アギト 6

 アギトの襲来から身を守るため、残った南部の国々は協力してある計画を実行した。


 『長城グレートウォール計画』。


 簡単に言えばネビュラ大陸南部全てを結界で覆いつくすという計画である。


 こんな馬鹿げた計画がすんなりと進んだのは、一つは中心となったシロン聖王国が優秀な魔術師を育成することに力を入れていた事、そしてもう一つは北部の惨状を見た各国首脳が危機感を共有できたからだろう。


 「同時にそれは北部の生き残っていたかもしれない人を見捨てるということだったんだけど」


 その口ぶりから、もしかしたらメイリルの知り合いも犠牲になったのではと思ったが、誠は何も口にすることはできなかった。


 この長城計画は上手くいき、ようやくネビュラ大陸の人々は安心して眠れる日々を手に入れた。この間に北部から逃げてきた人々の受け入れ、対アギト用の兵器開発などを進めることなる。

 幸い、予想に反して海を渡ってくるアギトはいなく、あくまで陸上戦力のみで結界を攻撃し続けていた。結界に体当たりを繰り返しては自滅を繰り返すアギトを防衛線にいる兵士は嘲笑った。「しょせん奴らは知恵を持たぬ獣だ」と。


―――

 「けど、ずっとアギトの研究を続けていた私の先生は、その生態に疑問をもっていたの」


 きっかけは、ある避難民たちの証言だった。彼らを追い回したアギトがなんと魔術を使ったというのだ。同じ研究者たちは見間違いと断じた。奴らの吐くブレスなどの特殊能力を見間違えたのだろうと。


 そして、程なくして前線から恐るべき報告がもたらされてた。


 突然、魔術を使うアギトが大量に国境に現れ、攻撃に加わりだしたというのだ。そして、その魔術はネビュラ大陸で用いられているものと全く同じだという。


 「先生の考えだと、アギトは個として存在しているのではなく、群体、つまり全てのアギトは情報や意識を共有しているんじゃないかって。だから奴らは死を恐れない。結界に阻まれどれだけ犠牲がでようとも気にしない。他の個体が生きているのなら死んだことにならないからね。数が減ったのならいくらでも増やせるんだから。でも、奴らの本当の恐ろしさはもう一つあるんだ」


 「ま、まだあるの?」


 「本当に恐ろしいのはこっちの方だよ。話した通り、アギトには通常の攻撃は効かない。どんな攻撃も吸収されてしまうから。武器で攻撃しても皮膚に武器が皮膚にへばりついて取り込まれるし、魔術も効果は薄かった」


 「……?魔術は効いた?」


 「最初の一時期だけはある程度効果はあったそうだよ。だからこそ避難民も逃げられたの。けど、日を追うごとに段々魔術の効果は薄くなって、最終的には効かなくなった。その理由が何かわかる?」


 「……ごめん、わからない」


 「学習能力。そう、アギトはただ攻撃を受けているだけじゃなかった。攻撃を受けながら、その攻撃方法、防御能力を学んでいたの。文字通り体に刻み込んで、ね。そして、その経験は全てのアギトへ伝達される。そうして進化を繰り返していく。全ての生命を喰らいつくすまでね」


 「じゃあ、長城にずっと攻撃をし続けていたのも……?」


 「そう、ただ闇雲に攻撃していたんじゃなくて、結界の仕組みを知るために行っていたの。そして」


―――

 学習を終えたアギトたちは己に同種の結界を纏い大挙して長城に突進。そして遂に長城の結界を突破して南部地域への侵入を果たしたのだった。


 「アギトに防衛線を破られて私の国もあちこちで被害が出始めていたの。そんなある日、私が通っていた学校がある街にアギトが襲撃してきたんだ」


 最前線から離れた場所にあった魔導都市マグ・クレスタは医療施設が整っていたことから負傷兵や住んでいる所を追われた人たちが多数保護され学生たちもその手伝いに駆り出されていた。


