢れ出る泡も取りこぼすことなく受け入れようじゃないか」


「泡もしたたるいいおっさんね。さぁ、ずっとお喋りしていたいけど、そろそろ星に帰らなくちゃ。もう十分、地球人の生態は調査できたしね」


「知らぬ間に生態暴かれちゃっていたとは、いやはや滑稽だ。ビールが、いや、泡が進むぞ。て、あれ? 見上げれば、なんか透明なたこ足のようなものが。もしかしてそれが、触手?」


「そうよ。地球はいい所だけど、やっぱり重力が煩わしいわね。肩凝りという概念をここへ来て初めて知ったわ」


「はいはいはいはいストップだ宮下。確認だ。空間の歪み、あるいは次元の亀裂のようなものがお前の肩付近から出ていて、まるで透明なたこ足がくねくねしてるように見えるのだが。それはなんだ」


「だから触手ですよ。感覚器官・代謝器官・固着器官・捕食器官・防衛器官などを兼ねた複合的な流動粘性突起部位です。とは言え全身が均一的にその器官であるので、正確にはこれだけを触手とは呼びませんが」


「おおっとそれはちょいとSFで味付けし過ぎだ。あいにくここは地球上の、小さな列島におけるとある公園だ。物理法則に支配され、いかなる物質もその拘束から逃れることはできないのだよ。さぁ改めて聞くが、このままごとは一体どこに行き着くんだ」


「いい質問ですね、上島さん。このままごとの真の目的は、地球人一個体における多面性の調査です。私たちは、表面も内部も物理的に固定化されていないこの体を活用し、地球人の姿に擬態して潜伏、調査を行っていました。よってこれは、私たちが地球上で行っている数億のままごとのうちのひとつだということです」


「何を言ってるかわからんな。とりあえずその触手がなんともなめらかに動いていてなんかほんとに異星人っぽく見えてきたのは確かだ。俺の認知機能が錯綜する前にひとまずままごとはストップだ」


「はいストップです。とても楽しい時間を過ごすことができました。地球人を演じることができて満足しています」


「なんだその晴れ渡る空のような笑顔は。お前は思考回路が謎で悪びれもせずにちょいちょい上司を馬鹿にする生意気な僕っ娘部下のはずだが」


「さっき言ったじゃないですか。私は、思考回路が謎で悪びれもせずにちょいちょい上司を馬鹿にする生意気な僕っ娘部下を演じていた擬態型軟体生物です」


「ははは! 冗談はままごとの中だけにしてくれ!」


「地球人は不思議です。一つの生命体でありながら、その中にいくつもの個を抱えている。時や状況、向き合う相手やその場の空気に対し、自身の中から最も相応しい個を選択し、その設定に則した人格を演じることができる。地球人は体ではなく内部、つまり精神構造器官における細分化と、その先鋭化を独自の進化の形とした。私たちが調査してきた生命の形として、他に類を見ないとてもユニークな生物です」


「どうやらままごと空間におけるエアビールで酔いが回ったという展開にしたいようだな。とりあえずそのぼやっとしたSF設定を畳み掛けるように喋るのはやめろ。細部を詰めればリアリティが出せると思ってるんだろ。残念だが、どれだけ臨場感を高めたとしても、虚構が現実に適うことなどないのだ。さぁ、戯れ事はここまでにしよう。ままごとは終わりだ。現実に帰るぞ宮下」


「はい、だからもう終わりです。上島さんから得たサンプルを持って、我が星へ帰ります。お礼にこれを差し上げますね」


「ほほう、石か。七色に光ってるじゃないか。なかなかに精巧な小道具だ」


「宇宙石です。星屑質屋に持って行ってみてください。上島さんの年収×3くらいにはなるはずです」


「やったぁ! いやいや脊髄反射で喜んじゃったけど宇宙石ってなんだよ、そんな馬鹿な話が……え、なんかほんと尋常じゃない光り方なんですけど! 俺の年収の三倍くらいの輝きなんですけど!」


「あ、迎えが来たようです」


「迎え? おお、上空にUFOちっくなものが飛来してきたじゃないか。円盤型のいかにもUFO然とした、あまりに捻りのないUFOだな、あはは!」


「上島さん、ありがとうございました。一緒にままごとができて楽しかったです」


「いえいえこちらこそ。なんか色々至らない点ばかりでほんと恐縮です。……っておいおいほんとに吸い込まれるかのようにUFOに搭乗しちゃってるじゃないか! えーなんでそんな光の速さで空の彼方に消えていくんだ! おーい宮下! 勤務時間中だぞ! まだ午後の仕事が、おぉぉおおおおーーーい!!」

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