全てを喰らうモノ  2

 なぜ、こんな暗い場所に自分はいるのか?

 ぼんやりした目で黒く塗りつぶされた空を誠は見ていた。

 ひどく体が重く頭もズキズキと痛む。

 何か忘れているような気がするのだが、それを思い出すのも億劫だった。


 (これもきっと悪い夢だ)


 心の中にある引っかかりを見ないふりして、もう一度目を瞑ろう。そうすれば次に目が覚めた時にはいつもの平和で退屈な一日が始まる。


 (だから、もう少しだけ……)


 誠が逆らい難い誘惑に負け意識を微睡みに委ねようとした時だった。

 右手に持っていた何かから電気ショックが走り誠の体がビクンと跳ねた。

 その刹那、誠の記憶に浮かんだのは泣き出しそうな顔をしたピンクブロンドの髪色をした少女の顔。


 「そう、だ。こんな所、で、寝ている、場合じゃない!」


 未だ痺れは残るが倦怠感にも似た怠さは不思議と無くなっていた。仰向けになっていた体をうつ伏せにして腕に力を入れて上半身を起こす。そのまま全身全霊を持って自分の足で立ち上がる。それだけでも全ての体力を持っていかれそうな程の重労働であった。

 しかし、それでも体が一旦動き始めると、ぎこちなかった関節が滑らかに本来の動きを取り戻していくのがわかる。

 それに合わせて靄がかかっていた頭の中も鮮明になっていく。

 そして握りしめた右手には大事な預かり物であるヴィエルヴィントがあった。どうやらコレが誠の意識を(かなり手荒だが)繋ぎ止めてくれたらしい。


 「……で、ここはなんなんだ?」


 立ち上がった誠がいたのは見渡す限りの草原、その間を走る舗装されていない道の真ん中に誠は立っていた。

 左右には誠の腰ほどの高さの草が生え、その合間から建物のような物ちらほらと見える。ただその建物はあまり誠が見たことのない石造りの物や木造の物などがまるで放り出されたおもちゃのように無造作に転がっている。

 空は薄暗いが視界が効かない程ではなく気温も寒くも暑くもなく意外に快適である。だが、時折吹く風の生温さが生き物の吐息を想起させ気持ち悪いことこの上ない。


 「これもアギトが起こした事なんだろうな」


 さすがに本日二度目の怪奇現象遭遇なので誠は取り乱すことはなかったが、一人だけの心細さは打ち消せるものではない。

 わかってはいたが完全にメイリルとは逸れてしまったらしい。あのドローンも近くにはなく他に人の気配も無い。


 「おまけに靴も履いていないし、どうしたものかな」


 少し歩くだけで小石がチクチクと足の裏を刺激してくる。尖った物を踏みつければ怪我をしてしまいそうだ。

 しかし、この見晴らしのいい場所でぼーっと突っ立っているのが最適解とも思えない。

 千夜一夜にはむやみに動くなとあったが身を隠すぐらいの事はすべきじゃないだろうか。


 (となると、この道をどっちかに進むか、草を掻き分けて建物の方へ行くかだけど)


 草を切れないかとヴィエルヴィントを軽く振り回してみるが当然のように刃など出るはずも草に微風を送るだけである。

 地平線の向こうまで続いていそうな道を行くか、未知の草むらに飛び込むかという二択に迫られた誠はある事を思い出した。


 (そういえばさっきドローンから貰った袋はどこいった?)