 「逃げて来た人たちを間近で見て、話も聞いてアギトの恐ろしさは理解していたつもりだった。それでもまだ先生や誰かが何とかしてくれて、この街が戦いに巻き込まれることはないって私も友達も思っていたんだ」


 自嘲を口にしてメイリルは麦茶を飲み干した。誠は黙って空になったコップに麦茶を注ぐ。


 「あの日も、普段街にいる兵隊さんも大部分が前線に駆り出されてたから学生や街の有志で見張りをしていたんだ。今思えば、やっぱりどこか緊張感をみんな欠いていたんだと思う。だから私たちが敵の存在に気づいたのはかなり街に接近されてからだった」


 見張りに問題があったのかそれとも敵が優秀だったのか。確かなのは誰にも発見されることなく三体の大型アギトのマグ・クレスタへの接近を許してしまったという事である。


 「姿はオーヴァル種に似ていて……って分からないよね。ちょっと待ってて」


 何を思ったかメイリルが二階に駆け上がり、少しして手に一冊の分厚い本を持って帰ってきた。その分厚い本をテーブルに置きページをパラパラとめくっていく。


 「これはね、アギトとの戦いを記録した本なんだ。えっと、確かこの辺に……。あったあった!」


 (う~ん、犬?いや、狼の方が似ているかな)


 シャープなフォルムに獰猛そうな顔はいかにも狩猟動物と言った感があるが、誠が一番気になったのは額に宝石のような物があることだった。


 「この額にある宝石みたいなのは?」


 「私たちは核コアって呼んでる。アギトにとっての心臓みたいなもので、ここを破壊すれば倒せる。逆に言うと、ここを破壊できないと延々と再生するんだけど」


 「再生までするのか。でも、心臓を晒すなんて随分と不用心だな」


 「さっきも言ったでしょ、アギトにとって個々の犠牲なんて問題にならないって。むしろ、これは挑発だよ。壊せるものなら壊して見ろっていうね。そうして私たちの力を計り学習していく。本当に最悪の存在だよ!」


 本当に聞けば聞くほど手が付けられない相手だ。他にどんな姿のがいるのかと誠は興味を惹かれてページをめくる。基本、動物が多く、次は虫だろうか。次のページめくりそこに描かれているアギトの姿に目を走らせていた誠はそこに描かれているモノを思わず二度見してしまった。なぜなら、そこに描かれているモノがどう見ても戦車だったからだ。戦車といっても古代の馬車のようなものではなく、近代戦で登場した無限軌道を持つアレである。


 「ああ、それ?なんでも北方の国の一つを一体で滅ぼしたアギトらしいって。……そういえば、チキュウで走り回っている乗り物に似ているね」


 「えっと、メイリルの世界に戦車、じゃなくてこんなのあるの?」


 「あるわけないよ。私が公園で、こんな生物はいるの、って聞いた意味がわかったでしょ。アギトは姿を変えることがあるけど時々私たちが見たこともない姿になるんだよ。先生は以前に食べたモノの姿を取っているじゃないかって。例えば、これなんて動物と機械の合いの子でしょ」


 メイリルが差し閉めたのはゴリラのような姿をしつつ両腕がドリルになっているアギトだった。


 「きっとアギトは、今までもこうやって奪った能力と姿を悪用して色々な世界を滅ぼしてきたんだと思う。下手をすれば私の世界も……。って、話がズレて来ちゃったね」


 メイリルがここでいったん言葉を切ると重々しく口を再び開く。


 「最初に見せたアギト、大きさは、この家くらい?それが三体も攻めてきたんだ」

 「家って……。ええええ!?」


 長城を突破したアギトたちだが、その後すぐに新たな結界術を施し後続を断つ事には成功した。しかし、それでも数えただけでも百体は下らない数のアギトに南部への侵入を許してしまった。

