アギト 3
玄関に辿り着いた誠が鍵を開けて後から来たメイリルを家に入れ、続けて自分も入る。ほんの三分ですっかり二人はずぶ濡れになっていた。
「すごい雨だったね~」
「そ、そうだね。で、メイリルさん、その、服を直した方がいいよ」
「服?……あっ」
視線を背けた誠の指を指す方へ視線を落とすと、ぶかぶかのローブがずり下がり胸元が見えてしまっていた。
「あっ、アハハ、ごめんね。今直すから……。はぁ、どうせ支給するならちゃんとサイズに合ったのをくれればいいのに!」
「タオル持ってくるから、ちょっと待ってて」
メイリルが服を直している間に誠は重さが戻った買い物袋を玄関に置いてタオルを取りに行く。洗濯済みの清潔なタオルを二枚取り戻るとメイリルはリュックを置いてキョロキョロと玄関を珍しそうに見ている。誠は手に持ったタオルの一枚をメイリルに差し出し。
「はい、タオル。これで体拭いて」
「ありがとう。ふ~ん、玄関で靴を脱いで家に上がるって、まるで東方の国みたいね」
「やっぱりそっちの世界は土足で家の中に入るのが普通なの?」
「う~ん、どうだろ?私の国じゃ屋内専用の靴に履き替えるのが普通だったよ」
「上履きみたいなものか。とりあえず家の中じゃこれを履いていて」
「ありがとう。お邪魔しま~す。とりあえずリュック、このままでいいかな?」
「あ~、いや、一応俺の部屋に運んでおこう。それじゃついて来て」
狭い玄関に大きなリュックを置いておけば見えなくても蹴っ飛ばして気づく可能性が高い。それよりは二階の自分の部屋の方が安全だろうと判断した。もう一枚のタオルで自分の体から水滴と取り除いてからメイリルを二階の自分の部屋へと案内する。すっかり午前中に付けたエアコンの冷気は消失し、蒸し風呂のように暑い部屋は濡れた服の感触と相まって不快度指数マックスである。
「あっ、服から水滴が……」
「気にしないでいいよ。あれ、でもリュックはあまり濡れていないね」
「それはもう完全防水だから!中には濡れたら困るのもあるからね。どうしよう、とりあえず着替えちゃうかなぁ」
「それなら先にお風呂入る?入るならすぐに準備するけど」
「いいの!?じゃあ、お願いしま~す!」
「じゃあ、お風呂準備するから準備が出来たら下に来て」
「は~い」
ウキウキとリュックの中から着替えを取り出しているメイリルを横目に、誠は自分の着替えをもって部屋を出た。風呂場で濡れた服を着替え、そのまま手早く風呂掃除をして給湯を開始する。
ややあって着替えなどに加えて杖を持ったメイリルがドアの傍に立っていた。
「へ~、これが異世界のお風呂なんだ?」
「狭くて申し訳ないけどね」
「いやいや、湯船に浸かれるだけでも満足ですとも!ところで、これは何?」
湯船にお湯が溜まるまでの間に誠はメイリルにお風呂の使い方を説明する。シャワーの使い方や、お湯の温度を調節する仕方などなど。メイリルの世界にも近い設備はあるのか、それともメイリルの理解力が高いのか一度の説明で完璧に理解できたようだった。
「説明はこんな感じかな。石鹸やシャンプーは自由に使っていいから」
「へぇ、いい香り。じゃあ、せっかくだから使わせて貰おうかな」
「湯船の温度はこのくらいでいいかな?」
「どれどれ?あっ、バッチリだよ」
湯船に手を突っ込みメイリルがにっこり笑う。その屈託のない笑顔に思わず見とれてしまった誠を「オフロ ガ ワキマシタ」という機械音声が現実に引き戻す。
「おお~、声で知らせてくれるんだ、便利だね~」
「ついでに、ここのボタンを押せばブザーがなるから何かあったら知らせてくれ。それじゃ、ごゆっくりどうぞ」
脱衣所をでて、ほったらかしにしていた買い物袋を回収して、購入品を然るべき場所へ納めていく。
(でも、この状況で誰か帰ってきたら相当マズイな。父さんや母さんはまぁ大丈夫だとして問題は綾香だな)
以心伝心ともいうのか、誠がそう思っているとちょうど綾香から電話がかかってきた。
「あっ、やっと出た。何度もかけたんだよ~」
「悪い。こっちもさっき買い物から帰ったばかりなんだよ。それでどうした?」
「今、雨がスゴイでしょ。少し雨宿りして帰るから」
「あまり遅くなるようなら迎えに行くか?」
「子どもじゃないから大丈夫。それじゃ、よろしくね~」
とりあえずこれで不意に誰か家に帰ってくるハプニングはほとんど無くなった。それで気が抜けてしまったのか片付けが終わってリビングのソファーに体を預けると一気に疲れが出てきた。瞼が重くなり、目を瞑ると取り留めのない考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
(アギト、か。あのドラゴンもアギトなのか?)
(メイリル・マクドール。異世界の魔術師。年は俺とそう変わらなそうだけど、一人でこっちに来たのか?それに魔術と虫の知らせの関係は……)
(田村さんは雨に降られなかったかな?学校で見るより生き生きして楽しそうだった。あのコインはなんだったんだろう?)
(綾香は……。夕飯……。宿題も……。…………。)
記憶と思考が混ざり合い、やがて意識も混濁していく。そして、疲労と共に訪れた眠気は誠を安寧へと誘うのだった。
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