アギト 4

「……きて~!お~い、起きて下さ~い!」


 体を揺さぶられて誠はハッと体を起こす。いつの間にか、ソファーに寝転がっていたようだ。そして、寝ぼけ眼で自分を見下ろしている少女を見て意識が一気に覚醒した。


 「あっ、ごめん、寝てた……!?」


 風呂上りのメイリルを目の前にして誠の言葉が詰まってしまう。元々、整っている容姿に上気した肌が加味され妙に色っぽく感じる。それに加えて、ダブダブのローブ姿から着替えた姿が、上は薄地の半そでシャツでボリュームのある胸を、下は半ズボンで健康的な太ももが彼女いない歴=年齢の誠にはあまりに刺激が強すぎた。更にいい香りの追撃が加われば寝起きの誠の頭をノックアウトするには十分すぎる破壊力である。


 「いや、私も結構長く入っちゃってたから気にしないで。いや~、でもここは涼しくて快適だね~」


 濡れた髪をタオルで拭きながら、誠の気持ちなど知る由もないメイリルは当然のように誠の隣に腰を下ろすとくつろぎ始める。間近にメイリルの体温が感じ、色々耐えられなくなった誠は弾かれたようにソファーから立ち上がるとわざとらしくストレッチを開始した。


 「ア~、セナカ ガ イタイナァ。……って、あれ、もう四時過ぎている」


 思ったよりも疲れていたのか、軽く目を瞑ったつもりが1時間も熟睡してしまっていた。外は相変わらず強い風が吹き、窓に叩きつけられる雨粒の音が部屋の中に響いていた。


 「ちょっと目を瞑るくらいのつもりだったのにな」


 「ああ、あるよね。ちょっと仮眠取るつもりでぐっすり寝ちゃったとか」


 「テスト勉強している時とかね。この前も、それで失敗したよ」


 「へぇ、やっぱりこっちの世界でもテストとかあるんだ?」


 「もちろん。悪い点を取るとペナルティもあるから毎回必死だよ」


 「じゃあ私たちと同じだね~。こっちはどんな勉強をしているの?」


 そんなこんなで二人で互いの学校生活について話していると、キュ~とスーパーで聞いた音がリビングに響いた。


 「あ~、そういえばお腹すいていたんだっけ。ちょっと早いけどご飯にしようか?」


 「えへへ、お願いします」




 誠が台所でメイリルの為に買った10個のパンとお菓子を持って戻ると、メイリルがテレビの物珍しそうにテレビを調べていた。


 「これも機械かぁ。この伸びているのが供給線かな。ん、ボタン発見!これを押せばどうなるんだろう。あ!ねぇ、どう使うの?」


 「えっと、これを使うには、こっちのリモコンで……」


 などと、お風呂場でのやり取りをここでも繰り返すことになった。一通り教えると「お~、すご~い!」などと感嘆の声をあげながらメイリルはテレビのチャンネルを次々に変えて遊び始める。


 「さっき買ったパンやお菓子、テーブルに置いておくよ。飲み物は何かリクエストある?」


 「お茶でお願いしま~す」


 「はいはい」


 テレビ画面にくぎ付けのメイリルに苦笑して誠は再び台所に戻った。時間はもうすぐ五時になろうとしている。よく考えたら自分も出かける前にパンを食べたっきりだった、と思い出した途端に空腹が襲ってきた。

 夕食の為に、鍋に火をかけてる間に冷蔵庫から出した麦茶とコップ二つを持ってリビングに戻るとまだメイリルがテレビの前にいた。

 なぜか正座している彼女が一心不乱に見つめている先では、アクション映画のワンシーン、傷だらけになったヒーローがヒロインと濃厚なキスを交わしていた。よほど集中しているようで誠がドアを開けた事にも気づいていない。

 そんな光景に誠も見てはいけないものをまた見てしまった気がして声をかけられずにいたのだが、幸い?画面の男女の行為はそれ以上発展することなくスタッフロールが流れ始めた。微かに耳をまっかにしているメイリルの「ほぅ」という嘆息が聞こえた。いつまでも、メイリルの後ろ姿を見ている訳にもいかないので、誠は努めて平静に何事もなかったかのようにテーブルに近づいた。


 「お茶、ここに置いておくよ」


 「ひゃ、ひゃい!?あ、いや、違うんです、これは……」

 「適当に食べてていいよ。それじゃ俺は夕飯作ってくるから」


 ワタワタと手をふって言い訳しようとしているメイリルを放置して台所に戻るとインスタントラーメンを作る。その間に向こうもクールダウンしていることを願いつつ、出来上がったラーメンをお盆にのせて戻る。そこにはテーブルの傍に座ったメイリルがクリームパンを満ち足りた表情で頬張っていた。テレビはニュース番組に切り替わっていたが、さほど興味はないらしく視線はもっぱらパンに向けられていた。