 しかし、それでも大きな都市には万が一を想定して設置してあった結界装置があり、被害は最小限に留められた。アギトが無効化できたのはあくまで結界術の一つのみであり、その全てを無効化できるわけではなかったのも幸運の一つであった。

 だが、全ての集落に高価な結界装置を設置していたわけではない。アギトたちはその独特な嗅覚で的確に無防備な集落を襲い、追跡部隊を振り切り、数体のアギトが少しずつ最南端にあるシロン聖王国に近づいて来ていた。


 「でも、そんな大きさのを見逃すなんてことがあるかな?」


 「そう、私もそれは思った。前線から遠くて油断はあったにしてもね。でも、その答えはすぐにわかったんだ。あまりにも、おぞましい方法であいつらは巨大化していたの」


 メイリルが気持ちを落ち着かせるため、もう一度コップに口をつけた。コップを持つ手は僅かに震えていた。


 「襲撃があった時、私は避難してきて人や負傷兵さんの手当てを手伝っていたんだ。緊急事態を知らせる鐘を聞いた時は何が起こったのか分からなかったんだ」


 メイリルの住んでいたマグ・クレスタは別名魔導都市とも呼ばれていた。元々、人間嫌いの高名な魔術師が隠棲していた山に押しかけ弟子が集まり、次第に山そのものが村に、やがて街へと発展していった。やがて人口増加を受け街は整備され、山は魔術師育成の学校として、ふもとには商人など一般の住人が住む場所となった。

 前述の通り、人嫌いの魔術師が終の棲家として選んだ場所ゆえ交通の便は悪いが、それでもネビュラ大陸初の魔術学校は大陸中の人を集めた。やがて、他の場所にも魔術学校は作られ往時の賑わいは失ったが、それでも魔術を学ばんとする者にとっては聖地でもあるマグ・クレスタには多くの若者が毎年入学を目指し訪れる。メイリル・マクドールもそんな若者の一人であった。

 交通の便が悪い故に天然の要害であるマグ・クレスタには多くの避難民が押しかけ街は受け入れ可能な人数をすでに超過しており、その対応に学生も駆り出されていた。

 緊急事態が起きたときに鳴らされる鐘は訓練で知ってはいたが、まさか本当に本来の役目として鳴らされる日が来るとはメイリルも、そして他の住人達も思ってもみなかった。襲撃があるとしても、他の都市、砦から連絡がくるはずで奇襲されるとは誰も考えていなかった。

 だが、鐘が鳴り終わった後、マグ・クレスタの最高責任者でもある学院長が通信魔術を用いてアギトが街に迫ってきている事、戦闘の心得がある者には討伐隊への参加要請、そして戦えない者へは近くの建物への避難要請が通達された。


 そして街の中が蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた時、街の外で既にアギトと守備隊の死闘が始まっていた。


 「『アギト』に普通の武器で攻撃しても効果が無い、体に触れた瞬間に下手をすれば武器を持っていた人ごと吸収されてしまうから、神性武具のエネルギーを利用した魔術兵器で仕留めるしかない。けれども大型で小回りもきかないから、誰かが囮になってアギトを引き付ける必要があったの」


 さきほどの本の最後のほうに、その魔術兵器の絵が乗っていた。見た目は大砲だが、ところどころに魔結晶が嵌め込まれ、あちこちからコードのようなものが伸びている。大きさの対比として傍に男性の絵が描かれている。それを見ると、その兵器の大きさは戦艦の大口径艦載砲に近いのではないだろうか。


 「これはまだ試作品で、とりあえず撃てるだけの代物だっただけどね。でも、アギトに対抗するにはこれしかないって言うから大急ぎで先生たちは防壁に試作機を二基設置したんだ」


