高校生のありきたりな日常 3
閉店時間が近づくにつれ客の姿はほとんどなくなっていた。
この店も誠の家近くにあるスーパーと同じく住宅街の中にポツンとある小さな店だ。だがこちらは駅からも遠く、バス通り沿いにあるライバル店からやや離れている。そのため小さいながらもがっつりと常連を確保していた。その常連たちは新たにバイトに入った誠が珍しいらしく色々話しかけてくれるのだが、あまりコミュニケーション能力の高くない誠はしどろもどろになるばかりで、今だ慣れずにいた。
ちょうど誠が商品が入ったカゴを運び終えると、店の自動ドアが開いた。
「ごめ~ん、遅れちゃった!」
「あら、ショウコちゃん。今日は残業?」
「ううん、同僚と夕食を食べてたの~。あら、バイトくんもお疲れさま~」
店に入って来た三十代前半くらいのスーツ姿の女性で、彼女もここの常連客だ。
有原母の話では女性は小さい頃から持山町に住んでおり、今は親元を離れ、店の近くにあるアパートで一人暮らしをしている。働き先は持山駅近くであり、月曜日と木曜日の仕事帰りにここに立ち寄るのが日課となっており誠も何度か話したことがある。
「はい、いつものカゴに入れておいたわよ。他に何か欲しい物はある?」
この店では夜遅くに来る顔馴染みの客に対して、予めよく買う物をカゴに入れて準備しているというサービスを行っていた。ちなみにこの女性のためのカゴに入っていたのは食パンやお弁当に使える冷凍食品だった。
「おばさん、ありがとう~! ん~、今日はヨーグルトも買っておこうかな~。あっ、自分で取りに行くからいいですよ~」
お酒が入っているのかショウコは鼻歌交じりにハイヒールで床を鳴らしながら乳製品が置いてある場所へ歩いて行った。
そこに今度は少し汚れた作業を着た四十代後半くらいの男が店に入ってきた。
「こんばんは~」
「あら、菅野さん、こんばんは。今日もビールとおつまみでいい?」
有原母があらかじめ準備していた別のカゴをレジの下から持ち上げる。中に入っている焼酎とおつまみだ。
菅野と呼ばれた男はカゴの中を確認して「う~ん」と唸る。
「酒とつまみはこれでいいけど、おにぎりとかサンドイッチは残ってないかい?」
「あ~、今日は両方とも売切れちゃったね~。夕飯、食べてないの?」
「うちの若いのが賭け事だか女だか知らねえが金がなくて夕飯食わねえってんだ。そんで仕方ねえから俺の分の夕飯を少し分けてやったんだ」
「それで小腹が空いてるって訳ね。奥さんに用意してもらえないの?」
「カミさんは塾に行ってる末っ子の迎えでいないんだよ。うちには食べ盛りの息子が三人いるから残り物も期待できないしなぁ」
「あらあら。菓子パンなら残っていると思うわよ」
「菓子パンか。それも悪かないか。おっ、今日は咲村君が働いる日か」
誠の方へ歩いてきた菅原が親しそうに話しかけた。
以前に有原母を交えて話をした時に彼の長男が小学生の時に誠と同級生だったことが判明した。それ以来菅原は誠に対して親近感を湧いたようだ。
一方の誠はというと同級生だった菅野という子は記憶になかった。小学校の卒業アルバムで確かめてみると同学年ではあったがクラスは別で憶えていないのもだったのだが、菅野にしてみれば大した問題ではないだろう。
「そろそろ仕事は終わりかい? 最近は色々物騒だから気を付けて帰るんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
「うちの坊主どもにもあまり遅くなるなって言ってるんだが聞きゃしない。まあ、俺も若い頃は……っていけねぇ。俺がくっちゃべってたら帰れないよな。んじゃ、お疲れさん」
「は、はい」
笑ってパン売り場へ向かう菅原の背を見て誠はほっと胸をなでおろす。
勇者ギルドで人見知りは多少はよくなったが、あまり接点のない年上の人とは何を話していいか分からず戸惑い気疲れしてしまう。
(こういう時、田村さんなら簡単に対応できるんだろうな。俺ももう少し話せるようにしないとな)
そんな決意を固めた誠に有原母が。