 あの局面で渡された物なのだから役に立つ物ではないかと思って近くに落ちていないが探してみると幸いすぐ近くに転がっていた。 


 「ラッキー!……なのか?そもそもこれ何が入っているんだ?」


 拾い上げて中を確認しようとした時、周囲が突然明るくなった。いや、正確には紅くなったというべきだろう。

 異変に気付いた誠が上を向くと、そこに再び紅い太陽が煌々と光を放っていた。


―――

 同時刻。


 仲間と共に喰らうモノの巣へ突入した亜由美も空に浮かぶ偽りの太陽を睨んでいた。


 「完全に飲み込まれたわね。りっくんとマシロとははぐれちゃうし中々ヘビーな展開ね」


 だが、そういう亜由美の声に悲壮感はない。この程度の事はアクシデントにもならない。それくらいの修羅場は潜ってきたのだから。

 なにより突入前にすでに役割分担は決めてある。


 「りっくんは『通信塔』を建てて陣地構築、マシロは上空からの捜索、そして私は……」


 もはやこの空間では隠す必要もない右目の魔眼で周囲を探る。

 亜由美がこの魔眼を通して視る事ができるのは生物のもつ生気、いわゆるオーラである。そのオーラを見つければいいのだが、この空間においてはそう単純ではなかったりする。

 なにしろこの空間は喰らうモノの巣、正確には『胃袋』と言っていい場所なのだ。

 周囲に喰らうモノのオーラが霧のように漂い亜由美の魔眼の視界を妨げてくる。

 それに対抗するために亜由美はより神経を研ぎ澄ます。

 そして力が研ぎ澄まされていくにしたがって亜由美の外見が変化していく。

 黒髪の先端部分が段々と七色に輝き始める。それに呼応するかのように右目の瞳が炎のように揺らめく。

 研ぎ澄まされた魔眼の力は暗霧の中から僅かな光を見つけ出す。

 亜由美が託されたのは巻き込まれた幻視者と異邦人の救出である。

 それは何かを探しだすことに長けた彼女の使命なのだ。


 「りっくんとマシロは無事。こっちの大きな力が客人Xさんで、あっちの小さなのは誠くんか。直線でいければ楽なんだけど、そうもいかないよね」


 巣はそれだけで一つの広大な世界である。しかも内部は空間が捻じれ一歩先が何処に繋がっているかも不明。

 そして、更に周囲の黒いオーラが凝縮していき、それぞれが動物や虫の形をとって亜由美の前に姿を現わす。この空間はもはや敵のテリトリーで四方八方どこから敵が文字通り湧いて出てくるか分からない。

 そして渇いた地球の環境から切り離されたこの場所では本来に近い能力を発揮できるのだ。


 だが、それでも亜由美は不敵に嗤う。


 「番兵も出してきたわね。けど、障害物もない場所で私の前に出るなんていい度胸じゃない」


 一番前にいた犬に似た喰らうモノが走り出そうとする前に体から炎が上がり黒い体が一瞬で燃え尽きた。そして、その業火は次々と視線が通っている喰らうモノに襲い掛かっていく。炎に包まれながらも飛び掛かろうとした喰らうモノもいたが、それをする前に体が崩壊して消えていく。


 「悪いけど『核なし』に時間をかけている場合じゃないの。それじゃね」


 燃えながらも尚も亜由美に迫ろうとする喰らうモノの間を亜由美は一気に駆け抜けていく。


 「結局、どこがどこに繋がっているか分からないから漢ワープをしていくしかないのよね」


 漢ワープ。とにかく適当に移動して出てくる敵と罠を踏み潰していく超ストロングスタイルな巣ダンジョン攻略法の一つである。

 それでも亜由美はそれに賭けるしかない。

 一刻も早く助けるべき人を助ける為に亜由美は無人の荒野をひた走っていく。


―――

 「うう、酷い目にあった……」


 よろよろとメイリルは横倒しになった家の窓からはい出して後頭部をさする。


 「もし窓が開いてなかったら閉じ込められてたね」


 当たり前だが本来家は横倒しになることを想定されていない。無理にそういう状況になれば壊れるのが当たり前なのだが咲村家は元の姿を留めたまま綺麗に倒れていた。

 そして、家の壁に立って上を見たメイリルの目に移ったのは紅い太陽。

 視線を横に向ければ天辺の見えない斜面が延々と続いていた。恐らくこの斜面をゴロゴロと転がって咲村家はココに落ちてきたのだろう。

 防御魔術を使ったから軽い打撲程度で済んだが、それが無かったら回転する家と固定された家具に頭をぶつけて死んでいただろう。

 そして、誠が窓を開けていなければメイリルは家に閉じ込められたままだった。しかし、その代償はあまりにも大きかった。


 「これは、私のせいだ……」


 アギトの狙いは恐らく自分かアリエントだろう。だからそれを手に入れる為に誠の家一帯を巻き込んだのだ。自分が狙われているのは分かっていた。もっと慎重に行動すればと後悔ばかりがこみ上げてくる。


 「凹んでいる場合じゃない!早くマコトを捜さないと!」


 後悔も許しを乞うのも、全ては為すべきことを為し終えてからだ。

 メイリルはアリエントに意識を集中する。

 こんな時のために誠にヴィエルヴィントを渡していたのだ。

 共鳴を起こして誠の居場所を知ろうとするメイリルは、しかし気づいていなかった。

 背後の地面から音もなく刺客が現れていることを。


 「っ!?」


 気配に気づいて振り返ったメイリルが目にしたのは、今まさに振り下ろされんとした鈍い輝きを放つ大鎌だった。

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