 「あっ、お帰り~。クンクン、美味しそうな匂いだね」


 「えっ、これも食べたいの?」


 「いやいやいやいや、私、そんなに大食いじゃないから!ただ、ちょっと興味があって……」


 結局、あれやこれやの交渉の結果、パン一つを貰う代わりに小さなお椀にラーメンを分けることに同意した。研究熱心なのか、メイリルは口に入れる前に丹念に食べ物を観察していは「ほうほう」とか「なるほど」と独り言を呟いている。その仕草があまりに熱心なので話しかけるのを諦めて誠はなんとなくテレビのニュースに目を移した。


 「……以上、今週のお得情報でした!……ここで今入ったニュースをお知らせします。三日前から行方が分からなくなっていた東京都に住む田中好子さんが千葉県内で発見されたとのことです。健康状態に問題は無いそうですが念のために病院で検査を受けてから帰宅するとのことです。なお行方不明になっていた間の行動については未だ不明とのことです。警察は田中さんの回復をまってから改めて事情を聞く方針です」


 「少し前にも似たような事があったよな。最近多いなぁ」


 メイリルの独り言がうつったのか誠も思わず呟く。いつからかこういうニュースを耳にすることが多くなった気がするのは気のせいだろうか。なんとなく気になったが、結局深く検討することなくその考えは次のニュースと食欲に押し流され、あっという間に流されてしまった。


 「ご馳走様でした!」


 「ごちそーさまでした」


 食事を終えると、二人の間にどこか弛緩した空気が流れる。同じ釜の飯を食うことにより、互いに親近感が生まれたからかもしれない。だが、この居心地の良い温い空気に浸っているわけにはいかない。どちらともなく姿勢を正し互いに口を開くタイミングを窺ってたが、最初に質問をしたのは誠だった。


 「気になっていたんだけどメイリルさんは1人で地球に来たの?それとも、今は別行動というだけ?」


 「チキュウに来たのは私一人だけだよ。先発隊というか調査隊というか微妙なところだけど」


 「1人で?えっと、失礼かもしれないけどメイリルさんって年はいくつなの?」


 「私?この前16になったばかりだけど」


 「と、年下!?」


 同じ位、もしくは少し年上だと思っていが実際には一つ下だと知って誠が驚くと、メイリルは心外そうな顔をしてむくれてしまった。


 「そんなに老けて見えるかな~」


 「いや、そんなことないよ。ただ俺の周りの女子と比べて雰囲気が大人っぽいなとおもったから。それに体つきが、じゃなくて背も高いから」


 メイリルの身長は誠よりも少し低い程度で165センチくらいと学校の女子に比べて高めだ。それに豊満な体つきとなればあまり女子と接点の無かった誠が勘違いするのもやむを得ないだろう。


 「背、かぁ。私も姉さんみたいに小さければ……。って、そんな事はいいんだよ。本格的に話をする前に私から1つ提案があります!」


 「て、提案?」


 「私はマコトって呼び捨てにしてるんだから、マコトも私を呼び捨てにすること。私たちは協力者、対等であるべきだと思うんだけど、どうかな?」


 「対等……、どっちかというとご飯を奢った俺の方が上じゃ?」


 「た・い・と・うです!」


 「はは、わかったよ。僕らは対等のパートナーだ。改めてよろしく、メイリル」


 「こちらこそ、マコト」


 そういって誠が出した手をメイリルが握る。それは、なんとなく流れで行動してきたことへの自分なりの決別。そして、これからは己の意志でメイリルに協力するという決意の表れでもあった。


 「1人って事はメイリルは凄い優秀なのか?」


 「あ~、いや凄いのは私じゃなくてアレなんだけどね」


 そういってメイリルが指を指したのは部屋の隅に立てかけられた杖だった。先端に鎮座している握りこぶし大の白い宝石を見て高価そうな杖だと思っていたが、どうやら見た目だけではないらしい。メイリルが右手を伸ばすと杖はゆっくりと浮遊して、その手に納まった。


 「真杖しんじょうアリエント。神が作りたもうた伝説の武器。伝承では持ち主に尽きる事のない強大な魔力と大いなる知識をもたらす、って話だけど今はそこまでの力はないみたい」


 「神様の武器?まじで?つまりメイリルは神に選ばれた……?」


 「やーめーてー。神の遣いとか救世主とか聞きたくないの!私は今も学生なの!お願いだから、特別扱いとかはやめて!」


 どうも地雷を踏んでしまったらしい。あまりのメイリルの剣幕に誠は首をなんども縦にふって了解の意を示すと少し落ち着いたようだ。


 「ごめん……。ちょっと向こうにいる間に色々ありすぎて……」


 「いや、なんかこっちこそごめん。そういえば学生だっていってたけど、どうして、ただの学生がそんな大層な物を?」


 「学校の倉庫で埃を被っていたのを、私がたまたま手に触れちゃったからだよ」


 「は?」


 いわくつきの杖なのだから、様々な冒険や試練を乗り越えてゲットしたに違いないと思っていた誠はそのメイリルのあんまりな答えにポカンと口を開いて固まってしまった。


 「うん、そういう反応するよね。友達も先生も家族もみんな今のマコトと同じ反応をしてた。うん、そうだね。まずは私の話をするよ」


 そういってメイリルは、語りだした。恐るべき怪物の侵略に晒された世界の話を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る