「今日もありがとうね。後は私たちでやるから咲村君はあがっていいわよ」
「いえ、こちらこそありがとうございました。それじゃ――」
誠が「お疲れさまでした」と口にしたのと同じタイミングで再び店の自動ドアが開き一際ガタイのいい男が入ってきた。
「たっだいま~。おっ、誠先生もお疲れ~」
学校から柔道教室に直行した裕司が帰ってきて誠に声をかけてきた。その裕司に真っ先に反応をしたのはレジに入った有原母だ。
「何よ、アンタは。家の方から入りなさいよ」
「誠先生がまだ居るのが見えたから挨拶に来たんだよ。先生、大分エプロン姿がさまになってきたじゃん」
裕司が言うのは店から渡された緑色のエプロンだ。右側にあるポケットの部分に白字で『有原商店』の文字が入っている。正直、似合うと言われても微妙で揶揄われているだけな気がして苦笑した
「さまになってるって言われてもなぁ」
「いや、本当だって!」
裕司の店を震わすような大声に客の二人が「大分慣れてきてるわよ」「そうそう、貫禄が出てきたぞ」と茶化してきた。
「変な事言うなよな! ……それじゃ失礼します!」
照れて顔を赤くした誠は裕司の腹を軽く叩き、笑っている大人たちに頭を下げて従業員専用スペースのロッカー室に逃げ込んだ。
(全く裕司のせいで恥かいたじゃないか)
そう言いながらも誠はどこか嬉しそうに笑う。なりゆきで始めたバイトだったが、常連客に顔を憶えられ話しかけられる事が多くなると不思議と居心地の良さを感じ始めていた。
ちなみに有原母によるとパートで働いていた女性から連絡があり「もしかしたら年内には戻れないかもしれない」とのことで予定よりバイト期間が延びる可能性が出てきていた。
(クリスマスや大晦日も仕事になるかもしれないってことか。まあ別に予定がある訳じゃ……)
そこまで考えた所でメイリルの笑顔が突然浮かんだことに誠は一人で狼狽えていた。
(バカか。メイリルは相棒だ。何を勘違いしてるんだよ、全く)
ふっと湧いた落ち着かない気分を振り払うようにエプロンを乱暴に脱ぎ、ロッカーから上着を取り出して着替える。
その時、まるで誠の仕事終わりを見計らっていたかのようなタイミングでズボンのポケットに入れていた万能ツール『ヤオヨロズ』が震えた。見た目は、今まで誠が使っていたスマホにそっくりだが、中身は異世界の技術を満載した物になっている。
ヤオヨロズの画面は普通のアプリアイコンが並んでいるが、誠の指紋を認証すると画面へ勇者ギルド仕様に切り替わる。
(メイリルか、それとも田村さんかな)
一か月の間に何人かの勇者と
だが誠が画面の名前を見ると連絡を寄こしてきたのは全く別の人物だった。
(
ギルドに入ったばかりの頃に何十人も挨拶をしたが、誠にはその全員の顔と名前を憶えるだけの記憶力は無かった。ただ一つだけ確実に言えるのは、この神保という人物と任務をこなしたことはないということだけだ。
何事だろうと思いつつ誠は通話ボタンを押した。
『こんばんは。僕はデータ調査室の神保大志だ。前に少し会っただけだから憶えていないかもしれないけどね』
誠はデータ調査室という単語を見て亜由美が『タイクーン』と呼んでいた小太りの男の事を思い出した。その人が誠が喰らうモノの情報を得た『幻視者たちの
『実は君とメイリル君に僕と一緒にある噂について調査してもらいたいと思ってね?』
「調査任務ですか?」
『そうなんだ。詳しい話は明日したいから時間を作って欲しいんだけど大丈夫かい?』
「僕はともかく何でメイリルまで任務に誘うんです?」
輝石の力を扱う事が出来ないメイリルは喰らうモノと戦う事は出来ず危険なだけだ。その懸念のせいで語気が少し荒くなるが大志は意に介す様子はない。
『詳しい事は明日説明させてもらうけど、噂の出所と思われる場所で
こうして誠は再び異世界で作られた神々の武器を巡る戦いに関わることになったのだった。
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