第67話 【甘い時間】

 初めて俺からキスをして数秒。

 ゆっくりと唇を離して結の顔見ると、目を閉じて唇を小さくパクパクを動かしていた。まるでまだ足りないとねだるように。


 えーっと……もうキスは終わったんだけど……


 そう思いながら見ていると、結がやがて目を開いた。その顔は赤らんでいて目尻は下がり、トロンとしていた。

 そして俺の服の胸元を握りしめ、そのまま軽くひっぱりながら耳にかすかに聞こえる様な声で一言。


「もっと……」


 そう言われた瞬間、俺は結を強く抱きしめて唇を押し付けた。少しでも離れそうになると、それに対抗するかのように結も俺の首の後ろに手を回して求めてきた。

 もう離さないとでも言うかのように。

 ただ、そんなに強くしがみつかれると胸が押し付けられてヤバい。唇と胸の二つの柔らかいで頭がクラクラしてきそうだ。


「晃…太……さぁん……んっ……晃太さぁぁん……んふっ……好きっ……好きっ……」


 ──やがて、どちらからともなく離れる。何秒? 何分? 感覚が麻痺してどのくらいキスをしてたのか分からない。

 とりあえず分かることは、


「幸せすぎて……もう……ダメですぅ……」


 結がキスだけですっかり全身の力が抜けた為、夕飯の支度が無理って事だな。今も俺に抱きついたまま動かない。試しに腕を持ってみたけどまるで力が入っておらず、プランプランだった。


「もう今日はカップ麺でいいかぁ……」

「うぅ……すいません。不覚です……。想いが通じ合ったキスがここまで幸福感に満たされるなんて……」

「は、はは。えっと……じゃあ俺はお湯沸かしてくるわ。ちょっと待ってろ」


 そこまでストレートに言われると恥ずかしいんだけど!? 当事者だから余計に!

 まぁいい。とりあえずケトルにスイッチ入れてこないと。水入ってたかな?

 そして、ひっついていた結をベッドに転がして座っていたベッドから立ち上がった瞬間だった。


「チュウは?」

「……はい?」

「行ってきますのチュウ……」

「いや、どこにも行かないぞ? キッチンに行くだけだぞ?」

「キッチンに行ってきますのチュウ……」

「なんでだよ!」


 おぉおいっ!? 結っ! お前どうした!?

 やけに幼児退行してませんかね!?


「だめ? チュウ……だめ?」

「っ! ……あーもう、わかったよ。…………ほら、したぞ」


 ちょっとカッコつけて結のおでこにキスをする。

 その瞬間──


「へ、へへ……えへへへへへへへ……」


 俺がキスした場所である、自分のおでこを押さえながらベッドの上でゴロゴロ転がり始めた。

 ……まじか。

 その清楚な感じの見た目でそんな事するとギャップが凄いんだけど……ん?


「っておいっ! スカートスカート! 捲れて見えてる! 水色のが見えてるからぁっ!」

「…………」


 やべ、いつもなら知らんぷりするのに声に出ちまった。怒ってるか? でも俺悪くないよな? けど何も喋らないのはなんでだ? 転がるのは止まったけど。

 ん? 今度は膝で立ったな。そしてスカートの裾を摘んで……おい、何する気だ?


「晃太さんなら……いいですよ?」


 そんな事を言いながらゆっくりと裾を持ち上げ……ってやめんかっ! また暴走してるし!


「少し落ち着けぇぇぇ! 」

「わっぶ!」


 俺はベッドの下に畳んで置いてあった掛け布団を掴んで結に被せる。


「今ケトルのスイッチ入れたらカップ麺持ってくるから好きなの選んで。あーやっぱりお湯が沸いたら戻ってくるから、その間に着替えておくこと。制服シワになるぞ」

「ふぁぁぁい」


 声をかけると掛け布団の中からくぐもった返事が聞こえた。さすがにもう大丈夫だろう。大丈夫であって欲しい。切実に。



 ◇



 そして、お湯が湧くのを待つこと数分。ランプが消えたケトルとカップ麺を選べるように数個持つと、キッチンから声をかける。


「お湯湧いたぞ。着替えたか?」

「はい、もう大丈夫ですよ」


 返事を聞いて部屋に入ると、見慣れたルームウェアを着て髪をポニーテールにまとめた結の姿があった。良かった。どうやら落ち着いたみたいだな。


 その後は二人で好きなのを選び、お湯を入れて待つ……よし、時間だ。


「「いただきます」」


 ちなみに結は醤油ラーメンのワンタン入り、俺はシーフードにした。


「ふふっ、久しぶりに食べると美味しいですね」

「そういえばそうだな。今はずっと結が作ったのしか食べてないや。前はしょっちゅう食ってたんだけどな」

「これからもおいしいの作りますからね?」

「あぁ、楽しみにしてるよ」

「はいっ!」


 うん、やっといつも通りに戻ってきたな。良かった良かった。


「あ、晃太さん?」

「ん~?」

「晃太さんのも一口貰って良いですか?」

「いいぞ。ほら」


 箸を置いてカップごと結の前に押し出す。

 しかし、一向に手を付けない。


「どうした? 食べないのか?」

「あ~ん」

「……え?」

「あ~ん」

「えっと……これを?」

「ふーふーしてください」

「まじで?」

「……あ~ん」


 あ、やっぱまだ戻ってなかったや。




 ━━いつも読んでくれてありがとうございます。

 面白いよ! もっと読みたいよ!って思っていただけましたら幸いです。

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