光剣の勇者と神導の魔術師  8

 「聞こえたか?」


 「……ああ、聞こえた」


 「で、お主はいつまでそこで寝転がっておるつもりじゃ?」


 「……うるさいな。分かっているさ、立ち上がらなきゃならないのは」


 人型の怪光線を紙一重でヴィエルヴィントで受け止めはしたものの爆発の衝撃をまともに受けて誠は地面に倒れ伏していた。


 その誠を見下ろすように戦神が傍らに立って声をかけてくる。


 正直な所、この声で意識を保っているようなものだが、それは同時に肉体の痛みに縛られることも意味している。


 「なら、立て。お主の守る覚悟はその程度か!?」


 「分かっているって言っている、だろ」


 勝手な事をいう戦神の挑発に乗せられ腕の力で上体を持ち上げようとするが、それだけで体がバラバラになりそうな激痛が襲う。


 「はぁ、はぁ……げほっ、げほっ!」


 咳をすると喉から血の味がするツバが出てくる。もしかしたら内臓も傷ついているのかもしれない。


 「……だからなんじゃ。諦めるのか?このままお主の身を案じるあの娘が串刺しになるのを待つのか?」


 「うるさいって言っているだろうが!なんの力も持っていない亡霊が偉そうなことばかり言うな!」


 「その通り。ワシは既に滅んだ。償いきれぬ咎を負ってな。……すべき時に何もしない、できない。その後悔だけが今のワシを存在させておる。お主にも、そしてあの娘にもそうなってほしくはないのじゃ」


 その言葉と一緒にほんの一瞬だけいくつかの自分のではない記憶を誠は垣間見た。


 同じ年頃に仲間と修業に明け暮れる日々、ボロボロになって倒れている美しい女性を助け起こす。その女性と過ごすうちにやがて恋人となり。そして最後の光景は手にした光の剣でアリエントを持つ女性を刺し貫いた衝撃的な結末。


 「……救ってやってくれ、あのアリエントを持つ少女を。そして化け物に姿を模された弟を。他ならぬお主の手で!ワシはもう悲劇は見たくはないんじゃ……」


 「……!」


 体が痛む。だがそんなものは無視して無理やり上半身を起こす。

 自分の中の何か痛む体を突き動かすのかは分からない。

 不甲斐ない自分への怒りか、口喧しい老人へのいら立ちか、それとも遥かな過去への哀憫か。


 だが、何であっても一つだけ確かな事がある。


 それはメイリルの死など断じて、己の全てをかけてでも否定するという意思。

 その意志を支えに誠は全身に力を入れる。


 「そうじゃ。腹に力をこめ足を地面に付けよ。そうじゃ、やれば出来るではないか!」


 足首がグニッと変な方向に曲がるが気にしない。腹から生暖かい液体が滲み出ている気がするがそれも意識の外へ追いやる。


 「……立ったぞ。敵は、アイツはどこだ?」


 頭がフラフラして視界が定まらないが、それでも誠は前へ進もうとする。その肩に誰かが触れた気がした。

 そして、今まで響いていた声はとぼけた老人ではなく威厳に満ちた壮年の男の物に変わっていた。


 「よくやった。お前の覚悟、確かに見せてもらった。ならば俺も最期の使命を果たすとしよう」


 「……何を?」


 「俺にはお前に奇跡をもたらす力など与える事はできない。だが、そもそもそんな物は必要ないんだ。力は、あの時お前が輝石を手に取ったときに与えられていたのだから」


 「だけど、それでこの様じゃないか……」


 「違う。お前はまだ自分の中にある力の百分の一も引き出せてはいない。なまじ、ヴィエルヴィントという力が手元にあった事でお前の力の発芽が阻害されてしまったんだ。だから、俺は俺を消そう。異物を無くすことで力の伝達はスムーズになされるはずだ」


 「……それじゃ、あんたはどうなる?」


 「ふん、既に過去に消えた亡霊なぞ邪魔なだけだ。……いや、そうではないな。これこそが俺の願いなんだ。あの日、あの時果たせなかった想いを、悲劇を吹き飛ばす。俺はそんな力を求めていた。そんな奇跡を起こせる人間を求めていた。そして、見つけたんだ。長い時の果てで、世界を越えた先で、やっと、やっとな」


 「俺は、そんな大層な人間じゃないよ」


 「それはこれからの生き方で決める事だ。さて、始めよう。もう時間がない。意識を己の中に向けろ。そうすれば分かるはずだ。お前の中で堰き止められ、今にも弾けそうな力をな」


 言いたいことは沢山あった。言葉を交したのはほんの数度だけなのに、なぜか自分の家族を失うかのような悲しさを覚えていた。


 「それは記憶の混濁。俺の記憶が混ざった事による偽りの感情だ。そんなものはこれからの戦いに必要ない。さぁ、己の中にある力に向き合え。そしてお前の望む未来を掴みとれ!」


 そして、俺のようには絶対になるな。


 そんな声を誠は聞いたような気がして、知らず涙が一筋頬を流れた。


 右手にもつヴィエルヴィントから何かが消えた感覚がすると同時に体の内側から何かが溢れ出してくる。

 ボロボロだった体の隅々まで活力が漲る。圧倒的なまでの全能感。その高揚感を右手のヴィエルヴィントに乗せて誠はメイリルに近づく人型に狙いを定め、ただ力を解き放った。

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