 魔術フル稼働の突貫工事だったがその労力は報われた。

 急な襲撃にも関わらず守備隊は落ち着いていた。三体を上手く分散させる事に成功するとその内の一体を魔術兵器の前へ誘き寄せて見事に撃破したのだ。


 「その時の歓声は、まだ学校にいた私にも聞こえたよ」


 次いで二体目も守備隊と援軍に出撃した有志の義勇隊によって魔術兵器の前へおびき寄せる事に成功、胴体を吹き飛ばしたのだ。


 「それで二体目を倒したのか。……あれ、アギトって」


 「そう、アギトは核を破壊しなければ倒せない。頭にある核は全くの無傷だったんだよ。けど、それは魔術兵器を使っていた先生たちも知っていた。だから急いでトドメを刺そうとしたんだけど……」


 倒し損ねたものの体の大部分を失い残い身動きが出来ないアギトに最低限倒せるだけのエネルギーをチャージした大砲の一撃が放たれた。だが、その一撃が届くよりも黒い影が核を持つ頭を口にくわえて奪い去った。それは囮を無視して現れた三体目だった。


 「仲間を助けたっていう事?」


 「その光景を見ていた人はみんなそう思ったみたい。だけど違った。全てが同じ存在であるアギトに仲間意識なんてない。あるのは、どうすれば効率よく獲物をしとめられるかだけ。だから、食べた。自分が咥えていた物を。同じ顔をした存在を」


 「食べ……た?」


 「核というのはアギトの心臓でありエネルギー源でもあるの。つまり三体目は二体目の核が壊される前にそこに詰まった力とそれまでに得た経験を手っ取り早く自らに取り込むことを選んだんだと思う」


 分裂して数を増やすことが出来るのなら、その逆に取り込んで一つになる事が出来るのも道理である。そして、この同化こそマグ・クレスタの近くまで巨大アギトが接近できた理由である。


 「きっと、最初は十匹以上で行動していたんだと思う。でも、追跡部隊、その中にいた神性武具を持つ人達が手ごわいから力を集めて対抗しようとしたのだろうって先生が言ってた。植物や動物だけじゃエネルギーを維持できないから少しずつ融合をして口減らしをしていったんじゃないかな」


 倒されるくらいなら自分で喰らう。確かにおぞましいほどの力への渇望である。


 核を喰らったアギトの変化はすぐに現れた。体の大きさが倍に膨れ上がり、額にだけでなく胸にも巨大な核が現れ、溢れ出す力の余波は衝撃波となって取り囲んでいた兵士たちを吹きばした。


 「エネルギーは?」「最大チャージまで3分!」「なんとか時間を稼ぐのだ!」「隊長!奴が……!」


 攻撃を免れた兵士たちが必死に武器を投げつけ、魔術を放つ。だがそんな物を気にする様子もなくアギトはその赤黒い瞳を防壁の上へ向け、後ろ足に力を入れると一気に防壁を飛び越え街への侵入を図る。

 アギトの意図を察した隊長が大声で結界の発動を防壁の上にいた魔導士たちに指示した。間一髪、宙に舞ったアギトが結界にぶつかり激しくスパークが起こる。結界に突入を阻まれた『アギト』は空中で結界に爪を突き立てへばりつくようにして動きを止める。人間なら跡形も無く消して飛ばしてしまう結界の力がアギトに間断なく襲い掛かる。すでにチャージを終えたもう一基の魔術兵器を先生、生徒が急いで向きを変える。角度的に頭の核を狙うのは難しいが、胸の核、そして胴を吹き飛ばせば弱体化と時間稼ぎを狙えるはずだ。だが、兵器が攻撃を放つ前に、突然結界の発動機がブーンという音と共に機能を停止してしまった。


 「結界を破壊したり中和するじゃなくて、アイツは結界を構成する魔力自体を吸収してしまった。それは、どんな結界も無力化する最凶最悪のアギトが生まれた瞬間だった」


 供給を失った結界は音もなく消失し、喰らった魔力を青白い雷光に変えアギト地響きと共に石畳を粉々にした。歴史上一度も外敵の侵入を許したことのなかったマグ・クレスタが侵攻を許した瞬間であり、そして悪夢の始まりでもあった。

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